14 突然、歌い出す、人々
………………………………ん?? どうした?
今、フィンセント王太子殿下が突然歌い出した気がしたのだけれど、気の所為ですよね?
だって、婚約の儀の最中に刺客が現れて、それを花嫁候補が応戦、返り血をものともせず、全員もれなく斬殺したんですよ。床にはまだ死体が転がっている。そんな殺伐とした場面、その後に、歌い出す、なんてこと、ある?
私の思考が追い付いていないのをいいことに、なんだか広間が暗くなる。
おや、空が曇りだしたのだろうか。いや、だけどおかしい。ここは屋内だもの。つまり、照明が暗くなった? フェードアウトしたってやつ?
どういうことか、分からない。だけど、空を早回しする映像みたいに、昼が夜になるように、だんだんと暗くなっていくのだ。
そして、フィンセント王子にだけ、丸く、光が残る。
まるで、スポットライトの様に。
ええと、なんだろう。これって、これってまさか――演出? そう、演出みたいだ。
頭の片隅にほんの少し、いや、かなり嫌な違和感を覚えた、その時。再びフィンセント王太子殿下が口を開いた。というか、もう普通に、間違いなく歌い出した。
「一体どうしてしまったのだろうか~~、僕のこの胸の高鳴りは~~。彼女から目が離せない~~♪ 彼女は、憎き帝国の、姫~~。祖国からも売られ、王国からも嫌われ、嘲笑われ。だけど、だけど彼女は何かが違う。僕とは違う。かけ離れている。たった一人で敵国へ来た! そして放たれた刺客! なのに気高く、挫けない。あまりにも堂々として、凛として、美しい~~♪ ああ、何故だろう、目が離せなああああいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~♪」
え?
え?
どうしたの? 何で歌っているの?
「僕達は、運命に操られただけの道化師人形~~♪ その糸は僕らの身体を縛り、蝕み、解けない~~~。動けない~~~~♪ 国同士の謀略、策略、騙しあい、政治。ただの決められた政略結婚。僕も彼女もただの駒でしかない。なのに、何故~~。今、彼女の目は、ああも生きている。いや、違う。今じゃない。そう、初めて彼女を見た、あの時から~~~~僕は目が離せない~~~♪ 彼女に、心、奪われて~~~~しまったあああああ~~~~~♪」
え? え? ちょ、ちょっと待って。
フィン様!!?? どうしたの!!!??? 頭おかしくなっちゃった!!??? あの、凄く歌ってくるんですけど。
今目の前で人が死んでいるのに、血まみれの婚約者が目の前に立っているっていうのに、凄い歌ってくるんですけどこの人!!! 頭おかしいんですけど!!!!
だけど、おかしいのは周りも同じだ。突然王子が歌い出したというのに、まったく驚いていないのだから…………!
………………まさかまさかまさか、これって、ゲーム版なのか、アニメ版なのか、色々と悩んだけど、考察したけれど。
まさか、まさかよね!!! まさかまさかまさかまさかまさか。
王子の周りの照明が徐々に広がり始める。そう、これは照明、スポットライト!!
そして、その光に照らされた人々達も――――口を開き出す。
「彼女は僕だけの女神~~♪ 赤く染まってなお誇らしく、そこに咲き誇る!!」
「なんて女だ~」
「野蛮な国の、野蛮な戦姫」
「だが、一体誰が彼女を~~♪」
「失敗だ~~」
「狙ったのか~~♪」
「次の刺客を~~」
「調査せねば、騎士団の名誉にかけて~~♪」
「用意せねば、公爵家の名誉にかけて~~」
「陰謀が~~」
「渦巻く今宵、招かれざる客が~~牙をむく~~♪」
「ああ、だが、彼女は帝国の皇女~~♪」
「今宵の事件は王国の責任~~♪」
「責任をとって、誰の首が吊るされるのか~~♪」
「だけど」
「だから」
「だけど」
「だから」
「だけど」
「されど」
「「「「「目が離せな~~~~~い♪」」」」」
やだ! やめて! フィン様だけじゃない!! フィン様だけが頭おかしいんじゃない。
周りにいた皇族、貴族、騎士達も口々に歌い始めたじゃないの!!
ウソウソウソ、フラッシュモブじゃん!!! いや、怖い!! フラッシュモブ怖い! 嫌い! フラッシュモブ嫌い!
…………更に、私に。なんてこと! 私に、スポットライトが動いて、全ての光が集中して、集まるじゃない。いやいやいや。怖い! やめて!
「………………あ、ああ。ウソ」
「彼女は孤高!!」
「彼女は孤独」
「彼女は独り!」
「だけど気高く」
「誇り高く」
「誰よりも美しい!」
「そう」
「そう」
「そう」
「彼女こそ!!」
「「「「「ロンリネス、プリンセス!!♪」」」」」
そして、全員が合唱を始めた時点で、私はこの世界が何を元に構成されているのかを、完全に理解した。
この世界はゲーム版でもない、アニメ版でもない。そう!! 2.5次元!!ミュージカル版だということに。




