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ひねくれカルメはログの溺愛が怖い……はずだったのに! 寂寥と勇気  作者: 宙色紅葉


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13/22

その醜悪が、愛しく思えて仕方がないんだよ

 アリアーデの町は、いつまでも眠ることを知らない。


 そのせいで町の中からはあまり星の明かりが見えないが、町から少し離れた川の近くでならば、降り注ぐように輝く満天の星空を見ることができた。


 星や月のおかげで、意外と視界は明るい。


 川の近くに来たログは、フラフラとカルメが作りだした氷の箱の隣に座り込んだ。


 ログがそっと箱に触れた瞬間、箱の天辺で魔法陣がゆるりと涼しい青に輝き、ひとりでに蓋を開けた。


「これで、私達しか開けられない箱の完成だ」


 誇らしげに笑った、カルメの言葉を思い出す。


 ログは自己嫌悪や、カルメへの愛しさ、怒り、色々な感情が混ざって耐えきれなくなり、膝を抱えた。


『カルメさんは、あんなに俺の家族に認められたがっていたのに……』


 そのための努力を、ログは誰よりも近くで見てきた。


 言葉遣いや身なりを整えて、何とかログの両親に認めてもらおうと努力していた。


 何度も頭を悩ませて、不安になっても逃げずに立ち向かっていた。


 その姿を愛おしいと見つめてきたのは、他ならぬログだった。


『それなのに、どうして』


 カルメが抱き締められているのを見ると、相手が自分の姉であるにもかかわらず、どうしようもなく苛立って激しい嫉妬を感じた。


『祝福してあげるべきだったのに』


 それなのにカルメが自分の母親や姉を慕い、仲良くしているのを見ると胸の内で黒い炎が燃え上がって仕方が無かった。


 自分には打ち解けるまで時間が掛かったのに、家族に対しては最初から好意的に接していて、それが自分と結婚するためなのだとわかっていても、ログは苛立ちと嫉妬を止められなかった。


 あまつさえ、カルメがメリッサに向かって好きだと言った時、ログの心はどうしようもなく怒りに燃えて、カルメの姿を見ることさえ出来なくなっていた。


『俺には全然言ってくれないのに……』


 今度は嫉妬に悲しさと悔しさも混じって、ログは今、自分がどんな気持ちでいるのかさえよく分かっていなかった。


 膝を抱く力が強まる。


『汚い。なんて汚い感情だろう。カルメさんが、俺の家族に受け入れられたってことだったのに。あんなに、カルメさんが欲していたことだったのに。どうして、どうして俺はこんなに汚いんだろう』


