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レモン召しませ。  作者: 瑞月風花


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『シア』

 

 自分の部屋ではっと目を覚ましたグレーシアは、暗闇の中、身の回りを確かめる。


 持っていたポシェットは、きちんとハンガーに吊されてあり、靴も揃えてベッドの下。

 服も同じ。無くなったものはなさそうだ。


「アレクおじさまだったら、申し訳ありません……だけど、本当にお腹が空きましたわ……」

 ルカが全く帰ってこないので、グレーシアはずっとアレクと寮の夕飯の話をしていたのだ。今夜はつくねのジンジャースープと白米のお粥。揚げ鶏のタルタルと白身のタルタルが選べたはず……なのに。きっと、もうそんな夕食は食べられない。もしかしたら、食べ物すらないかもしれない。

「兄さまのせいですわ……ペコペコです」

ほんの少し息巻いて、お腹にあてていた手を腰にあて直す。背筋が伸びた。


 目先が変わると、枕元に母さま人形がちょこんと座っていることに気付いた。持ち上げると、そのお尻にくっついていた手紙がはらりと落ちる。それで、誰が送ってきてくれたのかが分かった。


 兄さまが送ってきてくれたのですね……。


 そう思うと、なんの溜息か、大きな息がお腹の底から吐き出された。

 手紙には『ごめん』と『欲しかったものってこれ?』とだけ書かれてあった。


 全然違います。なんなら、今は焼き菓子などの方が嬉しかったくらいです。


 そう思いながらも、少しほっとしてしまう。

 ぎゅっと抱きしめると、涙が出てきそうになる。頑張ってもずっと独りで過ごさなければならない。アミリアはいるし、寂しいとは思っていないはずだけど、どうしてみんな仲良くしてくれないのかが、分からない。一緒にいたくないと思われる自分が、とても嫌になる。これじゃあ、大人になっても上手くやれない。上手くやろうとするなと言われていても、これは違う。

 だけど、だから頑張らなくちゃ、と思うのだ。


 この学校へは仲良しを作りに来たわけではない。筋道を作りに来ているのだ。仲良しのお友達はディアトーラにたくさんいる。それは、間違っていない。

 母さま人形を眺める。


 こちらは、間違っている。欲しいものがあるとは伝えていたが、ルカに買って欲しいとは思っていなかった。お小遣いの範囲で、できるだけ安価なお弁当箱を買いたかった。

 町のことをよく知るルカに、教えて欲しいと思っていただけのだ。

 グレーシアは、まだひとりで何も出来ない。だけど、母さま人形には強がった。


「兄さまはなんにも分かっていませんわ。ねぇ、母さま。シアはもう、赤ちゃんじゃありませんのに。でも、ちゃんと分かっています……家族の印のおリボンは頭には付けてくださいませんでしたけど、シアのことを心配してくださっているということは」

 そう、グレーシアは兄が遊んでいて遅れたわけでも、寝坊して遅れたわけでもないことも知っている。留学前に両親が心配してくれないと、泣き叫んだことがあるから、兄のルカがたくさん心配しているのだ。だから、母さまそっくりだと言った人形をそばに置いてくれたのだ。


「ちゃんと、分かっていますわ」

 もう一度そう言うと、グレーシアは立ち上がり、寮母のいる部屋へと向かうことにした。お腹が空いているのだ。叱られるのは分かっていたが、背に腹は代えられない。

「母さま、少し待っていてくださいね。シアは戦うためのごはんを勝ち取って参りますので」


 背筋を伸ばして歩いてみたが、やはり寮母を前にすると心が砕けた。黒縁眼鏡にしっかりと髪を真面目にまとめた完璧の寮母イルミナが、化粧のない顔で待ち構え、グレーシアを一睨みする。

