美尊
細川第22砦。
十太郎が姿を見せると細川クランのメンバーの表情が変わった。
何やら不穏な空気。
───だが十太郎は、何も気づいていないようだった。
「久しぶり。」
十太郎は、砦内に案内され、頼母に引き合わされた。
「ええっ。
今日は、どんなご用件ですか?」
にこやかに頼母が十太郎を出迎える。
金飾緒を垂らしたセーラー服。
柔らかな黒い髪が肩から流れ、白い脚が覗くスカートが翻る。
だが彼は、男だ。
「とりあえず冷たい物をどうぞ。」
頼母は、そう言って十太郎を席に案内する。
細川クランのメンバーたちが丁寧に飲み物をテーブルに置いた。
この砦も以前の倍以上の広さに改築されていた。
外には、西岡城の3倍の畑。
大鷹や軍馬の飼育場、厩舎、小屋が並ぶ。
行商たちが開く市場まである。
もはやここでたいていのものが買えるだろう。
「………という話なんだ。」
十太郎は、前日のアムギル公の話を頼母にした。
それを聞かされた頼母は、陰鬱な顔をしている。
「………それで。
私にどう動けと?」
「え?
………それは…。」
十太郎は、しどろもどろになる。
公の依頼を受けてからモンスターを倒した方が得だよ。
という話なのだが、頼母がどうして難しい顔をしたのか。
こんな突き放したような反応をするのか分からなかった。
困惑する十太郎を頼母は、しばらく観察していた。
その間、彼は何を思っているのか。
やがて会話を再開する。
「………いえ、すみません。
…西岡君の言いたいことは、分かっています。」
頼母が細い顎を指で撫でながら言った。
「シャディザールの公と関係が今後、課題になるでしょう。
ひょっとしたら彼らと戦うということもあるかも知れない。」
「ええっ!?」
十太郎が驚く。
なんでそうなる。
なんでいつも戦争になるんだ。
少なくとも冒険者と違って現地民は、本当に死ぬ。
十太郎は、痛ましい思いで顔を歪ませた。
そういえば公の使者も土地を開くことを認めるとか言っていた。
事と次第によっては、冒険者の拠点を奪うこともあるのか。
「ああ………。
いつの世も戦か。」
聞き慣れない声が広間に響いた。
驚いたように頼母が声のする方に顔を向ける。
それは、一心に恐怖と焦りを浮かべていた。
「う、上様……。」
顔を青くして頼母は、低く唸るように呟いた。
十太郎もそっちに顔を向ける。
背の低い小柄な男子が歩いてくる。
学ランに金飾緒、軍人が被るような帽子をしていた。
ミリタリールックという意味では、頼母と似ている。
「豫は、足利美尊。
細川クランのメンバーの一人です。」
彼は、優美な顔をにっこりと微笑ませた。
天使のように愛らしいが目の輝きは、危険な色を感じさせた。
「あ、西岡十太郎です。」
十太郎も自己紹介した。
(足利………。
あの足利?)
十太郎は、夜桜の意見を求める。
向こうも胡散臭そうに答えた。
(徳川龍外って前例もあるしな。
………まあ、頭の茹だった連中の一人だろ。)
足利将軍。
江戸幕府の前の室町幕府の主宰者。
それは、もちろん彼らも子孫がいるハズだが…。
(御同類だろうね。)
十太郎は、頭の中でそう話し合った。
そのまま十太郎は、目の前の美尊に注意を戻した。
彼もテーブルの椅子に着き、話し始めた。
「…豫は、戦争が嫌いだ。
この細川クランは、互いに協力し合うことで争いを失くさせたい。
豫だけでなく、その思いで皆、加わっている。」
(自分たちは、戦わずにいるのにか。)
夜桜が軽蔑の目を向ける。
もっとも十太郎の頭の中でのことだ。
「でも、今度の敵は、シャディザールの公だ。
彼にしても勝手に砦を作られて無視できないだろうし。
……冒険者の蓄えた物資も魅力的だ。」
十太郎がそう言うと美尊は、悲しそうに俯く。
そして両手を組んで指を動かした。
「無惨な。
豫共は、死んでもまた生き返ることができる。
シャディザールが滅びるまで戦いが続くことになりますね。」
「う、それは…!!」
美尊の隣で頼母が汗を浮かべて狼狽えた。
その恐怖に引き攣る眼差しは、美尊に向いている。
「………時に西岡君。
ペレ=アッコン市を滅ぼした時、伯は、どう感じた?」
「あっ。
………あれは。」
十太郎は、気まずくなった。
確かに彼は、街をひとつ滅ぼした。
だがあれは、PKヘヴンの活動を支援する敵を壊滅させる目的があった。