 ログはギュウッと自分の二の腕を抓った。


 かなり強く抓っているはずなのに全く痛みを感じず、ログは自分が生きているのかさえよく分からなくなっていた。


 友人や他人はおろか、自身の家族とカルメが仲良くしていることにすら腹が立って、激しい嫉妬と独占欲が沸き起こる。


 これらの感情が行き着く先が、


「カルメに自分だけを見つめていてほしい。自分以外と関わらず、独りでいてほしい」


 という願いなのだと気が付いて、ログは己に対し、消えてしまいたいほどの激しい怒りと嫌悪を覚えた。


 自分への怒りとカルメへの想いがぶつかり合って、気が付けばカルメを責めている。


『カルメさんが、俺だけを見てくれなかったから』


 不意にそう思うと、ログは思い切り自分の頭を殴った。


『違う! 違うだろ! 俺が悪いんだ。カルメさんを責めるなよ!』


 しかし、どれだけ強く叩いても、腕を抓っても、全く痛まなかった。


 心も体も死んでしまったみたいだ。


 涙は出ない。


 出す資格もないと思った。


 しばし呆然としては再び、汚い、汚いと喚く自分が暴れ出す。


 苦しくて、ログは膝に顔を埋めた。


「お前は、変わったよ」


 穏やかな兄の言葉がよぎる。


 確かにログは変わった。


 愛するものを手に入れて、虚無の瞳は光を得た。


 人生に意味が見つかって、日々が充実し、生きることが楽しくなった。


『良い変化だけならよかった』


 ログは、これまで失いたくないと騒ぎ立てるほどの宝を、他者に触れさせたくないと請い願うような大切を、持たなかった。


 醜い嫉妬や独占欲を、その身を焦がす病のような情熱を、持ったことが無かった。


 今だってカルメ以外に大切なものは無い。


 初めての感情にログはずっと翻弄されていたが、それでも今日まで爆発させることなく自分の中に仕舞い込んできたつもりだった。


 だが、そうやって溜め込んだ感情は仕舞いきれず、浄化もされずに放置されて、今暴れまわっている。


 暴れる己の感情の醜さに震え、自分を嫌っている。


 ログに自覚はないが、今のログは辛さや寂しさを溜め込んで虚勢を張っていた頃のカルメに似ていた。


『嫌われるのは、俺の方だ。こんなに汚くて、一ミリだってカルメさんには相応しくない』


 そう思うのに、ログは箱から離れることができなかった。


『怪我、してないかな』


 怒りのままに握った、カルメの細い腕を思い出す。


 万が一怪我をさせてしまっていたら、その心を傷つけてしまっていたら、そう考えると、ログは恐ろしくて仕方が無かった。


 もしカルメが来なかったら、このまま箱を抱いて凍死してしまいたい。


 そんな破滅的な願望を抱く。


 箱に触れると、その冷たさに手が痺れた。


 頬を寄せると、その熱で氷が解けてツーと流れる。


 それはまるで涙のようで、ログはそっと瞳を閉じた。


 うつらうつらと夢心地になって、すっかり冷え切ったログの肩を温かな手が触れた。


「おい! こんな寒い中で何をしてるんだよ。風邪を引いちゃうぞ!」


 ゼエゼエと息を切らせたカルメの、怒った声が聞こえる。


 目の前には、せっかく綺麗に整えた髪をグシャグシャにし、綺麗な服を砂埃で汚したカルメがいた。


 汗にまみれて苦しそうに呼吸をしているカルメは、それでも力強くログの前で仁王立ちしている。


『カルメさん……』


 自分のために汗と埃にまみれたカルメがどうしようもなく美しくて、愛おしくて、けれど、そうであればあるほど自己嫌悪と羞恥心が刺激されて、ログはカルメから顔を背けた。


 ほんの少しの間も、カルメをまともに見ることができなかった。


 拗ねた子供のようなログの態度に、カルメは、

『今日のログ、昔の私みたいだ』

 と、感じた。


 カルメは、少し前までの自分を思い出す。


『あの頃の私は、自己嫌悪と恐怖に満ちていて、他人に優しく愛されることが怖かった。今のログも、そうなのか?』


 俯いて、独りきりで自己嫌悪や恐怖に溺れる。


 嫌われたり傷ついたりすることが怖くて、自分の心を知りたくなくて、殻に閉じこもる。


 どうすればいいのか分からなくて、とるべきでない行動ばかりをとってしまう。


 この在り方が以前までのカルメとそっくりであることに、カルメは気が付いていた。


 カルメはクルリと川の方を向いて、両手をかざすことさえせず早急に船をつくった。


 そして、その中へ雑に断熱材や毛布を敷いていく。


 それが終わると、今度はログの腕を強引に掴んで立たせた。


 力の入らないログは、それでもフラフラと立ち上がる。


『抵抗はしないみたいだな』


 ログがカルメと一緒に帰る気があることを確認すると、ひとまずは安心することができた。


 ここで過去自分がしたような拒絶をされたらどうしよう、と内心、冷や冷やしていたのだ。


「行くぞ」


 カルメの声は不安と緊張で少し硬い。


 ログを船の中に押し込んでカルメ自身も船に乗り込むと、船はひとりでにユラユラと揺れながら進み出した。


 座る二人の間には、もう一人入れる分のスペースが空いている。


 そっぽを向いて座り込むログの手首を、カルメはギュウッと強く掴んだ。


 そうしていないと、ログがどこかへ行ってしまうように感じて怖くなったのだ。


「ログ、寒いだろ。こっちに来いよ」


 慰め慣れないカルメは、こんなぶっきらぼうな言い方しかできない。


 けれどそれでも、その言葉には優しさを詰めたつもりだった。


 その言葉を、ログは無視した。


「カルメさん、怪我はしていませんか?」


 カルメには近寄らないまま、覇気のない声で呟くように言った。


 カルメは最初ログが何の話をしているのか分からなかったが、やがて帰り際にいつもより強く腕を掴んだ時のことを言っているのだと気が付くと、袖をめくって手首近くの腕を露出させた。


