『頑張りの方向は異世界』
結構頑張ってみたとは思う。
グレーシアは花壇に住まう友達を見ながら溜息を付いてしまった。
「いったいどうすれば良かったのだと思いますか?」
もちろん、グレーシアの友達である青虫は葉っぱを食べるのに忙しく、答えることはない。
「わたくし、これでもちゃんと皆さんと仲良くしようと頑張ってみたのですよ」
そう思いながら、春からの半年を思い浮かべる。
初めはたくさんの方に声を掛けられた。ここの卒業生である兄から「あんまり喋らない方がいいかも」と助言をもらっていたのもあり、グレーシアはちゃんと笑顔に留めて、「お話ししてくださってありがとう」としか言わなかったし、兄に話すように「シアは……」と自分を語らないように努めたし、頬を膨らませないようにもした。
でも、お友達になってくださったお礼に似顔絵を描いてあげると、殿方は変なお顔をされて二度とお話をしてくれなくなり、そのお陰で、声を掛けに行くこともできなかったお姫様方は、最初にお連れの方々を決めてしまわれて、グレーシアには入る余地がなくなっていた……。
シアは何か失敗したのでしょうか?
ワインスレー諸国の皆さまにもリディアスの皆さまにも。
ちゃんと可愛くおリボンも付けて差し上げたのに……。シアとお揃いのおリボンですのに……。
話しかけてくださる方にはちゃんと目を見て、しっかりお話を聞きましたわよ。
それなのに、その頃から、あばずれと呼ばれるようになった。
アバズレとはなんなのでしょう?
よく分からないが愛称のようだ。きっとリディアスでしか使われない言葉なのだろう。グレーシアの国であるディアトーラでは聞いたことがない。
そして、その後くらいから自分が呪いを振りまいてしまっているのではないかという出来事が増えてきた。
階段、残り三段くらいになると背後に気配を感じ、振り返る。
焦ったお顔のお友達が落ちていきそうだったので、慌ててその手を取って「大丈夫ですか?」と尋ねると、変な笑い顔を浮かべて何も言わずに逃げてしまう。何度か続いたので、もはや『背後の者が落ちてしまう呪い』にでも掛かっているのではないかと警戒し、階段に差し掛かる前に、背後を確認してから降りることにした。
歩いていると死角になる場所にホウキが飛び出して危ないので、掃除用具入れに片付ける。
窓から友達がバケツの水を流すので注意してあげたり、間違った教室を教えるお友達に「それは勘違いですわよ」と教えてあげたり……。最近は間違わずに教室に向かっているようで、そこはほっとしている。
一番困ったのは、移動教室の後になると、教室に置いてある鞄の中に泥が入っていたことだけど、それも母さまが昔、教えてくれたしみ抜き方法で、なんとか新しいものを用意せずにすんでいる。
新しいものをと実家に言えば、『物は大切にしなさい』と叱られるのは目に見えているのだ。
放って置くとおばけが出てくるのだろう。そして、これもきっと呪いなのだ。思うにこれは『アバズレ』の呪いなのだ、きっと。
やはり、母さまにもっと色々教えていただいておけば……魔女だったという母さまなら、きっとおばけや呪いをなんとか出来る方法も知ってらっしゃったはずなのに……と後悔した。
それからは、鞄は置いておくことなく、ちゃんと持ち運びしている。
少し重たいけれど、しみ抜きをする面倒さを考えれば大したことはない。
そして、幾日か経った後に白い花の花瓶がグレーシアの机の上にあった。
「まぁ、ありがとうございます」
ちゃんとお礼も言ったし、贈り物のその花を大切にお世話もした。とても綺麗な花だったので、先生に教室に飾っても良いかの了承も得たし、七日程枯らさずに咲かせたけれど、首が擡げてきたので、ごめんなさい、と言って焼却炉に捨てることにした。
花瓶は、落とし物として先生に預けてあるし……。
悪いことは何もしていないと思う。
それなのに、いつしか誰もがグレーシアを避けるようになってしまっていた。やっぱりあのお花を捨てたのが悪かったのだろうか。もしかしたら、ドライフラワーにして大事に置いておかなければならなかったのだろうか。だけど、あの花は花片を一枚ずつ乾かさないと綺麗に乾燥しないものだし……。
答えが分からずに落ち込んでいると、誰かがまた贈り物をしてくれたのだ。
グレーシアの机の上に青虫が二匹いた。
どうして机の上にいたのかは分からないが、確認せずに鞄を置かなくて良かった、と安堵した。
せっかく贈り物をしてくださったのに、潰してしまわなくて本当によかった。
グレーシアは青虫を掌に載せて「かわいい」とにっこり笑った。贈り物をしてくれた誰かに、伝わっていると良いなと思った。
だから、大切に育てたくて先生に花壇が欲しいと言うと、先生は悲しそうな顔をして「用意してあげましょう」と言う。よほど大切な花壇だったのではないだろうかと、申し訳ない気持ちになったが、呪いを解くためには必要なものだった。
それから、花壇をもらって、青虫の食べものとしてヘンルーダの苗を植えた。
思い返してみても、やっぱりよく分からない。どこが失敗だったのだろう。
アバズレの呪いを解くために、みんなに親切にしたつもりだ。呪いってどうやったら解けるのかしら……。
母さまなら、知ってらっしゃるのかしら……。今度のお手紙に書かなくては……。
そんなことを思いながら、お友達の青虫『アミリア』を見つめる。彼らが被害に遭うことはないみたいなので、ここが一番安全なのだ。そして、アミリアたちはアバズレの呪いに掛からないようだから、安心して付き合える。
ちょんと頭を触ると黄色いの角を出す青虫さんである。柑橘の匂いのする青虫さんである。ミカン科の葉っぱを食べる青虫さんだ。
「アミリア達はどう思います?」
はじめ、どう見ても違いが分からなくて、両方共に『アミリア』という名前を付けたのだが、最近違いが分かるようになってしまった。姉(仮)のアミリアの頭の模様は秩序良く描かれており、妹(仮)のアミリアの頭の模様は、ユニークにくねくねしている。それだけは失敗したなと思っている。
「お二人にもおリボンを付けて差し上げましたわ。これは、家族の印。仲良しの印なのですよ」
スケッチされているアミリア達には角の出てくる辺りに、くるりと白いリボンが結ばれていた。
授業開始の鐘が鳴る。
「待っていてくださいね」
だけど、二年生のラナだけはグレーシアに声を掛けてくれるのだ。
だから、グレーシアは嬉しくて、ラナを傷つけないように、呪いが解けるまでは自分に近寄らないように声を掛けておいた。そして、スケッチブックを閉じたグレーシアは良い考えを思いついたのだ。
そうだわ。今度はラナ様の似顔絵を描いて差し上げなくちゃ。
おリボンは……。そう思って、グレーシアは考えを改めた。
ラナ様の好きなものを尋ねてからにしましょう。皆さまがおリボンを好きとは限りませんものね。
長期に渡るグレーシアのリボン至上主義が解れた瞬間だった。
しかし、グレーシアの根本的な勘違いはまだまだ続きそうである。