細川クラン
The Well of Skelos.
《スケロスの窖》。
Wellは、井戸あるいは泉。
もしくは、井戸のような深い縦穴という意味。
もともとは、古英語のWeallanに由来する。
こちらの意味は、壁を越える、沸騰する、湧き出す、である。
異次元空間《スケロスの窖》は、大魔術師スケロスが作った。
この人工空間は、世界の果てが存在する。
空間の広さは、南北に4万km、東西12万km。
面積は、ざっと48億k㎡。
地球の直径が1万2700km、円周4万kmなので地球の面積より広い。
高さには、限度がなくほぼ真空に近い宇宙空間が広がっている。
《窖》の太陽と月は、東端に出現し、西端に向かって消える。
他の天体は、単なる幻で実体はない。
ただし南北には、寒冷地が広がっている。
これは、《窖》の太陽光が届かないためだ。
極低温の中、人間が生きたまま南北の端まで辿り着くことはできないだろう。
またトゥーレ大陸の外には、当然ながら陸地の2倍以上の海洋がある。
さらに山岳、砂漠など人間が踏破できない環境もあるだろう。
それを踏まえると人間が探索できる範囲は、それほど広くないかも知れない。
この《窖》の構造は、巨大な縦穴と言えなくもない。
つまりこれが窖の字を当てる理由である。
《窖》の西端には、《弥終》があるといわれている。
スケロスは、そこを目指すことを冒険者たちに示した。
そこに何があるのかは、誰も知らない。
シャディザール地域のとある都市クトブル。
その近郊で争う冒険者たちがいた。
「ぎゃあああ!」
サバンナを越え、街に入ろうとしたクランを待ち伏せていたのだろう。
疲れ切った冒険者たちに別のクランが襲い掛かって来た。
「お前ら、卑怯だぞ!」
「はあ?
もっとなんか面白いこと言えよ。
つまんねーなァ!」
今、最後まで抵抗を続けていた《Wナイト》が倒される。
バナナの木、サボテンの下に無惨に彼の仲間の死体が転がっていた。
冒険者
───この空間に招かれた地球の人間を便宜上、まとめてこう呼ぶ。
彼らが《スケロスの窖》で死んでも元の空間で命を奪われることはない。
厳密には、《窖》の肉体と元の肉体は、別物なのだという。
だから手足を失ってもどんな傷を負っても無傷のままだ。
また次に《窖》に入る時は、新しい肉体を何度でも与えられる。
この現象をゲームのシステムに準えて再配置と呼んだ。
この死なないということが幸か不幸か。
平然と冒険者同士が殺し合う展開を作り出していた。
相手を死なせることに対する葛藤がない。
もし自分が殺されてもリスクがない。
装備や金品。
狙いの物を他の冒険者から横取りする方が危険を冒すより楽だからだ。
あるいは、暴力そのものを求める者もいた。
誰も咎める者の居ない《窖》の中、際限の無い殺し合いが無秩序を齎していた。
細川第18砦。
シャディザールとカズラクの間に位置する拠点。
「クトブル周辺でPKを繰り返しているクランがいるようです。」
と男子が言った。
彼の前には、数名の冒険者たちが集まっている。
細川クランの幹部たちだ。
「………良いだろう。
早急に対処する。
吉田クランあたりに討伐令を与えようじゃないか。」
幹部の一人がそういった。
他の幹部たちも異論がない様子だ。
「奴の手に負えなければ次のクランを立てればいい。」
「では、そう取り計らいます。」
細川第4砦。
カズラク近郊の拠点。
「失礼します。
川越クランが込み入った依頼をしてきました。」
そう女子が砦の責任者に言った。
執務室で書類に目を通していた責任者が顔を上げた。
部屋には、金塊や宝石を詰めた宝箱が並んでいる。
細川クランの収益だった。
「込み入った?
いったいどんな厄介事を頼んで来たのだ?」
責任者が訊ねる。
女子は、話を進めた。
「それが……。
クランに赤谷という女子がいるのですが。
コイツだけを毎回、殺して欲しいと。」
「むう?」
話が見えない責任者は、指で額を撫でた。
そこで女子は、有体に答える。
「つまりクランから彼女を追い出すと悪い噂が立つので。
毎回、冒険が始まるごとに赤谷だけを殺して欲しいという依頼です。」
「はあ?
そんなに嫌われてるのか、そいつ。」
責任者は、そう言って面白がるように薄ら笑いを作った。
女子も苦笑する。
「ええ。
詳しい事情は、聞く気にもなれませんでしたが。
川越は、それなりの金を払うと言ってます。」
「いいさ。
面白がって受けるクランは、幾らでも思い当たる。
声をかけてみると川越クランには、答えてやれ。」
細川第12砦。
シャディザール地域の北に位置する拠点。
「なに?
それは、間違いよ。」
砦の責任者は、細川クランに抗議した冒険者たちにそう答えた。
広間には、20人ほどの男女が集まっている。
「小西クランがコルコスの商隊を襲撃したと報告したのは、関根クランよ!
だが調べるとコルコスの商人たちを襲ったのは、山本クランだと分かった。
奴らが積み荷を売りさばいていたとシャディザールの盗品店が白状した。」
「ええ!?」
冒険者たちは、仲間同士で顔を見合わせた。
前に聞いた話と違っている。
「じゃあ、関根クランが嘘をついたのか!?」
「小西クランは、潔白だった訳だな…。」
「なぜ嘘のためにあんな目に!」
騒ぎ始めた冒険者たちを眺めながら砦の責任者は、冷ややかな微笑を浮かべた。
なんと愚かな連中だ。
「そうだ。
だから山本クランと関根クランに討伐令を発した。
武器と食料、望むだけの報酬を支払おう。
我々に協力してくれれば悪いようにはせん。
力を合わせて、この《窖》に秩序を作ろうじゃないか。」
細川クラン。
成員は、千名。
《ディガー》や《スミス》などの非戦闘系職で構成される冒険者クラン。
彼ら自身の戦闘力は、皆無であり表向き不戦を掲げている。
しかしその下に従属クランと呼ばれる下請けがある。
その冒険者クランは、数万人の兵力になる。
細川クランは、直接戦わずとも彼らを利用して課題の武力解決を計っていた。
また各地に拠点を作り、冒険者たちを支援。
見返りを与えると共に彼らの行動を監視、コントロールしていた。
故に大きな影響力で冒険者たちを支配している。
「いよいよ悪どくなって参りましたわね。」
そう徳川龍外は、独りごちた。
(もはや行動を起こすべき時。
………西岡十太郎、その時、予は………!!!)