「クロノプス様、どういうことなのかしっかりご説明お願いします」


 グレーシアは怯むな、と自分を鼓舞して口を開く。

「申請通り、兄と買い物へ行く予定でした。でも兄の帰りを待っていると遅くなってしまったのです」

 そこで終われば叱られる。グレーシアはこの半年の経験上、そこで一息ついて続けた。誰かのせいにしてはいけない。

「申請時間を過ぎてしまったことは、わたくしの非でございます。夕食までには必ず戻らなければならないお約束ですもの。だけど、どうしても準備しなければならないものがございました。それに囚われてしまったのです。本当に申し訳ございませんでした」

 お弁当箱を無くした、ということは伏せておく。どうして無くなったのか。部屋中を探してもないという事実は、変えられない。

 物事を少し整理しなくてはならない。兄と父母なら一番にすることだ。


 お弁当箱が失われた理由と、身の回りのこと。

 顔を浮かべる。

 数名いるが、表立っているのはラナ様。でも、ラナ様は悪い雰囲気を持っていない。あの方は、良く思われたいだけ。いつも偉そうだけど、良い人だとは思っている。じゃあ、そのお友達?


 やはり、数名の顔が浮かぶ。

 決め手はとても弱いが、不思議と同学年の顔は消えていく。二年の先輩たちの顔が、妙に頭に残るのだ。最近声を掛けてくるのが、二年生ばかりというのもあるが、だったら、どうして一年生は声を掛けてこないのか。

 アバズレの呪いはよく分からないので、とりあえず母さま人形に任せるとして。


 誰が根本なのか。伸びる枝葉を払うだけでは駄目なことも、ちゃんと知っている。

 頭を下げながらグレーシアの頭はぐるぐる回った。何かが見えそう……。でも見えない。その時、寮母のイルミナの声がグレーシアを現実に引き戻した。


「己のことは分かっているようですね。では、こちらのことを分かっていただかなければなりません。いいですか、ここは女子寮です。いくらあなたの兄であれ、いくら信頼の置ける職であれ、殿方に連れ帰ってもらわなければならない時間になり、その部屋へ連れてもらわなければならない状態ということは、とても由々しいことなのですよ。あなたが夕食の時間を過ぎて、皆が部屋へ戻った時間にあっても、あなたが背負われて戻ってきた時の寮内の騒がしさと言ったら、本当に溜息を付きたくなりました。どんな噂が立つか、分かりませんよ」


 ……噂……?


 叱っているイルミナの表情を見つめる。怒っているというよりも、父さまや母さまのような、そんな表情に見えた。


「お役目があることも存じております。事を大きくしたくないお気持ちも分かります。だけど、私はあなたがふしだらな目で見られることが、嫌でたまりません。あなたは立派な淑女と成るお方なのですから」

 一気に話し終えたイルミナが大きく息をつく姿を見ると、グレーシアの瞳に涙が溢れてきた。グレーシアはずっと独りだった。


「説明しにいらっしゃるとは思っておりましたよ。だから待っておりました。サラが娘の使っていたものだけど、と準備してくれています。今日の夕飯もここに詰めてくれていますから、どうぞ部屋にお戻りください」


 独りだと思っていた。


 だけど、独りではなく、一人で強がっていただけなのだ、ということも知った。

 そう、二年生にはエリツェリのタンジー様がいらっしゃる。


 グレーシアは、過去を思い出しながら、父母の意図を思い出す。

 兄が言う。

「僕たちを紹介してもいい国だよ」

 両親が言う。

「タンジー様は挨拶のきっちり出来る、頭の良い子ですね」


 幼い頃からの付き合いの中、父母がグレーシア達兄妹を、にこやかに紹介していた国々を書き出そうと思った。


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『palette』
「仙道企画」より「レモン召しませ。」をイメージして曲に歌詞を充てました。
作曲・編曲:仙道アリマサ様です。ご興味がありましたらどうぞ。
ヘッダ
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↓楠結衣さま作成(折原琴子の詩シリーズに飛びます)↓
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