『そんなあなたへのお勧めは』
朝起きると、竹籠の蝶の蛹が、ちょうど良い感じに透けて見えていた。
「大変ですわ」
グレーシアはすぐに着替えを済ませ、調理室へと向かった。
「サラ、大変ですの。約束の日が来てしまいました」
サラはそんなグレーシアを優しく迎え入れ、「今日は特別に頑張らなければなりませんね」とお弁当箱を三つ並べ、極上のタレに沈んでいた肉団子を落とした。
「肉団子っ。作ってくださったのですか?」
「えぇ、お勧め下さったものですもの。そろそろとお聞きしていましたから。家で作ったものですが、どうぞ」
「嬉しいのです。きっと皆さんも喜ばれますわ」
と瞳をキラキラさせた。
グレーシアは大好きなお弁当の話をした後に、女子寮の肉団子を食べたことがないというミリとタンジーの事実にショックを受けていたのだ。あんなに美味しい物を食べたことがないなんて……。タンジー様に至っては、そんなに感動するほど美味しかった?などという。
間違っていますわ。
一瞬そう思ったグレーシアだったが、考え直した。
確かに、ミリはリディアスの商家の娘であり寮に住んでおらず、タンジーも女子寮にわざわざ夕飯を食べにくることはない。
きっと男子寮の肉団子は、そんなに美味しい物だった?くらいのものなのだ。
だから、竹籠を抱えて大切なお弁当を三つ鞄に入れて、声を掛けていたミリの家とタンジーの男子寮へ行ったのだ。
二人ともグレーシアの訪問についてを伝えておいてくれたようで、ミリのお店の人も、男子寮の守衛も寮夫もとても優しい微笑みで、「ほんとうに、いらっしゃいましたか」と二人を呼んできてくれた。
そんな彼らに元気に挨拶をする。
「おはようございます」
出てきたミリは静かに笑い、寮の前で二人を見つけたタンジーは、欠伸をかみ殺して返事を返した。それから学校までの道のりもずっとグレーシアは喋り続ける。
とても嬉しい。みんなで見ることが出来るのも、蝶の羽化を始めから終わりまで見ることが出来るのも。
一代目アミリアは蛹すら見当たらなくなっていたし、三人姉妹だったアミリア(姉)は蛹の殻だけを残して飛び立った後。次の妹のアミリアは、時間が合わなかった。
やっと。
しかも、タンジーが助けてくれた特別なアミリア。
「タンジー様のお陰です」
「どういたしまして」
嬉しくて仕方がないグレーシアは、彼のあまり興味のなさそうな声も気にならない。タンジーはその嬉しそうな顔のどこかに『るんるん』と描いてあるんじゃないかな、と思いながら、もう一度伸びをする。次の試験は上位と言われる場所にいたいのだ。
授業が始まる前の朝早く、いつもの裏庭で三人が羽化の様子を見つめる。
ミリは少し及び腰でグレーシアの陰からその様子を見ていたが、蛹から出てきて、羽を伸ばすようになると、「そんなに大きなものが入っていたのですか?」と顔を出し、蝶に見え始める頃に、関心を寄せ始めた。
タンジーはグレーシアをやっぱり不思議な子だな、と思いながらも、こんなに虫を観察する機会なんて、この子がいなければなかったのだろうな、と蝶の羽化を眺めていた。
そして、グレーシアはいつも通り騒がしい。「そろそろ、お腹のお水を出すのですよ」「そろそろ羽が伸びきるのですよ」「サラが特別に肉団子を作ってくださったのです。とってもおいしいのです」
「あ、サラとは寮の『調理のおばちゃん』なのですよ。サラは、お料理がとても上手ですの」
「ミリ様の砂糖菓子、いただくのが楽しみです。甘い…レモン……」
グレーシアはそこで一旦お喋りを止めた。だけど、とても綺麗な砂糖菓子だった。
甘い星くずが檸檬に零れ落ちて出来たような、氷檸檬という砂糖菓子。
「喜んでいただけると嬉しいのですけど……」
謙遜の中にも彼女の誇りが垣間見える。だけど、まだ自信のないその笑顔に、グレーシアが「とても綺麗です。美味しいに決まっています」と威張ってみた。
そして、なぜか今もカー様人形を返すことができない、というよりも受け取ってもらえないタンジーは、そのグレーシアを眺めながら思った。