 青白い肌には、痣どころか染みの一つだってない。


「ん? ああ、大丈夫だよ。怪我なんかしていない」


 カルメは綺麗な腕を振って、明るく笑った。


 ログが思っているよりもずっと、カルメの腕を握る力は優しかったのだ。


 カルメの明るい声を聞いて頷くと、それっきりログは黙り込んでしまった。


 船はのんびりと進み、カルメは夜の寒さにブルリと肩を震わせた。


 少しの沈黙の後、


「なあ、ログ、謝るよ」


 ポツリ、とカルメが言った。


 その言葉には申し訳なさが込められていて、カルメが本気で何かを謝ろうとしていることが察せられた。


「何の話ですか?」


 ぶっきらぼうな声は怒ったようにも聞こえるが、その実、ログは怯えていた。


 自分の家族と仲良くしたことを謝るのではなかろうか、カルメは自分の浅はかな心を見透かしているのではなかろうか。


 そんな恐怖を感じながら、カルメの言葉を待った。


 その姿は、刑の執行を待つ囚人だ。


 しかし、カルメの放った言葉はログの想像とはかけ離れたものだった。


「ログのところへ来るのが遅れたことだ。母親に話しかけられた。実母の方」


 そう聞いた瞬間にログは勢いよく顔を上げ、船に乗ってからは一度も見ていなかったカルメの顔を凝視した。


 カルメはログに対して申し訳なさそうに眉を下げるばかりで、その表情からカルメの実母への感情を知ることはできない。


 これまでずっとカルメの心を縛り続けてきたものは、母親からの愛情だった。


 母親から愛情をもらえなかった自分を欠陥品と呼び、捻くれ続けたカルメはずっと母親からの愛情を欲してきた。


 普段ならいざ知らず、今の汚くなった自分では実母に対抗できない。


 ログはそう感じると、酷く焦った。


「何を話したんですか」


 切羽詰まった、醜い顔で問う。


 カルメは少し考えると、こともなげに答えてログの頭を撫でた。


「そんな顔をするな、別に苛められたわけじゃないよ。治療魔法を使えるかってのと、私がアルメを恨んでるかってことを聞かれただけだ」


 カルメはログの酷い顔を、自分を心配してくれた結果だと勘違いして朗らかに笑った。


 その様子にログは酷く胸を抉られ、自己嫌悪で満ちる胸を押さえつけた。


 醜い焦燥感と恐怖が、ログの舌を動かす。


「なんて、答えたんですか?」


 問いかける声は無機質で、感情がのっていない。


『ログ……何をそんなに怖がっているんだ? どうしたら、安心してくれるんだ?』


 カルメはログが何に怯えて、どうして自己嫌悪に溺れているのか、分からない。


 それでもログの精神が安定していないことを察すると、少しでも元気づけたくて、ほんの少し手首を握る力を強めた。


 まるで、ギュッと手を繋ぐように。


「治療魔法は、私の場合はないも同然だろ? だから使えないって言った。あと、恨んでるかって話には興味ないって返しといた」


 カルメがあっけらかんと言って笑うから、ログは脱力してその場に崩れ落ちた。


「本当のお母さんのところに、行きたいと思いますか?」


 喉がカラカラに乾いて、掠れた声が喉の奥から漏れた。


「全然」


 即答であり、一切の迷いがない晴れやかな声だった。


「今日、アルメを見て分かった。あれは私の母親じゃない。血が繋がっていても、母親なんかじゃない。お義母さんたちに家族にしてもらえたから、分かったんだ」


 朗らかに言ったカルメの言葉。


 本来なら祝福して喜ぶべきカルメの言葉に、ログは激しい嫉妬を覚えた。


『カルメさんに優しくするのは、いつだって俺だけだったのに』


 そう思ってしまって、ログは絶望した。


『汚い。こんな汚い自分、知りたくなかった』


 手首を掴まれているから、これ以上カルメと距離をとれない。


 ログは消えてしまいたくなって、布団の中に潜り込んだ。


 布団の中は冷たくて寒いが、唯一繋がれたままの手首だけは熱を持っていて、ログはそれにしがみつきたくて堪らなくなった。


 毛布を頭から被ってその隙間から瞳を覗かせるログの姿は、巣に閉じこもる野生動物の姿に似ていて、カルメは場違いにも笑いが込み上げた。


「ふふ、なんか可愛いな。もう寝るのか?」


 握ったままの手を振って、カルメがわざとらしくおどけるのを、ログは無視した。


 代わりに、


「すみませんでした。俺があんなことをしなければ、家に泊まれたのに。俺が先に行ってしまわなければ、カルメさんはちゃんと、本当のお母さんとお話しできたのに」


 と、ポツリ、ポツリ、言葉を吐いた。


 カルメが自分のためにすべてを突っぱねたのは明白で、そのことに罪悪感を持つべきなのに喜んでいる自分が内在している。


 ログは自分が薄気味悪く思えて、仕方が無かった。


 いつもよりずっと小さいログの背中を、カルメがそっと撫でる。


「バカだな。泊まれなかったのはちょっと残念だったけど、アルメは本当にどうでもいいし、何よりログよりも大切なことなんて、存在しないんだよ。本当だ。自分さえどうだっていい」


 キッパリというカルメの言葉は誠実だ。


 その言葉が真実であることをログは知っていたが、だからこそ、今この瞬間はその優しさが痛くて、醜い自分が際立ってしまうようで、ログは毛布の中で膝を抱えた。


 今だけ、今だけでいいから一人にしてほしかった。


 声を、かけてほしくなかった。


 カルメはこれ以上言葉をかけることができないまま、何度も何度もログの背中を撫でる。


 船はゆっくりと、けれど確実に進んでいく。


 キラキラと輝く川には満天の星空が映っていて、まるで星の大河を渡るようなこの幻想的な景色を知ることがないまま、二人はとうとう村の近くまで辿り着いてしまった。


 船はゆったりとその体を揺らして立ち止まった。


 キュルキュルとひとりでに錨が下り、船は完全に停止をする。


「俺、帰りますね」


 俯いたままそう言って立ち上がるログを、カルメが制した。


「もうちょっと、ここにいてくれよ」


 そう言って、掴んだままの手首を引っ張る。


 力を込めているようで、決して放してくれそうにない。


『俺は、この人に相応しくないのに』


 そう思うが、やはりカルメからは離れがたく、ログは無言でその場に座り込んだ。


 相変わらず、頭からスッポリと毛布を被っている。


「寒いんだ。入れてくれないか?」


 季節は段々と冬に近づいていて、夜はすっかり冷える。


 カルメが照れ臭そうに頼むと、ログは何も言わずに毛布を開いた。


 その中に、顔を赤くしたカルメが入って行く。


 二人並んで座り、一枚の毛布を分け合っている。


 夜風に晒され続けた身体は冷たく、ログの肩がカルメによって冷えた。


『カルメさん、毛布に入らなかったんだ。どうしてなんだろう』


 船の上には、ログが使っている毛布以外にもたくさんの毛布が積まれている。


 わざわざログの毛布に入らなくても、暖を取ることはできたはずだ。


『俺がおいで、って言うのを待ってたのかな。寒かっただろうな』


 いつものログなら、きっとそう言って笑いカルメと毛布を分け合っただろう。


 ログの胸は酷く締め付けられて、冷えた。


 そんなログの心境も知らずに、カルメはログにくっついて暖を取るとほっと息を吐いた。


「ログは、優しいな」


 そう呟くカルメの言葉こそ優しい。


「何がですか?」


 カルメの言葉が見え透いたお世辞に聞こえて、怒りすら湧いた。


 ログの心はぐちゃぐちゃだ。


 けれど、カルメはこともなげに答える。


「怒っているのに、私のお願いを聞いてくれるところだよ。ありがとう、温かい」


 カルメがログの方を向いて満面の笑みを見せると、ログはプイと顔を背けた。


 醜い自分にはカルメを抱き締める資格がないと思ったから、油断すればカルメを抱き締めそうになるのをグッと堪えた。


「なあ、ログ。私はあまり頭がよくない。だから、教えてくれよ。どうして怒っているんだ? このまま別れて、ログを失いたくないんだ」


 請い願うその瞳は、不安で揺れている。


 普段のログならば大丈夫だ、と抱き締めてキスでも落としたのだろうが、何せ今のログにはその資格がない。


 自分のことで手いっぱいで、余裕もない。


 ログはこれ以上辛そうなカルメを見ていられなくて、顔を背けた。


「怒ってませんよ」


 意識すればするほど、言葉はぶっきらぼうになってしまう。


『こんな態度、とりたいわけじゃないんだ。俺は、俺はどうしたいんだろう』


 醜い自分から救われたい。


 けれど、その方法が分からない。


「嘘だろう?」


 すぐに返されたその言葉には、確信があった。


「本当に、怒ってないですよ。カルメさんには」


 それは嘘だった。


 ログはカルメにも怒りを抱いていて、そのせいで自己嫌悪しているのだから。


「じゃあ、誰に怒っているんだ?」


 優しく、カルメが問う。


「…………」


 ログは、黙って俯いた。


「答えたくないのか?」


 ログは、黙りこくって頷いた。


「それは、答えなくてもいい事なのか?」


 カルメの静かな問いに、今度は力なく首を振った。


 いつもは艶があって美しい髪が、すっかりと萎れて枯れてしまったみたいだ。


 カルメは勇気を出してその頭に優しくキスを落としたが、ログからは何も反応がない。


 身じろぎひとつしないその姿は、まるで人形か死体だ。


「そうか。なあ、ログ。泣いても、いいんだぞ? みっともないなんて言わないからさ。泣いていいんだ。私はログを受け入れたい。出したい感情があるのならば、弱さがあるのならば、私は、それがみたい」


