還御
約2時間後。
十太郎が夜桜たちと合流する。
「………。」
十太郎は、赤面し、こっそりと壁から姿を現した。
3人は、詰まらない授業に懸命に耐えていたような顔を一斉に向ける。
「長いぞ。
殺されたかと思ったぜ。」
前田が恐ろしいモノを見る目で十太郎を見た。
「まさか本当に悪魔と契約できたんですの?」
徳川は、侮蔑を隠そうともしない。
「済んだんなら、ちゃっちゃと帰ろうぜ。
2時間も楽しみやがって。」
夜桜がそう言っておっぱいの裏側を手で掻いた。
前田は、初々しい表情で恥ずかしそうに目を逸らした。
「とりあえず夜桜は、戻って来いよ。」
十太郎がそう言うと夜桜は、彼の口の中に吸い込まれて行った。
まるで煙を掃除機が吸い込むように一直線に夜桜が飲み込まれる。
意外なことに前田も徳川も驚きはしなかった。
既に十太郎がごく普通の高校生とは、若干違うと認めているからだ。
何が起ころうと驚くに値しない。
少なくとも二人が一体化していることは、前田と徳川にとって合点がいった。
常に感じていた違和感は、そこから生じていたのだと。
「では、お前たち3人を地上に連れ帰ろう。
私の手を取るが良い。」
ニッサがそう言って両手を伸ばした。
前田と徳川が、その手を取る。
十太郎は、別のサッキュバスたちが運ぶ。
どこから集まったのか。
30人ほどのサッキュバスが姿を見せ、十太郎に傅いている。
まるで王様に家来が従うように。
「西岡十太郎。
伯も爵位を得たようね。
君の臣民は、厭らしい夜の民のようですけど。」
といって徳川がせせら笑う。
「はあ。
じゃあ、これからは、龍外と呼んでも良いのかな?」
十太郎が龍外にそう言うと彼女は、
「淫魔の王配、西岡十太郎に徳川龍外が拝謁の栄誉を賜りますわ。」
といって恭しい礼を返した。
「……ふん!」
最後に不愉快そうに鼻を鳴らすのを忘れなかったが。
「なあ。」
前田が十太郎に声をかけた。
「これって《弥終》に行けるんじゃないか?」
「《弥終》?」
十太郎が目を丸くした。
これまで聞いたことのない言葉だ。
「アグィーッパスの連中が話していたらしい。
平らな大地の終わりがあるとな。」
「それがこの《窖》のゴールってこと?」
そう十太郎が訊くとサッキュバスから手を放し、前田が腕組みした。
「ゴールになるのかは、分らん。
だが月から地上に戻るにしろだ。
どうせなら、自由な場所を選んでも良いんじゃないか?」
「馬鹿なことを仰らないで。
誰も知らない、仲間もいない場所に降りるですって?
そんなの死にますわよ。」
龍外がそう言って睨んだ。
確かに馬鹿げた提案ではある。
「でも、興味深い。」
十太郎は、夜桜と相談する。
(どう思う?)
(ああ~。
私は、反対だな。)
意外にも夜桜は、消極的だ。
というより、これまでも積極的に十太郎に協力することはなかった。
彼女としては、あまり十太郎に手を貸すつもりはないらしい。
(その気になれば私が地の果てまでジャンプで行けるかも知れない。
けど、それで皆の遊びを邪魔するのはねえ?
………テメーの実力でやりくりするなら私も賛成するけど。)
「そうだね。
でも、それは、他に手がない時にするのはどうだろう?」
そう十太郎が前田に提案した。
もちろんこの提案に前田が従う必要はない。
彼もサッキュバスと契約し、黄金の蜂蜜酒を準備すればいい。
「まあ、そうだな。
ここは、じゅーたるーの意見が正しい。」
そう前田は、答えた。
「だがいつか俺たち以外も、この方法を見つけるだろうぜ。
きっと誰かが使うだろう。
それは、どう思う?」
「う~ん、良いんじゃない?
俺たちの目的は、《弥終》だとしても途中の冒険なんだしさ。」
十太郎がそう言うとこれ以上の議論は、差し止められた。
詰まるところ、この方法は、あまりに面白くない。
前田も龍外も興味深いが試す気にならなかった。
それにこれほど簡単に大きな成果が得られるとも思えない。
ただ何か事態に急変があれば解決策として覚えておく。
その程度の手段だと3人は、考えたのだ。
「もう良いだろう?
このまま待っていても月は、《弥終》に着くがな。」
そうニッサが再び手を伸ばした。
彼女の言う通り月は、信じられない速さで平らな大地の上を西に進んでいる。
約12時間で数十万kmを横断し、大地の裏を通って東に出るのだ。
3人は、サッキュバスたちに掴まる。
するとサッキュバスの身体に変質が始まった。
彼女らのコウモリの翼が幅200mほどの大きさに広がる。
「うわ!?」
十太郎をはじめ、前田と龍外も驚いた。
だが考えてみれば不思議なことでもない。
星々の世界を渡るのだから強力な翼が必要だ。
「これらの翼は、宇宙空間でしか働かない。
エーテルを掴むことに特化した翼なのでな。
何より惑星上には、重力や大気があって、これほど大きな翼は使えぬ。」
そうニッサが鬱陶しそうに言った。
まだ月の引力圏だからだろう。
翼がとんでもなく重いのだ。
しかし一度、月から飛び立つとサッキュバスは、閃光の速さを見せた。
あっという間に地上が目の前に近づき、3人は目を丸くした。
ふわりと空中で停止し、サッキュバスたちが翼を縮める。
そして地上に全員が降り立った。
「も、漏らしそうですわ……。」
龍外がサバンナの乾いた土の上で四つん這いになった。
膝がガクガクと震えている。
「お、俺も…!!!」
前田も尻餅をついた。
「………ここは?」
十太郎がニッサに訊ねた。
「シャディザールだ。
ほら。」
ニッサがそう言ってシャディザールの方角を指差した。
斯くしてあの猥雑で巨大な犯罪都市がそこにあった。
「……あの街に降りると面倒だろうと思った。
今、お前の仲間を呼びに行かせている。」
ニッサは、そう言って翼を畳んだ。
他のサッキュバスたちも酒場の踊り子に姿を変えていた。
「二人は、どうする?」
「予は、帰りますわ。
………ある意味で貴重な情報を手に入れましたし。」
龍外は、そう言って背を向けた。
そのまま、テクテクと歩いて二人と別れた。
前田は、ずっと最初の場所で座っていた。
「俺は、別に仲間とここで合流するぞ。」
「うん。
じゃあ、一緒に待とうか。」
十太郎は、前田の隣に座り込んだ。
西の空に月がまだぼんやりと浮かんでいる。
さっきまであそこに居て、今はここにいるのが信じられなかった。




