西岡城
「ぱああああ!!」
十太郎がジャングルの奥から走って来る。
いや、逃げてくる。
葉月たちもその後に続く。
「ひゃー!!」
「きゃあああ!!」
「おっとぉ!」
葉月は、スペイン風の前反りの兜を被っている。
揃えたスペイン風の陣羽織は、金糸を織り込んだ豪華な物。
その陣羽織から豊満の上にも豊満な超爆乳が飛び出していた。
まるで意思のある生き物のように乳房は、跳ね回る。
中に子猫が入っていると言われれば、そんな気もしてくるだろう。
胸を弾ませて葉月が叫んだ。
「あああーッ!!
またザリガニだーッッ!!」
十太郎たちを追いかけてくるのは、巨大ザリガニ。
体重6000kgの巨体でゴブリンや人間を食らう化け物。
沼沢地の頂点捕食者だ。
パランディス。
鬱蒼とした熱帯雨林、大小幾つもの川、沼沢地。
その中にかつて栄えた文明の遺跡群が広がっている。
遺跡の住民は、少なくとも数世紀前に姿を消した。
今、石作りの都市を奪い合うのは、”森の人”と呼ばれる大猿だけだ。
しかし遺跡の地下には、旧支配者の墓が眠っている。
このパランディスは、シャディザールから南に直線距離で約100km。
冒険者の足で約3日半の距離にある。
西岡クランは、パランディスから1日の距離に拠点を建設した。
名付けて西岡城。
「ええっ?
そんなのヤダ……。」
十太郎は、難色を示したが撤回されることはなかった。
分かり易く単純な方が良いということだ。
しかし探索は、思うように進まない。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
《!》Topics
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
─────────────────────────────────────
西岡十太郎
クラス:『ハイプリースト』 Lv18
結城壮馬
クラス:『ウォーリア』 Lv20
倉橋葉月
クラス:『ウォーリア』 Lv20
田尻千奈
クラス:『ビーストマスター』 Lv18
─────────────────────────────────────
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「………全然、レベルが上がって来ない。」
敵から逃げ切った十太郎が倒れ込む。
ジャングルの泥は、座ると気持ち悪いが堪え切れない。
「キーキーキー」
「ウホホホ…。」
「ミギャッ、ミギャッ、ミギャ……。」
姿が見えないが鳥や獣の鳴き声が聞こえる。
霧が立ち込める薄暗いジャングルは、常に何物かの気配がした。
音は、常に止むことがない。
ゲームなら単なるBGMだが今は、冒険者たちの集中力をすり減らす。
「はあ…はあ……。」
「もうやだー。」
もともと考えナシの葉月や結城でも憔悴し切っていた。
いつ獣が茂みから飛び出してこないとも限らない。
「敵が強くなる一方で経験値がちょっとも入らない。」
葉月が足を投げ出して地面に仰向けに倒れた。
「やたらとデカいし…硬いし…。
おまけにジャングルは、暗くて歩き難いよ。」
結城も項垂れた。
皆、両脚は、腿まで泥塗れだ。
泥濘は、自然の罠だ。
ヒヤリとしたのは、1度や2度ではない。
「食べ物は、いっぱいあるンスけどね。」
田尻千奈が言った。
ジャングルは、サバンナより緑豊かで食べ物も多い。
虫、果物、葉や茎、根なども食べられる物がある。
すべてスマホが教えてくれるので問題ない。
「最初は、嫌だったスけど……。
最近は、土虫も慣れて来てたンス。
………ああ、土虫食いたい。」
田尻は、そうボヤキながら青虫を食べていた。
青虫と土虫。
一見似たような物だが物凄く苦い。
同じ芋虫だが味で言うなら断然、土虫だった。
しかしパランディスには、土虫が見当たらない。
代わりに多く見つかるのが、この青虫。
どこの植物にもミッチリと青虫が着いている。
田尻は、《ビーストマスター》Lv18まで成長している。
しかしLv20で葉月と結城は、頭打ち。
十太郎に至っては、Lv18から進んでいない。
例の経験値減衰システムのせいだった。
同じ敵を倒し続けると経験値が下がっていく。
新しい戦闘方法、より早く、ダメージを少なくする等の工夫を要求される。
十太郎は、ドン臭いというのもあってこれが上手く行かない。
同じ敵に毎回、同じように苦戦し、全く成長しない。
(ひゃひゃひゃ…。
こんなことあんのかよ。)
気の毒過ぎて夜桜は、堪らず笑ってしまった。
もう励ます言葉もなくなった。
笑ってやるしかない。
「もう、位置報酬頼みしかない。」
十太郎は、そう言って水筒に手を着ける。
「いや。
こんなのおかしいでしょ?