 カルメはそっとログの頬に触れて、強制的に顔を自分の方へ向けさせた。


 そして、ログの感情を見せまいと強情になる瞳に微笑みかけると、どこまでも真っ直ぐな力強い瞳でログを見つめた。


 弱った心に入り込むその視線は柔らかくて、温かくて、ログはカルメから目を逸らした。


 逃げ続けるログに、カルメはめげることなく言葉を紡ぐ。


「泣くのは弱さじゃない。そう思えるようになったのは、ログのおかげなんだ。ログのおかげで、私はたくさん泣けるようになったんだよ。ログが、この世で一番大切なんだ」


 その声は明るく朗らかで、ログの心を甘く溶かす、というよりは勇気と希望に満ちたカルメらしい言葉だった。


 どうにかして元気を出してもらいたいと願いながら言葉を出し、そっとログを抱き寄せたが、相変わらずログからは何の反応もない。


 照れもせずに己の殻に閉じこもり続け、カルメがどれだけ心を尽くして言葉を語っても、一切心の内を明かしてくれない。


 チラリと横顔を盗み見ると、ログは唇を噛んで必死に何かを堪えていた。


 その姿がどうにも寂しい。


『やっぱり、私じゃ駄目なのか? 私じゃ、ログを助けてやれないのか? こんなに大切で、甘やかしてやりたいって思うのに』


 カルメは心が挫けそうになって、つい、縋るようにログの瞳を見つめた。


 眉や口角は不安げに下がり、知らず知らずの内にログの胸元の服を握っている。


 その姿は甘く強請っているようだ。


「頼むよ、ログ。教えてくれ。何がそんなに苦しいんだ? 前にも言っただろう。私もログの弱さを受け入れたいんだよ。甘やかしたいんだ、たとえ、ログがそれを望まなくても。甘やかさせてくれよ。大好きなんだ。救いたいんだよ」


 切実な懇願は、ヘタな慰めの言葉よりも甘くて力強い。


 ログは基本的に、カルメのお願いに弱い。


 カルメに強請られると、それを叶え、甘やかしてやりたくなって堪らなくなる。


 必死に願うカルメはどこまでもログを必要としていて、それがログの心にあった硬い殻にヒビを入れた。


 一生懸命に差し伸べてくる救いの手は無視できても、辛そうに懇願してくるカルメは無視できなかったのだ。


 カルメの想いに応えたい。


 カルメのために、弱さを見せたいと思ってしまった。


「狡いですよ。俺がカルメさんのお願いを無視できるわけ、ないじゃないですか。こんなに汚いのに必要とされて、縋られて。そんなことをされたら、俺、カルメさんから離れられないじゃないですか」


 そう言うログの声は震えている。


 カルメはログに苦笑を浮かべた。


「何言ってるんだよ。ログに離れられたら私は、一秒だってまともに生きられないぞ。ログとケンカした後のこと、知ってるだろ。あんなに辛い思いを、もう一度私にさせるつもりか?」


 カルメがおどけて笑うと、ログはブンブンと首を振った。


 その仕草が子供のようで、どうにも可愛らしく映ってカルメは目を細めた。


 少し間を置いて、ログは、

「カルメさんは、よく自分を卑下しますよね」

 と、小さく唐突に言葉を出した。


「あ、ああ。そうだな。それがどうかしたのか?」


 ログの話と思いきや自分の話をされたカルメは、少し狼狽えつつも頷いた。


「俺は、俺はカルメさん以上にどうしようもない奴なんです。カルメさんに相応しくなんかない。絶対に、絶対に嫌われてしまう。それが怖くて、俺は言わなきゃいけない言葉が出せないんです」


 何とか弱さを出そうとするも、上手く出し切れない。


 やはり、大切な恋人に嫌われることは何よりも恐ろしかった。


『ログも、自分と戦っているんだな』


 怖がりながらも言葉を出そうとするログの姿が、以前の自分の姿と重なる。


 自分に向き合い弱さを認めること、そしてそれを他者にも受け入れてもらうことは、想像するよりもずっと難しくて勇気のいることだ。


 それを知っているカルメは言葉で、そっとログの背中を押した。


「なあ、ログ。私には悪いところがたくさんある。言葉遣いは男みたいで、可愛くしようと思うのに、なかなか可愛くならない。それに、ログ以外の人間は大体嫌いだ。我儘で自分勝手だから、何度好きと言われても不安になる。そのくせ、ログには言葉を返してやれない。おまけに、苦しむログを助けることすら……ん? 本当にいいところがないな?」


 ログを勇気づけるための言葉に攻撃されてしまい、カルメは段々と落ち込んだ。


 明らかにしょぼくれるカルメに、つい、ログは笑みを溢す。


「大丈夫ですよ。俺は、そんなところも含めてカルメさんが好きなので」


 愛の溶けた瞳でカルメを見つめ、その頭を撫でるとカルメは嬉しそうに目を細めた。


 そして、しばしうっとりした後にはっと我に返ると、照れたような笑みを浮かべた。


「な? 今だって甘やかすつもりが甘やかされてしまった。でも、こんな私をログが好きだって言ってくれたみたいに、私もログのダメなところ、好きなんだよ」


 そう言うカルメを、ログは怪訝な表情で見た。


 明らかにカルメの言葉を疑っており、その視線にカルメはムッとした。


「そんな顔するなよ。だって私、虚無ってたログが私を好きになって虚無らなくなったって聞いて、嬉しかったし。それに、ログがこないだ嫉妬してくれたのも嬉しかった。嫉妬、結構、その、好きなんだよ。私のことで怒ってくれるのも、諦めが悪いところも好きだし。そ、その、偶に意地悪なとこも、その、す……き、嫌いじゃないし」


