『簡単な推理ごっこ』
顔を洗って鏡の前に立つ。今日はお休み。だけど、お休みで良かった。
堪えきれなくてたくさん泣いた。
大きな溜息が出た。
イルミナが悪い。規則正しい寮母イルミナが、グレーシアを待つために起きていたのだ。だから、張り詰めていた糸が切れてしまった。
もう一度鏡を覗き込む。
元に戻せないかしら……と指で目蓋を上げてみる。冷たい指が気持ちよくて、そのまま載せていたい気持ちになった。朝ごはんまでに治ると良いのだけど……と前髪を目蓋に深く被せてみた。だけど、癖毛のせいでくるんと眉の上に戻ってしまう。
目蓋の状態を諦めたグレーシアは、机に母さま人形と国と名前のある滲んだ紙を載せて、そのままカラフルな小さな貝殻達を開け放った。
幼い頃に海で拾った宝物だった。
母さま人形の前に白めの貝殻を集めていく。
これは、一年生。
桃色がかった物は二年生、茶色がかった物は、左側。
よく分からないのは、メイティ様とスベロア様。ラナ様の仲良しのお友達。だから、左側へ持って行く。
よく声を掛けてくださるのは、ラナ様とダニエル様。だから、母さまの前に置く。
白の中に桃色が二つ。
ラナ様は別になんとも思わない。ちょっと不思議なだけ。たくさん見ていて欲しい人。
ダニエル様は、ちょっと苦手。階段を下りる時を含め、手伝わなくても良いところを手伝ってくれようとするし、動きが好ましくない。すれ違う度にご挨拶をされるところは、良いと思うのですけど……。
シアは赤ちゃんじゃありませんのに。一人でなんでも出来ますのに。
どうして、構ってくるのでしょう……このままでは、ダニエル様も呪いに掛かってしまいますわ。
そして、ラナを考える。ラナ様は近づいてこられない。
最近、ラナ様の傍にいるのは、もちろんメイティ様とスベロア様もなのだけど、キャシー様と……時々一年生のミリ様も呼ばれている。
あ、色分け間違えてるかも……。
そう思って、もう一度やり直す。
繋がりを考えなくちゃ。
グレーシアがもう一度貝殻を指で動かし始める。
国同士だと、タンジー様とダニエル様はよく一緒にいらっしゃるから、……変な感じがするのだけど、仲良しなのかしら? お国同士での繋がりは、あんまりない気もするけど、鉄はどこの国も必要としているから……。
お弁当箱がなくなって、……そもそも、お弁当箱を欲しがるような人はいらっしゃらないから……。皆さま、自分で好みの物を選べばよろしいだけですし……。
まさかディアトーラの木で作られているものが欲しかったのでしょうか……。リディアの大樹への信仰の深い方ならあり得なくもないのかしら?
だけど、そもそもときわの森にリディアスが信仰するリディアの大樹があることをご存じの方などほとんどいませんわ。王家の方くらい……。アイナ様は関係ないはずですので、となると知り得る方はいない。
もしかしたら、これが『嫌がらせ』というものなのかしら。
どうしましょう。もし、これが『ディアトーラの娘』だから、だったら……。兄さまに相談したいけど、相談すれば、今、リディアスでお勤めをしている兄さまを困らせてしまいますわ。
慌てたグレーシアが、大きく深呼吸をして、自分を落ち着かせる。
駄目ですわ。今兄さまにそんな使えない妹の存在を付随させては、結婚相手がさらに遠退いてしまいますわ。良いお歳ですし、早く探して差し上げなければならないのに……。
さらに、父さまは、絶対に止めておかなくてはならない。父さまは普段心配してくださらないのに、変なスイッチが入ることがありますもの。母さまがいつも冷たい視線を送って止めていますもの。
それに国が関わってしまうと、手が届かなくなって、怖い。下手を打てば、アルバート陛下からアイナ様へと……。
アイナ様は守らなければならない貝殻だから、絶対に巻き込めない。
と、グレーシアは感覚的に思い、母さま人形を見つめた。母さまは大丈夫。いつもちゃんと公平。
母さまだったらどうなさいますか?
母さま人形の前には、キャシー様、そして、ダニエル様、タンジー様が残っている。
グレーシアの背景に関わっていないと思われる二名とタンジー。そして、その二名が繋がっているとも思えない背景の貝殻たち。さらにはみ出した貝殻一つ。
ミリ様は、どこへ動かせば良いのだろう。
朝の鐘が鳴る。
「朝ごはんですわ」
ぴょこんと立ち上がったグレーシアの目蓋はもう腫れていなかった。すっかりウキウキとして階段を下りて、朝ごはんに目をキラキラさせて。そして、足を止めた。掲示板を眺めている二年生のキャシーを見つけたのだ。
「おはようございます。キャシー様」
「あ、あら」
珍しいこともある。キャシーの実家である男爵家は、今、首都に住居を移しているので、休日には実家に帰っていたはずなのに……。そう思いながら、ふとグレーシアは大切なことを思い出した。
「朝ごはんですわ」
「え、あ……えぇ。グレーシア様は、本当に食べることがお好きですわね」
一人だと心細いキャシーとしては、精一杯意地悪を言ってみたつもりだったが、もともと声量のない彼女の声では、全くそうは聞こえなかった。
「はい。今朝は卵のリゾットなのです。黒胡椒が引かれていて、とっても良い香りですのよ。卵の色と、胡椒の色も綺麗な彩りにもなっていて、とっても美味しいのです。ぜひ、キャシー様も温かいうちに召し上がってくださいませ」
そんなキャシーの声よりもずっとはっきりと、はりきって答えたグレーシアは、嬉しそうに膝を曲げてお辞儀をし、食堂へ向かった。
きっと、キャシー様も休日の朝食が食べたくなったのですね。
ただ素直にそう思って。














