『だけど、やっぱり理解できない』①
脳震盪と右肩から背中にかけての打ち身。そして、その打ち身のせいで、動く度に体に痛みが響くタンジーが二日振りに学校へ戻ると、ダニエルが欠席していた。沙汰が下りたのだ。一応、当事者としてタンジーも事の詳細を学校長から聞いている。タンジーにはお咎めなし。
そして、ダニエルへの沙汰として下りたものは、残り四年と呼ばれる進学への推薦権の剥奪と半月の停学処分である。
小さい国だとは言え、過去に確執があるとは言え、タンジーはエリツェリの王子である。そんな彼に全治七日の怪我をさせたダニエルへの処分は、やはり思った以上に小さなものだった。
まぁ、ダニエルのご乱心ではあるが、命に関わる怪我でもなく、剣術の授業中。日にち薬で治るような怪我ではある。
ダニエルの持つ鉄と線路は、やはり大きいものなのだ。曾祖父の時代にリディアスがワインスレー諸国に親愛の印で敷いた線路だ。鉄がないと線路の補修が出来ない。それを放置させれば、どうなるか。エリツェリなどひとたまりもないだろう。
しかし、本来ならば、あの時の標的がグレーシアだったということが大きく問題視されるはずだった。現に、アイナ様がその祖母アリサにそのように奏上している。もちろん、アリサの耳に届けば、国王のアルバートにも届く。
大体においてダニエルはこの不思議な子に対して、間違っていたのだ。まさかアイナ様がダニエルを監視していたとは思っていなかったけれど。奴は普段通り用意周到で上手くやろうとし過ぎたのだ。どちらかと言えば回りくどく動かずに、正攻法で進んだ方がお近づきになれたとは思う。きっと素直に「お友達になりましょう」で良かった。
しかし、ダニエルの腹の内では、同じ結末だっただろうとも思える。
グレーシアが、他国の一貴族であるダニエルとその財力を頼りにすることは一切ない。ディアトーラは唯一線路を通さなかった国。
あんな子だけど、ちゃんと自国というものを背負っているんだから。そして、自身の言葉が国の問題として取り出たされた時に、自分に対処出来る範囲を知っている。
ダニエルは自身に溺れすぎたのだ。
アルバート陛下が自身の甥である彼女の父を可愛がっていたことは、誰もが知る事実であり、その娘のグレーシアが可愛くないはずがない。
そして、謁見の間にルカが呼ばれ、その後にグレーシアが呼ばれた。
そこでグレーシアがきょとんとして言ったのだそう。
「わたくしが悪いのです。お手合わせをしました。以前、兄さまにこの攻め方は隙だらけだと教えられていたのに、同じことをしてしまいましたから……体が大きくなっていたので、大丈夫だと思ったのですが、やはり間違いでした。わたくしの考えが甘かったせいで、タンジー様が大怪我を為されてしまいました」
過去に兄のルカと手合わせをした際、同じ攻め方をして勝ち手にならないと教わったことがあったのだ。
『あのね、グレーシアの太刀は軽いから不意打ちをするって点は良いと思うけど、相手が剣を落とすとは限らない。現に僕は今、隙だらけのシアをいつでも刺せるでしょう?』
十年ほど前の出来事だそうだ。グレーシアがまだ五歳の頃だというのだから、やっぱりタンジーにはよく分からない。しかし、そこからグレーシアは剣術の稽古をパッタリ止めたそうだ。これはルカの証言と同じだったため、こちら側の不敬は、不問になったそうなのだ。
ルカはこう結んだ。
『あの時、たぶん妹は、相手を『刺す』ということに気付いたんだと……あの子、小さい頃から血が嫌いなので。才能はあったと思うんですが。もう一度甘く見るなと言っておきます』
だから、測れない国だって何度も伝えていたのに。まさか力でねじ伏せようとするような、あんな強行に出るとは思わなかったけど。だけど、ダニエルに的確な助言しなかったことへの後悔も、タンジーにはない。
第一にダニエルがグレーシアを幸せに導くとは絶対に思えない。
結局、護りきれなかったけれど……。怪我をしてなくて良かったと胸を撫で下ろす。
しかし、二人してグレーシアに非があると言うのだから、ダニエルなんて、国としても本気で眼中になかったのだろう。
きっと、エリツェリも。
今でもエリツェリはディアトーラに勝てない。ディアトーラはワインスレーの中でも不動の国だ。
もちろん、エリツェリが今回のことについてディアトーラを追求しようとも思っていないし、仲良くしておきたい隣国であることにも変わりない。なんなら、上手く付き合っている現在を犠牲にするくらいなら、今回の怪我は実家に伝えないで欲しいくらいだ。
ダニエルが悪いでいいし、タンジーが不注意だったでいい。凝りの一つになりたくない。
ただ、怪我をさせた以外の余罪も溢れるようなダニエルの家への打撃は、大きかった。
もともと多少の着服と流用と奢りには目を瞑っていたアルバート陛下が、厳しく断罪したためだ。
お取り潰しとまではいかなくとも、今までのように大貴族だと気取っていられなくなるのは確かだ。怒れる陛下は、やはり怖い。きっと、どこまでも溺れていたのか、どこまでも馬鹿だったのかのどちらか。
「このアバズレ、二股掛けてやがったんだ。俺に気があるように見せかけて」
小さい頃からグレーシアを知っている陛下に信じてもらえるわけがない。もちろん、陛下に直接言った言葉ではないけれど。教師に取り押さえられながら叫んだ言葉らしいけど。
絶対にそんなこと思ってもなかったくせに。
背中の痛みにタンジーは、つい毒づいてしまう。
しかも、表向きは何も変わっていないのだ。リディアス国王はねじ伏せたわけではない。ダニエルの家がどこまで今まで通りに出来るのかは分からないが、きっと余裕ぶってはいられなくなるだろう。まず、実家でかなり絞られているはずだし、徐々に気付き始める皆が、彼らを見る目を変える。国王に見限られた家は、既に使えない駒だ。もちろん、タンジーもそこまで『間抜け』を装うつもりもない。呪いが本当に存在したのなら、一番の呪いにかかっていたのがあの大貴族だっただけ。落ちぶれていくのを見るだけ。
沈む船に手は差し伸べない。














