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レモン召しませ。  作者: 瑞月風花


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12/24

『得手不得手』

 

「いいこと。あなたは私の家との繋がりを忘れてはいけません。だから、ここに大好きなものを詰めて差し上げましょう」


 怖さで震えるその掌に掴まされたのは、グレーシアのお弁当箱だった。


 ☆


 タンジーはリディアスの騎士になろうとも思っていないし、自国で兵として過ごすこともない。進むべき道は、決まっているのだ。

 だから、どうして選択したのかと言われると、やはり自国周りに魔獣がいるから、にはなってしまう。しかし、本当はディアトーラの元首と夫妻に憧れていたとも言える。今はその延長で、息子のルカにも憧れているような気がする。多分、これは一度遊んでもらったことが大きいのかもしれない。

 リディアスの衛兵なのだから、きっと強い。なんだか、かっこいいと思った。同じ未来を持つ者として、その姿が羨ましいとも思えた。

 タンジーとは全く違う。


 タンジーの父は専ら政務に力を入れる人であり、祖父は元貿易商。母は気持ちの弱いところはあるが、優しくて朗らかで不安を抱える者に寄り添うのが上手。

 そして、元首の祖母は策略家で知られていた。

 その反動からなのか、タンジーは幼い頃から、目に見えて国の防衛を担っていると分かる兵達を見るのが、好きだった。


 その兵の中に一人、負傷兵がいて、ディアトーラの抱える森に住む魔獣の話をしてくれたのだ。

 大型魔獣を倒すという元首とその夫人。

 彼自身もその友達から聞いた話らしいが、まるで活劇を見るかのように、タンジーはその話に聞き入っていた。


 まるで闇のように静かな太刀捌きで、その大型魔獣の心臓を迷わずに突き刺す。魔獣もまさか刺されただなんて思わなかっただろう、無駄のなさ。

 あんなに綺麗で静かな終わりはないくらい。彼らはごく自然に魔獣を仕留めた。

 負傷兵の話にあるディアトーラ元首夫妻。


 幼い頃、剣術の基礎をその負傷兵から教わった。多分、彼にとってはほんの戯れ程度の稽古だったとは思う。タンジーに稽古を付けてくれた彼は、自分は右肩の古傷のせいで実戦では足手まといだと言っていたが、十分に強いと思えた。彼の手はごわごわと硬く、とても力強かったから。

「小型魔獣くらいなら僕でも倒せるようになる?」


 そう言ったタンジーに、彼は笑いながら「なんとかでも、と言っている間は何も倒せませんよ」と教えてくれた。

 だから、一応目指すは大型魔獣なのだけど。


「痛っ」


 体格の差というのは、とても大きいと実感している毎日である。押し切られ、尻餅をつくと、師範が「止め」と終了の合図を出す。だが、血気盛んな奴はなんとなく治まりが付かないようだった。ダニエルもそのひとり。

 普段は優男を気取っているが、あれを旦那にする人がいたら、ちょっと同情するかもしれないと思えるほどに、手が出るのだ。


 もちろん、裏側で。上手くやれなければ、犠牲になって辞めていく。個人的に嫌われた子とか、下手に正義感を振りかざした子、とか。家格、男女問わずに。さすがにリディアスの王族となれば、別だろうけど。

 一応、タンジーは今のところそれほど足元には見られていない。掴めない奴くらいは思われているかもしれないけれど。多分。

 そして、彼の言い分はいつもこう。


「鉄工所の奴らも、鉱山の奴らもこのくらい見せしめないと、調子に乗ってくるからな」


 彼と付き合っていると、だから過剰防衛に出るような気がしてたまらない。だから、聞く耳を持たなくなったのではないか、と思えて仕方がない。

 しかし、授業でのダニエルは評価されているからだろう、何もなければ、いつも機嫌が良い。

 タンジーは曖昧に笑いながら、言えない言葉にひけを感じる。


――ダニエル、人間は魔獣と同じじゃないんだよ。だから、歯向かおうとするんだよ。魔獣はね、歯向かわないんだよ。ただ、求めるんだ。ただ……獲物を。だから、聞く耳なんてない。


 リディアスの山手にあるダニエルの領地。鉱山はあるが、ワインスレー側にある山に比べれば、魔獣はそれほど大きくない。せいぜい中型と言われるくらい。暗闇に強いのは、全部同じ。それに、リディアスは国として、そういうところをとてもきちんと整えている国だ。だから、民もダニエルも魔獣の恐怖を感じることはないに近い。

 きっと、タンジーの言葉は届かない。


「ダニエルは、力が強いから敵わないよ」

そんなダニエルが満足そうに笑う。

「ワインスレーの奴らって、基礎は出来ても実技になると駄目なんだろ」

「どういうこと?」

「ワルツさ」


 ダニエルの口から語られたのは、意外であり、全く意外ではないことだった。

「あのお姫様はきっと普通のリードじゃ駄目なんだろう?」

 そうだろ?