フツー戦ったらどんどんレベルが上がるのが自然じゃん!」
結城がそう言って集めた果物や植物の茎を齧る。
もともと悪食だが最近は、一層なんでもバリバリ食べる。
「そんなこと私に言われたって…。」
葉月は、泥の上でゴロゴロしている。
「前が全然見えない…。」
十太郎も疲れたように言った。
この視界が悪いのも皆を疲弊させた要因だろう。
米軍がベトナム戦争で音を上げる訳だ。
前も後ろも、来た道も前も分からない。
敵は、突然に襲い掛かって来る。
急に道が途切れて引き返すことになると疲労が倍になったように感じる。
「……とりあえず引き上げよう。
私は、収穫あったし。」
疲れているが田尻は、上機嫌でそう言った。
今回の冒険、《ビーストマスター》の能力で30頭ほどゴリラを捕獲した。
厳密には、ゴリラではなくゴリラによく似たモンスター。
───”森の人”と言うらしいのだが。
ゴブリンよりも賢く、身体も大きい。
何より身が軽く樹上を移動する能力は、ここでの戦闘で十太郎たちを苦しめた。
「う~ん…。
まあ、まだまだこんなもんだよな。」
十太郎も同意する。
そもそもこのメンバーは、全員、頭があまり良くない。
頭が良くないメンバーは、簡単に連れ出せるが探索も進まない。
そう心底、思い知らされた十太郎。
(葉月や結城には、悪いけど…。
拠点に居ても役に立たないから連れて来たけど…。
……こっちでも役に立たないな。)
一同は、西岡城に帰還する。
「リーダーが戻った!!」
西岡城に《Pマスター》の円香が降り立つ。
城の周辺を警戒している時に十太郎たちを発見したのだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
《!》Topics
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
─────────────────────────────────────
ジョー・マクフェアノール
クラス:『ガンマスター』 Lv24
海田円香
クラス:『フェニックスマスター』 Lv18
岸川瀬奈
クラス:『カタフラクト』 Lv18
─────────────────────────────────────
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「早いな。」
ジョーが金貨を数えながら呟いた。
西岡城にある北東の塔。
ここにクランの財宝が集められていた。
集められた金貨、金塊、宝石など貴重品は、ここに保管されている。
ジョーは、ここで黄金を眺めながら城内の指揮を取っている。
最近は、他のクランとの交流、その対応も彼女が判断していた。
「……まあ、まだまだ本格的に探索するつもりじゃなかっただろうが。
収穫は、あったんでしょうね。」
お宝を抱えてのご帰還。
それがジョーの望み。
隣で聞いていた岸川が苦笑いする。
西岡城は、順調に整備が進んでいた。
細川クランから提供された小麦や米、野菜の栽培も始まった。
《アルケミスト》たちが作った魔法の野菜だ。
本物のただの野菜では、収穫まで何か月もかかってしまう。
ただ細川クランも無償で種を別けてくれる訳ではない。
ジョーとしては、悩みの種だ。
だから《アルケミスト》の赤城には、プレッシャーがかかっていた。
西岡クランでも魔法農業を進めていかなければ…。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
《!》Topics
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
─────────────────────────────────────
上杉涙歩
クラス:『スラールマネージャー』 Lv24
門脇美波
クラス:『ディガー』 Lv18
赤城レネ
クラス:『アルケミスト』 Lv17
浦島月愛
クラス:『カタフラクト』 Lv19
晴海綺羅羅
クラス:『ブラックナイト』 Lv20
─────────────────────────────────────
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
《ディガー》も6人体制になった。
もっとも門脇以外は、涙歩の操る奴隷だ。
《スラールマネージャー》の上杉涙歩。
この特殊なクラスは、限られた一部の人間しか就けない。
その能力は、人間を奴隷化することにある。
《ビーストテイマー》の人間版とも言うべき職業だが異端の能力だ。
奴隷だけでなく田尻の調教したモンスターも配置されている。
ライオンやハイエナは、城の警備に回せる。
ゴブリンや食人種は、簡単な作業を手伝わせることもできた。
「労働力は、これで解決だな。」
涙歩は、ニヤリとした。
彼女の目の前では、魂の呪縛により虚ろな顔の人間たちが働いていた。
「でも心配だなー。」
月愛が頬を撫でながら呟いた。
「隣に赤松クランも拠点を作り始めたでしょ?
