『虫がお好きなお姫様』
リディアスという大きな国には、平民や貴族、隣の国ワインスレー諸国にある小さな国々の元首の子ども達までもが、集まる学び舎がある。推薦状を持ってやってくる者、外部試験を受けて入ってくる者と様々ではあるが、皆、身元の保証はされている。そこは、将来国を担っていく者達が切磋琢磨して、成長する場所として、存在しており、リディアスのために働く者として、教育を受ける場所ではある。優秀な庶民などは国王が身元保証をするほど、この国は、人材を財としている。
現在は、リディアス王の孫であるアイナ様もここの最上級生にいらっしゃる。彼女は現在、父アイビーと叔父イワンの戴冠を巡った騒動の真っ只中で、様々噂されることも多い方だ。しかし、絶対的な権威として居座っておられるのか、今の最上級生では、無駄な争いはなかったようだ。
例えば、今年の一年生や二年生のように中途半場な人間がいると揉める。
特に今年の二年は、本当に玉石混淆のクラスである。
しかし、これから国を背負うとなれば、様々があるということを知り、繋がりを作っておくには恰好の場所でもあった。
ワインスレーの小さな国の一つであるエリツェリの王子タンジーもそのひとりだ。
しかし、最近のタンジーは窓際の席に座り、その外の様子を気に掛けながら日々を過ごしている。
「アミリアは今日も食欲満天です。良いことですね」
窓の外から聞こえてくるのは女子の声。学年はひとつ下になるのだが、タンジーのよく知っている姫君だった。
グレーシア・クロノプス。
幼い頃から、いつも頭に白いリボンを付けている女の子。幼い頃に一度一緒に遊んだこともあり、小さい頃から彼女のことは知っていた。タンジーの住むエリツェリの隣国ディアトーラの姫君である。だから、なんとなく気になって気に掛けるようにはしていた。
いわゆる、同胞意識かもしれない。ちょっと変わった子だったし、いじめられたら可哀想だなというような。
大国リディアスに比べれば、ワインスレー諸国と纏めて言われる国々は、何かと馬鹿にされるのだ。馬鹿にされずともいじられる。そもそも黒髪黒目であまり目立たないタンジーでさえ、目を付けられかけたのだから。
ほんの少し赤みのある金髪は緩やかな波を打ち、深い蒼の大きな瞳が印象的な女の子。
迷い無くその瞳に見つめられれば、少しはぐらりとくるかもしれない。
お淑やかなお姫様であれば、問題はなかったのかもしれないが、彼女は同級生の誰にも当てはまることのない、不思議ちゃんだった。だから、すでにやらかしたんじゃないかとも思える。
そう思い、思い直した。いや、やらかす、やらかさない以前の問題だったのかもしれない。性質がきっとそうなのだ。そして、突き抜けて素直で真面目、なんなら人を疑うことを知らないのではないかと思ってしまう。この学校で、彼女の行動を見聞きしていると、そんな風にも思えた。
そんなグレーシア嬢は、とにかく目立つ要素しかない。
その華やかな容姿と性格もそうだが、ディアトーラ現国家元首は現リディアス国王の甥であり、その繋がりも強く信頼も篤い。しかも、それほどの信頼を持った経緯は、血縁というだけではないのだから、そうそう崩れることもない。
だから、入学当初は皆が彼女をアイナ様と同じような存在だと思ったのだろう。そんな彼女と繋がっておきたい、と思うのは自然の摂理ではあるのだ。
しかし、入学して4ヶ月。彼女の本質を知り、皆がやっと様子を見ようと思ったところなのだろう。グレーシアにとって、これはとりあえずの平穏と言ったところかもしれない。
そして、もう一人、リディアス王家に血縁を持つ者がタンジーのクラスにいる。ラナ・リンディだ。
こちらは、リンディ家ご令嬢。その家名は古く、リディアス国王様の遠縁の豪商の令嬢となる方だ。リンディ家の公爵位自身はその叔父が持っているのだが、その母は婿を取り、リンディ家から抜けていない。貴族というよりも豪商として生計を立てて、遙か遠くなってしまっている王家との血筋に縋るリンディ家を支えているらしい。こちらもこちらでとても逞しい家である。だから、末端分子でありながら、未だに公爵という爵位を剥奪されないのだろう。
まぁ、こちらも互いは遠い縁者ではあるのだから、似ているところもあるのだろう。