 奴の表情は同意を求めていた。


 間違ってはいないけれど、それは阻止したい。少しずつ詰めて来ていたダニエルが、グレーシアという生き物の生態を認識したのだろう。


 こいつにグレーシアは渡してはいけない。アイビー様に近づけるわけにもいかない。

 だから、警戒しながら「そうだね」とだけ、タンジーは続けた。


 ☆


 あ、また……。

 グレーシアはダンスの時間が嫌いになりそうだった。昔、兄であるルカと踊った時は、ちゃんとお姫様になったと思っていたのに。

 一人でステップの基礎をさらう時は、全く平気。先生も上手になりましたね、と褒めてくれる。だけど、友達との実技として二人で手を取り、ワルツを踏むと、相手が……。


「大丈夫ですか?」

 グレーシアの脚に躓き転んだ殿方に、慌てて手を差し伸べると、苦笑する彼が「大丈夫」だと答えることは、いつものこと。そして、一礼をすると膝なり腰なりをさすりながら帰っていく。

 こそこそと何かをお友達とお喋りしながら、笑っている。グレーシアに気付くとにっこりと微笑む。

 あんまり良い気はしない。

 大丈夫、だって次はお昼ごはんだから。アミリアに相談しましょう。


 一応丁寧にお辞儀をして、姫方の列に並びに行く。隣り合うルリカがにんまり笑う。そして、その隣のジュナも続く。

「グレーシア様は本当に野蛮な国のお育ちで。すぐに組伏そうとしてしまわれますわ」

「大型魔獣が出てくるのですよね。仕方ありませんわね」

 慰めているような口調ではあるが、こちらもあまり良い気はしない。しかし、野蛮だとは思えないが、事実ではある。グレーシアの住む国にはときわの森という大きな森があり、そこには大型魔獣がいる。大型魔獣なんて、彼らにとって、ほぼ空想上の生き物くらいの存在だ。グレーシアはちゃんと知っている。


「グレーシア様は、体術や剣術の方がお得意だったりしますの?」

「いつも、お相手を転ばしてしまわれますわ」

やっぱり良い気持ちのしない笑顔。しかし、彼らは紹介されていた国の方々である。

「いいえ。わたくしは、あまり得意ではありませんわ。きっとダンスも」


 剣術も出来るとは言えない。家族で一番弱い兄にも全く届かないのだし。基礎くらいは出来るけれど。

 基本のパターンは知っているけれど。そもそも、あまり好きな分野ではない。

「ご興味がありましたら、剣術の基本の基礎くらいはお教え出来ますわ。ルリカ様は必要なのですか?」

グレーシアは、話しかけてくれたお友達に伝えてみる。

「結構ですわ。だって、あたくしの領地では必要ありませんもの」

 それは良かった。

「その方がよろしいと思いますわ」


 グレーシアはにっこり笑い、他のお友達のダンスを見つめる。何が違うのか、分からない。同じステップ、同じリード。多分……。


「グレーシア様はもう少しダンスを練習なさった方が良いですわね」


 そうよ、わたくしはちゃんとお姫様にならなくてはなりませんもの。寮母のイルミナが言ったように、素敵な淑女(レディ)になるのです。

 グレーシアは自分を鼓舞する。


「頑張りますわ」

 ルリカ始め、にっこりと微笑まれる。悪意自身はあまりない、憐れみに似たそんな笑顔だ。

「応援しておりますね」

「はい……ルリカ様、ひとつお尋ねしても?」

 そこでグレーシアはふと一人いないことに気付いた。

「ミリ様は、どうなさったのでしょう? 見当たりませんわ」

 ルリカは、素直に答えをくれた。

「あの方もグレーシア様と同じでダンスが必要ない種族の方ですから、さぼっているんじゃありませんこと? そう思えば、グレーシア様はまだマシでございますね」

グレーシアは思わず、飛び出しそうな言葉を飲み込んだ。


 ルリカ様? ここにおられる皆さまは、全員が『哺乳類』『サル目ヒト科ヒト属』、『人間』と呼ばれるものですのよ。そして、この生き物の分類全てから外れる者は、魔獣と魔女のみとされている。しかし、グレーシアはルリカの間違いを指摘せずに、ルリカの嘲笑に似た微笑みで受け止めるに留めることにしたのだ。ルリカに興味のないことだと思えるようになったからだ。


「はい。わたくしはレディにならなくてはなりませんから」

 そして、微笑みを返したグレーシアは、リディアスの首都にある小さな商家のミリを思い浮かべてみる。


 ミリの生活にダンスが必要ではないことは分かるけれど、ミリが授業を欠席する理由が分からない。

 ミリはどの推薦も受けずに入学されたすごく真面目に勉学に取り組む方。たくさんの美味しい砂糖菓子を、この首都で作っているとても素敵なお店のご令嬢。

 今は、キャシーの家がご贔屓にしていて、とても評判が良い。


 グレーシアの中にあるミリ像だった。


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『palette』
「仙道企画」より「レモン召しませ。」をイメージして曲に歌詞を充てました。
作曲・編曲:仙道アリマサ様です。ご興味がありましたらどうぞ。
ヘッダ
総合評価順 レビュー順 ブクマ順 長編 童話 ハイファン 異世界恋愛 ホラー
↓楠結衣さま作成(折原琴子の詩シリーズに飛びます)↓
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