 ログに信じてもらいたくて、カルメは普段は言えない「好き」を多用して愛を語った。


 カルメにとっては愛しくて堪らないログの悪いところを列挙してみるが、最後の意地悪についての言及は、恥ずかしくて微妙に素直になれなかった。


 少しは元気になってくれたかな、と赤くなる頬を押さえてログを見ると、ログは驚いたように固まっている。


 瞳の中の感情がグルグルと渦巻いているのが見え、明らかに動揺しているのが分かった。


『今言った中に、ログの嫌いなログがいるんだな』


 そう感じると、カルメは今言ったログの悪いところをもう一度列挙した。


「虚無、嫉妬、物騒、諦めが悪い、意地悪……嫉妬か」


 じっとログの瞳を見つめた時、ログの瞳があからさまに揺れたのが嫉妬だった。


 カルメにハッキリと告げられ、ログはビクリと肩を揺らした。


『嫉妬か。私は嫉妬されると愛を感じて嬉しくなってしまうが、こんなにログが苦しんでいるなら、そうとばかりも言ってられないか』


 俯いて唇を噛み締めるログを見て、カルメは苦笑いを浮かべた。


 ログが再び意固地になってカルメから逃げ出そうとする前に、カルメは優しく声を掛けた。


「ログ、こっちを見てくれ」


 ログはソロソロと顔を上げた。


 その瞳は不安で揺れて「嫌わないでくれ」と切に訴えている。


『今日のログは本当に、いつもの私みたいだ。大丈夫、ちゃんと甘やかすからな』


 弱ったログの姿が愛おしく、救われてばかりの自分が今度こそログを救えるのかもしれないと思うと嬉しくて、カルメは知らず知らずの内に微笑んだ。


 カルメの瞳はふわりふわりと愛に溢れて、優しさが溶けている。


 ログの心に渦巻いているだろうドス黒さを包み込むつもりで、じっとログの瞳を覗き込んだ。


 ログも臆病にカルメを見つめ返して、言葉を待っている。


「ログ、愛してる。嫉妬も含めたログの全部が好きだ。嫌えないんだよ。ログが私を嫌えないみたいに、悪いところも愛しく映って仕方がない。頼むから、側にいてくれよ」


 愛情をドロリと溶かした言葉は熱っぽく、ログが欲しくて堪らなかった優しい言葉だ。


 ログは嬉しそうに顔を綻ばせて口を開いたが、ハッとすると口を噤んで俯いてしまった。


 ログはカルメにはどこまでも甘いが、自分自身にはかなり厳しい。


 その視線から、言葉から、カルメが自分の醜いところも受け入れてくれていることを理解したが、それでもログは自分自身を許せなかった。


『ありがとう、カルメさん。でも、やっぱり俺は、俺が許せないよ。抱き締めたい。甘やかされたいけれど……』


 ギュウッと自分自身を抱き締めて辛そうに歯を食いしばるログの瞳は、グラグラと揺れている。


 チラッとカルメを見つめて欲しがっては目を背け、さらに腕に力を籠める。


『頑固者め』


 ログの心情をありありと読み取って、カルメは苦笑を浮かべた。


 急に不器用になる恋人が愛おしくて堪らない。


 カルメはログほど理性的ではないから、愛おしさで爆発するとそのままログに抱き着いた。


 ログは少しの間目を丸くして固まっていたが、やがて状況を理解すると瞳の奥を明るくした。


 しかしそれも、すぐに暗い色へと変わってしまう。


 己を許せないというよりは、許されてはいけないと考えているようだ。


 自分で自分を痛めつけて溺れる辛さを誰よりも知っているカルメは、衝動的にログの頬にキスを落とした。


 ログの瞳が一瞬明るくなって、カルメだけを見つめる。


 ログが再び瞳を暗くする前に、カルメは勇気を出して口を開いた。


「ログ、私は、どんなにログが自分自身を嫌っても、ログが好きだなあ。だから、私を見て欲しいの。自己嫌悪に割く思考を、私にちょうだい? お願い!」


 カルメの想像する一番女の子らしいしゃべり方で、甘ったるく言葉を出した。


 そして無邪気に笑顔を浮かべると、わざとらしく胸の前で手を組んで、上目遣いにログを見つめる。


 急にカルメが壊れてしまったわけではない。


 カルメは、このままログを励まし続けても、再び心を閉ざされてしまえば振り出しに戻ってしまうことを悟った。


 そこで、懇願に弱いログの習性を利用して、とびきりのぶりっ子をし、何とか意識を自分に集中させたかったのだ。


 しかし、カルメは内心で二十歳にもなって、人生初のぶりっ子をしていることへの羞恥心に焼かれ、悶えていた。


 そのせいで頬は赤くなり、時間差でじわーっと涙が溢れてくる。


 溢れる涙と火照って桃色に染まる頬のおかげで、カルメはますます可憐におねだりしているように見える。


 今のカルメは、命乞いをするか弱い兎そのものだ。


 このようなあからさまなぶりっ子、普段のカルメならば絶対にできない。


 それでも、なりふり構わずに必死になるのは、どうしてもログを助けたいからだ。


『うああ!! 予想以上に恥ずかしい!!! 頼むよログ。自己嫌悪しないでくれ。こんなに恥ずかしい思いをしてるんだからな! せめてこっちに意識を向けてくれよ』


 祈るようにログを盗み見ると、ログは真っ赤な顔でニヤニヤと歪んだ口元を片手で覆い、困惑しながらも、ボーッとカルメに見惚れていた。


『よし、とりあえず意識は奪えたみたいだ』


 カルメは内心でガッツポーズをする。


「ログ、だ、抱き締めてほしい、なぁ……」


 ログの思考を奪い続けるため、カルメは必死にぶりっ子を継続する。


 その甲斐あってか、ログはそっとカルメに腕を回した。


 しかし、力は弱く遠慮がちだ。


『やっぱり、いつもと様子が違うな。全く、本当にログは頑固すぎる。私だったら、いや、私がチョロすぎるのか? まあ、今は私の話はいい。なあ、ログ。ログはどうしたら元気になってくれるんだろうな? まだ私は、この恥ずかしすぎるぶりっ子を続けなくちゃいけないのか? しなきゃいけないなら、頑張るけどさ……』