そんなラナはまだ目の敵にしているように見えた。
「なんなの、あの子」
なぜか憤慨して戻ってきたラナが叫んでいた。
「『わたくしに関わらないでくださいませ』ってどういうことなのよ」
「そうですわよね。ラナ様に声を掛けられて感謝もせずに、なんて鼻持ちならない子なのでしょう」
あぁ、また変な言いがかりを付けて暇つぶしにでもしようと思っているのかな、と思える。
「そうよ、ちょっと可愛い顔してるからって、調子に乗っているのよ」
そう言うラナも同じ様な特徴は持っているのだ。青い目もしているし、透き通るような金色の髪は真っ直ぐ伸びているし、金持ちだし、一応王家の遠縁者だし、吠えなければ、もてるとは思う。
彼女も顔だけ取れば、全く遜色ないのだし。
爵位すらない豪商の娘と小さな国であれ王族の娘という違いはあるが、何を求めたいのかで、どちらも魅力的ではある。
なんなら、ラナの方が自由の利く駒だろう。
しかし、そんなラナも無謀に逞しい。
「そうですわ。普通は泣いて喜ぶものですわよ」
「そうですわ。ラナ様は、リディアスにお住まいの歴とした国王様の遠縁者なのですから」
ラナ取り巻きいつもの二人「ですわ隊」が同調するから、余計にラナも増長されるのだろうけど、とタンジーはぼんやり考える。
いつも一緒はスベロアとメイティ。そこにさらに不特定数名が集っている。
最初の理由は単に「だって、気に障るのですもの」だったはずだ。
こちらもツッコミどころ満載である。
気に触るも何も、本来ならばラナの方が敬意を示すべきだし、そうすべきなのだ。しかし、ファミリーネーム上、リンディの方が国王に近いということが、彼女の中の問題を深めていた。
プライドだけが無駄に高いラナが気に入らないのは、そういうこともあるのかもしれない。ただ傅かない彼女が気に入らない。
しかし、グレーシアがこの学校へ入学してから、タンジーの学校生活が少しだけ楽しくなったのは事実である。
教室の窓の下、そこには花壇がいくつかある。
ツバの広い帽子を被ったグレーシアはいつもそこにおり、花壇に様々な花を植えて、スケッチをして過ごしている。なんだか、とても平和に思える。ただ、スケッチの相手が人でも花でもないだけで。
そんな平和を崩すラナの声が教室に響いた。
「だって、気に入らないんですもの。だいたい、あの子、魔女の子なのですよ。どうしてこのラナ様が馬鹿にされるの?」
多分、馬鹿にはされていないだろうが、結局そこなのだろう、とも思ってしまう。
確かにグレーシア嬢の母上は魔女といわれていた方だ。
魔女は、リディアスでは特に嫌われていた。つい十年ほど前までは国敵とされて、忌み嫌われていたのだから。家系的にはそのリディアス王家と長く付き合うリンディ家は、だから余計にそこにやっかみを持ってしまうのだろう。
「そんなあの子と仲良くしてあげようとされるラナ様は素敵ですわ」
ラナの取り巻き達がラナを褒め、ラナの満足そうな笑い声が、まるで「そうでしょう?」と言わんばかりに高く響いてきた。
だけど……
十年前ならいざ知らず、既にそれも過去のことである。現国王アルバートが魔女を認めた今では、そんな風に口に出している方が、冷たい目で見られることすらあるくらいなのだ。
だが、学友の誰もそれを諫めない。
やっぱりここにいる奴らは底意地が悪いのだろう。面白がってみるだけ。別に彼女たちがどうなろうと知ったこっちゃない。
タンジーはそんな中で、自身の国エリツェリの小ささに溜息をついた。
下手に動けばどうなるか。とりあえず、様子見で過ごすしかない。夏を過ぎれば、各国ともに国の行事に参加するための秋休みをもらう。とにかく、そこまで大きく何もなければ、自然と落ち着くかもしれないし。
それに、世は、世代交代の真っ只中。
魔女を認めたアルバート王の後を継ぐこととなった甥のイワン様が、今後どのように采配するのか分からない。おそらく、ほぼ全員と言って良い学生がそんな事を頭の端に置きながら、勉学に努めているのだ。
例えば、檸檬を囓ったとしても『甘い』と言わなければならない時もある、特にエリツェリはそんな国だ。ここにいると余計にそんな風に感じる。