……止めろって何度も言いに行ったのに。」
「あんなの絶対、戦争する気じゃん。」
涙歩は、吐き捨てるように言った。
PKヘヴンは、解体されたがPK行為は無くならない。
むしろ一層、あちこちで頻繁に繰り返されるようになった。
「十太郎が帰って来たよ!!」
そう叫びながら綺羅羅が走って来た。
涙歩と月愛が顔を見合わせる。
「ひぇー。
出迎えに行くか。」
「出て行って4日しか立ってないじゃん。」
3人は、笑った。
十太郎が入城すると女子たちが出迎える。
「皆、出迎えてくれなくても良かったのに…。」
十太郎が恥ずかしそうに葉月や結城の後ろから言った。
この男は、堂々と仲間の真ん中を歩くようなことはしない。
「宝は?」
開口一番、ジョーが土産を欲しがった。
全員が堪らず苦笑いする。
「………。」
「で?
宝はどこ?」
十太郎の返事がないのでジョーが急かす。
「いや……。
ゴリラを30匹、捕まえたぐらいかな。」
十太郎がそう答えるとジョーの目の色が暗くなった。
肩を落として踵を返す。
「なんだ。
お宝はナシか。」
「リーダー!」
「早くエッチしたい!」
「お前、サイテー!!」
一斉に女の子たちが十太郎に群がる。
もみくちゃにされて建物の中に引っ張られる十太郎。
しかし瑠偉たちの姿はない。
海兵系職の6人は、ガレオン船と共に城を離れていた。
「あれ?
……そう言えば須山さんは?」
「あー…それね。
瑠偉は、船で外に出てるよ。
また仲間を増やしてるんだってー。」
円香がそう答えると十太郎が目を丸くして飛び上がった。
「ええっ!?」
「ガレオン船が一隻じゃ足らないでしょ?
………ジョーが文句言ってたよ。
新しいガレー船を買うんだって。」
円香がそう十太郎に耳打ちした。
もっともここにいる人間は、皆知っていることだが。
「ガレー船を!?
あのアグィーッパスの三段櫂船!?
か、買うの!?」
十太郎が皆に訊くと全員が目を逸らし、気乗りしない態度を作った。
仕方なく円香が代表して経緯を説明する。
「そう、買うの。
ジョーと瑠偉が話し合って船を増やすんだってことになってさ。」
「ええっ?
なんでー。
それも俺が聞いてないのに!?」
「うう…。
それは……。」
円香が言葉に詰まると北村先生がスマホを取り出した。
今現在の西岡城の周辺地図を出す。
「これを見て。
………赤松クラン。
こっちは、池田クラン。」
地図には、マーカーが打ってあり、10個以上ある。
「………これ、全部、他のクラン?」
驚いた十太郎が弱った口調で訊いた。
北村先生もウンザリしたように頷く。
「そう。
どこも同じようなことをやり始めたわ。」
「ええっ?」
「今のところ、ウチは、紳士同盟…。
つまり細川クランと協力してるから何処も手出しして来ないけど。」
「瑠偉は、戦力を整えたいって………。」
円香がそう付け足した。
すると結城が大声で喚いた。
「うっぜー!!!」
十太郎も振り返る。
結城は、怒り狂っていた。
「なんでそんな面倒なことばっかりするんだ!?