 どんなに手を尽くしても、素直に甘やかされてくれずに自己嫌悪を続けるログの背中を、ため息交じりに撫でた。


 不意に、耳元でログの低い声が聞こえる。


「カルメ。俺の顔を見ずに、このままで聞いて。やっと醜い自分を打ち明ける覚悟ができたんだ。でも、やっぱり恐ろしいんだよ。俺の醜さが、汚さが、俺からカルメを奪うように思えてならないんだ」


 そう言うと、ログはギュッとカルメを抱き締める力を強めた。


 まるで縋りつくようで、怯えているようだ。


 ログの敬語が取れるのは、カルメに意地悪をするためにわざと外している時か、感情が溢れて平静を保てず、敬語を使う余裕がなくなってしまっている時だ。


 カルメは、ログを勇気づけるように強く抱き返した。


「分かった。でも私は、絶対にログを嫌わないからな」


 ログはそのままで一つ頷くと、震える声で言葉を吐き出した。


「俺の醜いところは、確かに嫉妬深いどころだ。唯一の宝に、カルメに激しい独占欲を感じて、俺は身内にすら嫉妬した。カルメが俺の家族と仲良くしているのを見て、どうしようもなく腹が立ったんだ」


 そう言うと、ログはしばし黙った。


 けれどカルメは何も言わず、静かにログが言葉を出すのを待ち続ける。


 ログの背中は凍ったみたいに冷たく、震えている。


「本当に最低だと思うよ。誰よりも近くでカルメの努力を見てきたのに、カルメの幸せを願っていたはずなのに。俺だけを見てくれないって、バカみたいな癇癪を起したんだ。最低だ、最低なんだよ!」


 小さかった声はだんだん大きくなっていく。


 言葉に溶けているのは自分自身への怒りと嫌悪感だ。


 頭を掻きむしる代わりに、ギュッとカルメを抱き締める力を強め、逃がすまいと縋りつく。


 燻っていたはずの黒い炎が燃え上がって、再びログの胸を焦がした。


 どうにかして醜さから逃れたいのに逃れられず、悲痛さが声に滲む。


「カルメに孤独を望んだんだ! 俺だけを見てくれればいいのにって。カルメには俺だけでいいのにって。あれだけ寂しさに怯えてきた人に、よりにもよって孤独を望んだんだ。いっそ俺の両親にも、嫌われてしまったらって……」


 ログはその言葉を、最後まで言い切ることができなかった。


 あまりに醜悪であったから。


 言った瞬間に、酷く後悔をしている。


「最低だ、最低なんだ。愚かで、醜くて、最悪だって分かっているのに、結局カルメを離せない。離せないんだよ」


 ギュウギュウとカルメを抱き締めて、ログはボロボロと涙を溢した。


 歯を食いしばって涙を止めようとするも、瞳からは水の塊が零れ続ける。


 両腕はカルメを抱き締めるのに使ってしまっているから、涙は他に受けとめる先もないままに流れ続けてカルメの肩を濡らす。


 嗚咽交じりの言葉は不明瞭で、涙とともに落ちて行く。


 やがて掠れた声が囁いた。


「嫌わないで。どこにも、行かないでくれ……」


 泣き続けるログが痛ましくも愛おしくて、カルメはずっとログの背中を撫でていたが、その囁き声を聞いた瞬間、カルメの中で溜まり続けていたログへの愛が溢れ出した。


 口元がにやにやと歪んで、愛情の塊みたいな瞳が何処までも甘くなるのを感じる。


『ごめん、ログ。苦しんで私に焦がれるログが、愛おしくて堪らない。大好きで、助けてやりたくて仕方が無くなる。私も大概、愚かな人間だ。でも、こんな私の醜さだって、ログは好いてくれるんだろ?』


 罪悪感とログへの甘い想いが、カルメの声に潜む糖度を上げる。


「ログ、顔を見せてくれないか? どうしても、見たいんだ」


 カルメの甘い懇願に負けて、ログはそっと顔を上げた。


 視線は俯き気味で、目元は真っ赤に腫れている。


 薄緑の瞳は未だに潤んで不安が支配しており、唇はギュッと真横に結ばれている。


 どこまでも自制心を強めて甘やかされることを拒否し、自分自身を決して許せないログの不器用さに呆れつつも、カルメは確かに愛しさを感じた。


「ログは頑固だな。嫉妬や独占欲、私へのかわいいお願いなんかより、そっちの方がよほど困ってしまう」


 そう言って、カルメはログの瞳から零れ落ちそうになる涙を拭った。


「かわいいお願い?」


 カルメではあるまいし、そんなことをした覚えはなくてログは首を傾げた。


 その様子に、カルメは悪戯っぽく唇を歪める。


「鈍感だな。私にログだけを見ていてほしいって、願っただろ。その願いのどこがかわいくないというんだ」


 そう囁くカルメの声は、どことなく色っぽくて格好いい。


 普段とは違う恋人の姿に狼狽えて、ログは視線をずらした。


 油断したその目元に、カルメはそっとキスをする。


 そして、ログが何かを言う前にカルメは口を開いた。


「ログが愚かなら、私も愚かだ。こんなにログが苦しんでいるのが分かっているのに、ログを苦しめているのが私への愛だから、嬉しくて、愛しくて堪らない。そしてログ、ログは一つ間違っている」