それでも破壊には違いない。
「あんなことが二度と繰り返されちゃいけない。
俺だって………あんなことできればしたくない。」
冷や汗を浮かべる十太郎を見て美尊は、満足そうに頷く。
そして横を向くと頼母にいった。
「頼母。
シャディザールの公には、そう伝えてください。」
「は……?」
ブルブルと震えながら頼母は、美尊を見ている。
何に怯えているのか。
「豫共は、子供ではない。
ペレ=アッコン市を破壊したように侮れば、痛い目を見る。
しかし豫共が破壊の悪魔のように恐れられても困る。
きっと伯なら上手くことを運べます。
伯の交渉に多くの命がかかっている。」
美尊がそう言うと頼母は、何度も頷いた。
「は、はあッ、はあッ!」
酷く怯えながら頭を下げる頼母。
汗が彼の顎の先から滴る。
十太郎は、何事が起こったのかと頼母を見ていた。
何が怖いんだ。
またそれほど恐れる美尊とは、何者なのかと訝しんだ。
「難しいね、西岡君。
こちらが引けば向こうは、侮り、強く出る。
しかし恐れさせれば、それが憎しみを買う。
手を携えることの………なんと難しい事か。
戦う事のなんと容易い事か。
失くした物が二度と戻らぬのに。」
美尊は、そういって涙をこぼした。
震える手で十太郎の手を取る。
「西岡君。
良ければ豫と共に語り合いましょう。」
「え?
ええ?
えええ?」
(うおお…。
逃げるぞっ。)
夜桜がそう言って十太郎を逃がした。
美尊の手を振り払い席を立つ。
「おや?
何か……。」
美尊が不思議そうに十太郎に微笑む。
頼母がやおら美尊に近づいて耳打ちした。
「それは、なんと…。」
美尊は、眼を細くして呟く。
再び十太郎にニッコリと微笑んだ。
「ふふふ…。
伯は、衆道を勘違いしている。
これは、豫共のような富貴の身には、互いの友誼を深めるもの。
古くから伝わる嗜みなのだ。
文化なのだ。
恐れることはありません。
友達になろう。
今夜、豫が伯を………!」
そう話しながら美尊は、十太郎の両手を握った。
妖しい瞳が十太郎を捕らえる。
「上様っ。」
頼母が二人の間に入る。
そして十太郎を上手く逃がしてくれた。
「シャディザールのアムギル公は、私が対応しましょう。
それこそ細川クランの果たすべき役割だっ。」
頼母がそう言って美尊との会話に割り込む。
そのまま十太郎を部屋の出口まで強引に送って行く。
「ああ、ど、どうも。」
混乱しながら十太郎も出口に向かう。
「……上様は、西岡君を揶揄っているだけです。
どうか、あの人のいう事を真に受けないように!」
小声で頼母がそう言って十太郎に釘を刺した。
テーブルの席では、未だに美尊がニコニコしながら十太郎を見ている。
「さあ!
お帰りだ!!」
頼母がそう言ってクランのメンバーを呼ぶ。
男女4人が現れて十太郎を送って行く。
二人だけになると頼母は、恐ろしい物を見る目で美尊に向き直った。
「上様。
いったい何を求めて出て来られたのか?」
美尊は、冷たい葡萄酒で喉を潤している。
多少、水で薄められているが《窖》だからこそ高校生が公然と飲酒していた。
しばらく酒を楽しみながら美尊は、黙っていた。
だがやがて柔らかな微笑みを絶やさずに頼母の言葉に答える。
「そうさな。
………今、最大の武闘派クランのリーダーと聞いて見てみたくなった。」
といって角杯をマホガニーのテーブルに置く。
「しかし失望した。
見たところ、そんなに強そうには見えぬな。」
「実際、強さという意味では、上様や私には、及びません。」
頼母もそう答えて着席した。
自分で角杯に酒を注ぎ、美尊にも注いだ。
「しかし彼は、誠実な人間です。
そこが人を集める魅力なのではありませんか?」
「誠実ね。」
美尊は、角杯の酒を身ながら鼻で笑った。
誠実。
───足利には、縁のない言葉だ。
「噂では、クランのメンバーの大半が女だと聞くよ?
その女たち皆と肉体関係を持って誠実とは…。
豫の理解を越えているぞ、頼母。」
「上様の理解できない世界は、まだまだあるのですよ。
また一つ、賢くなりましたね。」
どっと疲れた表情で頼母は言った。
(このクソガキがァァァ!!!)
シャディザールの件は、何としても穏便に済ませなければ…。
この問題児が良からぬことを考える前に。