冒険が…冒険が《窖》の目的じゃないのか!!」
といって地団太を踏む。
まだ怒りが収まらない。
「こんな城作ったり、畑作ったり、奴隷やモンスターを捕まえたり!!
そんなの俺は、やりたくないんだ!!
なんでもっとシンプルにやれないんだ!?」
一同、何も言わなかった。
結城の主張は、分かるが言い合いをしても不満が募るだけだ。
「私たちは、良い場所に拠点を作り過ぎたようね。
……ここを皆、狙ってる。」
北村先生が十太郎に忠告した。
「それでも……。
1つか2つのクランは、追い返せても。
それでも、いつかは、負けちゃう。」
十太郎が弱々しく言った。
結城が怒鳴る。
「はあ!?
お前、戦争する気か!?
また!!」
結城は、十太郎の肩を掴んで乱暴に揺すった。
「クラン同士で戦争するのがお前のやりたいことなのか!?
ええ!?」
「ち、違うけど…。
連中は、その気みたいじゃないか。」
十太郎は、気乗りしない様子で答えるだけだった。
勿論、彼だって望んで戦うつもりはない。
「話し合えば……話せばなんとかなるって!!
皆もそう思うだろ!?」
結城は、皆に向かってそう繰り返した。
しかし誰もが暗い表情を崩さない。
十太郎は、とりあえず一休みした。
「うう……。」
西岡城の十太郎に宛がわれた部屋で横になる。
特大のベッドに専用の浴場まである。
城内を見渡せる位置にあり、空堀で魔法、銃、弓の届く位置から遠く離れている。
天守閣。
という大仰な呼び方は、十太郎が嫌がった。
戦争ごっこは、相手がしたいなら受けて立つ。
勝てる自信がある訳ではないが向こうがその気ならどうしようもない。
(まあ、私が出て行きゃ何の問題もないさ。)
夜桜が自信満々に請け負った。
あまり十太郎は、気乗りしない。
夜桜の圧倒的な暴力で仮にも同じ高校生を一方的に蹂躙するのは、気が引ける。
しかしそれも時と場合によりけりだ。
葉月やジョー、結城。
皆を傷つけるような敵からは、何としても守らなければ。
(手加減しろよ。
本当なら魔王みたいな奴を倒せるような実力があるんだろ?)
十太郎は、そう言って夜桜に釘を刺す。
向こうもそれは、分かっていた。
(ひゃっひゃっひゃっひゃ…。
それぐらいの相手が出てくりゃ、こっちもストレスがかからねえわ。
手加減するのも一苦労………。)
「じゅーたるー!」
葉月が部屋に転がり込んでくる。
「葉月?」
「えっへへへ~。」
嬉しそうに葉月は、十太郎の横までやって来た。
ベッドの隣に寝転ぶ。
「何考えてたのッ?」
とにかく嬉しそうにそう訊いた。
十太郎と一緒にいるのが嬉しくて嬉しくて堪らないという様子だ。
「……いや。
葉月や皆が酷い目に会わないようにしないとなって。
例の戦争のことさ。」
「な~んだ。
つま~んなーい!」
葉月は、そう言って顔をプルプルっと横に振った。
「葉月のこと考えてたとか。
そういうのないの?」
そう言って葉月は、十太郎のお腹に顔を押し付けた。
何が楽しいのか。
葉月は、これが好きだった。
白い猫が部屋を横切ろうとする。
サッキュバスの女王、ニッサだ。
普段は、この白い猫に姿を変えている。
「ニッサだっ!」
葉月がそう言ってニッサを呼ぶ。
白い猫は、葉月の足元に飛んできて甘える。
「うお~おおお~っ。
おおお~っ、おおお~っ。
おほほほほほ…!」
葉月がニッサの顔を引っ張って遊ぶ。
ニッサも別に怒ってはいない。
いわく猫になっている間は、猫並みの知能になってしまうらしい。
(それじゃあ葉月は、猫と同類ってことか。)
十太郎は、悲しそうな目で葉月の背中を見た。
それを夜桜は、笑っている。