「グレーシア様はまったく変わりませんね。ふふ、水はたっぷり用意しておいてくださいね」
その騒がしさに、タンジーがからかうと、グレーシアが頬を膨らませる。それも同じ。
「心配要りませんわ。だって、ちゃんと大きくなりましてよ。お名前も一人で言えるようになりましたし……まだ、ちょっとタンジー様より小さいですけど」
そんなグレーシアはとても不服そうだ。
「グレーシア様は、タンジー様よりも大きくなるおつもりなのですか?」
控えめに驚くミリが尋ねると、胸を張って当たり前のように答える。
「もちろんですわ。たくさん食べて大きくなるのです」
そして、二人に笑われた。どうして笑われたのか、グレーシアには分からない。
「きっとシア様なら僕より大きくなるよ」
タンジーの言葉にグレーシアが嬉しそうににっこりした。
「シア様?」
その呼び名にミリがタンジーの言葉を繰り返す。その時、蝶が乾いた羽を上下させ始めた。
「飛び立つのですね」
優しく微笑んだグレーシアが、ミリにも伝える。
「ミリ様も、シアとお呼びください。お友達ですから」
綺麗に伸びた羽に導かれるようにして、最後に脱いだ蛹の殻にしがみつこうとする細い脚が、堪らず離れ始めた。
「アミリア、またここに戻ってくるのですよ。ちゃんと食べものを育てておきますからね」
ふわりと風に流されるようにして、飛び立つ蝶々。
空へ。まだ不器用な羽を動かし、煽られるようにして、それでも巣立ってしまう。
青い空に焦がれるように。誘われるように。
校内が騒がしくなってきた。始業の時間が近づいてきているのだ。グレーシアは約束していたお弁当箱を二つ、二人に渡し、にっこり笑う。
「来年もお誘いしてもよろしいですか?」
「うん、是非、誘って。お弁当ありがとう。あ、これ学食の食券。今日の分、余るからいつでも使って」
一年上級のタンジーはお弁当の包みを掲げた後、二階のクラスへ戻る。ミリとグレーシアは三階のクラスへ、そのまま階段に向かう。今度のグレーシアは学食の話を真剣にしていた。
「お勧めはなんなのでしょう? シアは、何を食べると良いのでしょう? 一度きりの学食ですよ」
「なんでもお好きなものを、ということではないでしょうか?」
ミリが答えると、「シアはなんでも好きなのです」とほんの少し膨れる。そんな根っこの部分のグレーシアを見つめながら、ミリはクスリと笑ってしまった。お勧めを思いついてしまったのだ。
なんでもお好きなグレーシア様へのお勧めは、……。
「シア様、大変申し上げにくいのですが」
ミリもお弁当を大事に抱えながらグレーシアに伝えた。
「私、来年はご遠慮させていただきたいのです」
「そう、なのですね。虫が苦手な方は多いと存じていますから、……分かりましたわ」
本当に残念に思ったグレーシアは、ミリがひとりでクスクス笑っていることにも気付かなかった。
「申し訳ありません。どうぞ、次回はおふたりで」
「……。ふたり?」
「えぇ、今年は私がお付き合い致しますが、来年はおふたりでお昼ごはんもご一緒にどうぞ」
他にもお友達が増えているかもしれないのに……と、きょとんとしたグレーシアが、その意味に気付き慌てるのは、グレーシアの実家であるディアトーラへ帰る時分の話。ほんの少し立ち止まって考えていたグレーシアが、先に歩き出していたミリを呼ぶ。
「ミリ様、待って下さい」
「今日の一限目は数理です。急がないと、あの先生は五分ほど早くに着きましたよね」
「そうでしたわ。急がないと」
慌てたグレーシアはミリの背中を嬉しそうに追いかけていく。
そして、虫以外のお友達ができたグレーシアの学校生活は、きっとこれからも楽しい。
※一応グレーシアの名誉のために。
グレーシアのあのお弁当箱は今、貝殻入れになっています。
後、本編への印象を繋げるための「おまけの話」と「国王両陛下の裏話」の2話を入れて完結です。(タイトルではありません)