 カルメがそうキッパリ言ってやると、

「何が?」

 ログは不思議そうに首を傾げた。


 大人しくカルメの言葉を待つログに、カルメは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ログがいる限り、私は孤独じゃない。寂しくなんかならないんだ。ログさえ側にいればいい。本当だ。分かるだろ? 私がログの両親に好かれたかった理由は多分いっぱいあるけれど、一番はログが好きで堪らないから。私の行動の、感情の起点は大体ログなんだよ。それだけ愛しているんだ」


 カルメは意地悪をするときのログを真似したのだが、愛情深く歪んだ笑みは甘い意地悪というよりも悪戯っ子のような無邪気さをたたえていて、さっぱりとした様子がカルメらしい。


 明るく優しい声にとびきりの愛情と熱を溶かして、必死でログへと叩き込む。


 どうかこの心が、真直ぐログに届いてほしいと願いながら。


「ログの苦しみが、弱さが、ログが醜いと嘆くそれが、愛しくて堪らない。私のせいで身を焦がすログが愛しくて、それを救えるのが私だけっていうのが堪らないんだ。こんな醜い私を、ログは好きでいてくれるんだろ?」


 そう問いかける表情はどこまでも晴れやかで、真直ぐにログを信頼している。


「当たり前だ。俺はどんなになってもカルメを嫌えないんだから」


 苦しそうなログに、カルメは優しく微笑んだ。


「ログ、本当に私は、ログを醜いだなんて思っていない。どこまでも愛おしいんだ。そんなログが自己嫌悪に溺れているのを見るのは、苦しい。それに、自分を許せないあまり私に抱き着く資格がないって思っているのも嫌だ」


 カルメがキッパリ口にすると、目を丸くしたログがカルメの顔を覗き込んだ。


「どうして、俺がそう言う風に思っていたって、知っているんだ?」


 ログは心底不思議そうに目を瞬かせた。


 手品でも見た後の子供のようで、カルメはクスクスと笑った。


「分かるに決まってるだろ。ログは、考えていることが顔に出るからな。なあ、ログ。私のために、自分を許してやってくれないか? 甘える資格も甘やかす資格もないだなんて、言わないでくれよ」


 そう言うカルメの顔は酷く寂しそうで、ログが何かを言いだす前に顔を真っ赤にしたカルメが口を開いた。


 その様子は非常にモジモジとしていて、若干涙目になっている。


 羞恥に悶える、ログの大好きなカルメの姿がそこにあった。


 愛しさで疼く胸を押さえ、ログはカルメの言葉を待った。


「その、抱き締めたら、抱き締め返されたい。ギュッとしてもらいたいんだ。今は私が甘やかす番だから、自分からちゅーするけどさ、き、基本的には、その、ログからされたい。好きも、いっぱい言ってほしい。頑張って甘やかしたら、優しい目で笑って頑張りましたねって、いつもみたいに褒めてほしいんだ」


 語気を強めたり弱めたりしながら、しどろもどろに己の欲を口にしていく。


 このやたらと素直な発言をするのだって、恥ずかしがり屋のカルメにとってはかなり大変なことだった。


 しかし、それでも自分のお願いでログが喜んでくれるなら、と必死に言葉を紡いだ。


 少し不思議な感じがするが、カルメが素直にログに甘える時こそ、ログにとっては最もカルメに甘やかされていると感じる瞬間だった。


 そのことを、カルメは納得しきれないながらも一応は理解していた。


「抱っこして、ちゅーもして、大好きだって言ったのに、そっぽ向かれたくなかった。あ、甘く、見つめてほしかったんだ……これでもずっと、頑張ってたんだからな」


 カルメはとうとうプクッと頬を膨らませると、拗ねてそっぽを向いてしまった。


 そのカルメの姿がどうしようもなく可愛らしくて、気が付けばログの中にあった黒い炎は燻っていた。


 ログはそっと胸に手を当てる。


『やっぱり、俺の醜い心は消えてない。でも、そうか。受け入れるしかないのか。こんな醜さも好きだって言ってくれるカルメのためにも、俺は俺を、許さないといけないのか』


 カルメに背中を押されて、ようやくログは気持ちに整理を付けられた。


 受け入れてみると案外すっきりして、落ち着くこともできた。


 改めて見るカルメは少し前までの甘やかす側の余裕をなくし、モジモジと顔を赤くしてはチラチラと期待を込めた眼差しをログに送っている。


『カルメさん、すごく甘やかされたがってる』


 先程までずっと、あの手この手でログを甘やかそうと頑張り続けてきたカルメはガス欠を起こし、口では甘やかすと言っているものの、すっかり甘やかされたい状態になっていた。


 ログは普通に敬語を使える状態にまで回復していたが、敢えてため口でカルメを甘やかすことにした。


 そっとカルメの頭を撫でて、その頬に手を当てる。


 じんわりと手のひらが温まる。


「カルメ、よく頑張ったな。ありがとう。俺はとびきりカルメを甘やかしたくなったから、前を向いてくれ。俺に背中を預けてくれないか?」


 カルメはチラッとログの顔を見ると、その目元を赤く染めた。


「う、いや、でも。私、ログのこと甘やかしきれてない。もっと甘やかさないと」


 そう言うカルメの瞳はあからさまに「甘やかしてくれ」と訴えていて、ログはその様子がおかしくて笑ってしまった。


 カルメの口元に人差し指を当てる。


「ゴチャゴチャ言わない。俺はもう元気になったよ。いいだろ? 甘やかさせてくれ」


 そう言って細められるログの瞳には甘い意地悪が滲んで、口元は揶揄うように歪められている。


 そこにいるのは、いつもの少し意地悪でカルメに甘いログだ。


 カルメは心臓を爆音で鳴らしながら、少し涙の潤んだ瞳で頷いた。


 甘い予感に顔の火照りが収まらない。


 カルメは一つ頷くと、素直にログに体を預けた。


 そのままログに後ろから抱き締められていると、ドキドキと一緒に温かな安心感がやってきて、カルメは少し眠くなった。


『意地悪で、優しくて、甘やかしてくれる。そんなログが、やっぱり好きだ。不安なログもかわいいけど、私は、元気なログの方が好きだ』


 そう思うと心が温かくなって、カルメは肩に回されたログの腕をそっと撫でた。


 素直に甘えてくるカルメに笑みを溢すと、ログはカルメの紫の髪を掻き分けて、うなじに柔らかなキスを落とした。


 そっと触れるだけのキスはすぐにうなじから離されたにもかかわらず、カルメの頬や耳を赤く染め上げた。


 カルメがログの方を振り返る前に、真っ赤で熱い耳にも軽くキスを落としてやれば、カルメは耳を抑えて小刻みに震えだす。


 ふにゃふにゃと口を歪め、すっかり涙目になったカルメがログの方を振り返って見つめた。


 その瞳はどうしようもなく甘えていて、何かを訴えている。


 ログはこの後「好きだ、愛している」と声を掛けてやるつもりだったのだが、カルメの瞳と口元を見て気が変わった。


 カルメがほんの少し口をとがらせて、チラッチラとログを見ては瞬きをしているのが見えたのだ。


『カルメ、口にキスしてほしいんだな』


 そう察すると、ログはニヤッと口を歪めてカルメの頬に触れた。


 意地悪よりも甘い優しさの方が瞳の中で滲んで、そっと優しく、ほんのり甘いキスをカルメの唇に落とした。


 一瞬のキスが何よりも甘くて、カルメは零れそうな涙を瞳に湛えたままログの胸元に顔を埋めた。


 恥ずかしさと愛しさに溺れたカルメの、いつもの照れ隠しだ。


 ログはカルメの背中にポンと手を置いて優しくなでると、口元を歪めた。


 優しさばかりだった瞳に、今度は甘い意地悪が浮かぶ。


 そのまま歪んだ口元をカルメの頭の方へ持って行って、可能な限り自分とカルメの顔を近づける。


 声を低くして、できるだけ甘く囁く。


「好きだよ、カルメ。大好きだ。愛している。ずっと側にいてくれ」


 カルメの肩がびくりと震えて、ゆっくりと顔を上げた。


 とびきり甘い瞳には、涙と愛が滲んでいる。


 羞恥にどうしようもなく身を焼かれたカルメは返事をする代わりにコックリと頷いて、ログの胸に再び顔を埋めるとゆるく顔を振って涙を拭った。


 顔を埋めたまま、カルメが言葉を出した。


「私も、私もログが大好きだ。なあ、ログ。私はこんなに愛してもらっているのに、これから何回も、ログが私を好きでい続けてくれるかわからなくて、不安になると思う。ログも、嫉妬や私への、ど、独占欲に、溺れると思うんだ。ログが、不安に溺れる私を何度も助けてくれるみたいにさ、私も、ログを助け続けたい。そうやって、生きていきたいな」


 モゴモゴと呟くような声はやはり誠実で、真直ぐにログの中に入って来る。


「俺も、そう思うよ。助け合って、支え合って生きていこうか」


 どこまでも柔らかな声には、同じだけの誠実を込めた。


「うん」


 カルメが頷く。


 穏やかな雰囲気の中、カルメが唐突に口を開いた。


「なあ、ログ。私たち二人、せっかく夜空のもとにいるんだ。空を見ないか?」


 そう言って、カルメはすっかり涙と赤味のひいた顔を空に向けた。


 そこにあるのは満天の星空で、二人が無視をし続けた美しい空だ。


 真っ黒なはずの闇にはムラがあって、その合間をキラキラと輝く星が彩っている。


 どこまでも遠い空は手を伸ばせばギリギリ届きそうな感じがして、けれど結局は届かない。


 それが憎たらしくも美しい。


『でも同じ美しいものなら、俺は空よりもカルメがいいな』


 そんな惚気を心の内で呟いた。


 目の前のカルメは、うろ覚えの星座をなぞっている。


「ベタだけどさ、私はログと星空を二人っきりで眺めたかったんだ。星座の本でも持ってきて、二人で一晩中夜更かしをして星座を探すんだ」


「いいな。でも、今までそんなことを言ったことなかっただろ? どうして急に?」


 カルメのロマンチックな一面を微笑ましく思いながら、ログは疑問をぶつけてみた。


 カルメは、これまで一度も星空を見ようと誘ったことが無かったのだ。


「だって、星空を見たら帰りが遅くなっちゃうだろ。暗い森の中を一人で帰らせたくなかったんだ。でも、結婚したら、毎日だって星空が見られるんだな」


「確かに、毎日美しい空が見られる」


 カルメのキラキラと輝く瞳の中に、世界で一番美しい星空を見て、ログは頷いた。


「それに今日みたいにさ、眠るまで一緒だ。私は寂しい寂しいって眠らなくてもいいし、悪夢を見たら真っ先にログに抱き着けるんだ!」


 子供っぽい夢を語って笑うカルメが、堪らなく愛おしい。


 ログはカルメを抱き締めながら、毛布を掛け直した。


「そうだな。じゃあ、今日は疲れてしまったからこのまま眠ろうか」

 カルメはほんのり頬を染めてログに抱き着くと、安心で頬を緩めた。

 すっかり疲れ切ったカルメは、甘く温かな睡魔に身をゆだねる。


「うん、おやすみ」


 ムニャムニャと口を動かすカルメのつむじに一つ口付けると、ログも穏やかに笑んだ。


「おやすみなさい、カルメ」


 互いに腕の力を強めて、そっと眠りについた。


 二人が夢の世界へ落ちるまでにそう時間は掛からなかったが、それでも眠るその瞬間まで二人は幸せを噛みしめていた。


 翌朝、先に起きたカルメが至近距離のログに驚き、恥ずかしくて暴れては、ログのキスで大人しくなったことはまた別の話だ。

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