浮上
さっきまで登って来たゲルガ宮殿にもう一回、挑戦するのは、面倒だった。
その上、月のゲルガ宮殿は、地上の物と同じではなかった。
まず中の構造は、異なっている。
住み着いているサッキュバスも強力な物に入れ替わっていた。
しかし夜桜にとってそんなことは関係ない。
「ちッ。
面倒だから…。」
夜桜は、重力操作で全員を浮かせる。
ダンジョンを律儀に攻略する必要はない。
一気に宮殿の最上部までまとめて移動してしまうつもりだ。
「………ッ!」
これには、徳川も流石に青褪めた。
地面から浮き上がると不安そうに足を動かす。
「うおおお!!!
これ、空を飛ぶ魔法か!?」
前田が空中を泳ぎながら叫んだ。
もう何度も宙返りしている。
「………まあね。」
夜桜は、面倒くさそうに答えてから怒った。
「あのさっ!
動かれるとコントロールが乱れるんだよね!!」
「ハイ、ゴメンナサイ…。」
前田がそう言って直立不動の態勢を取る。
一同は、宮殿の塔から突き出した露台に着地する。
「うおおお……。
ここまで一気に飛んで来たのか。」
前田が露台から周りの景色を見渡した。
とにかく今、夜桜について質問するのは、禁止だ。
でなければあれやこれやと前に進めない。
「………あ、ああ…。」
徳川の様子がおかしい。
「………え?」
十太郎が近づくと異臭が漂っていた。
「………。」
あの夜桜も目を丸くして言葉を失う。
前田は、見たこともない表情を作った。
この場に険悪な空気が流れる。
しばらく誰もが言葉を失った。
「わ………ぐ。
徳川は、三方ヶ原の戦いで浜松城に退く神君家康公がく………。」
徳川が何か言いそうになったのを十太郎が慌てて制した。
「うわああ!!
言わなくて良いから!!」
徳川が言いたかったのは、
「家康が糞を漏らして凶事より逃れた家柄。」
といった所だろう。
夜桜と前田は、複雑な表情で徳川から目線を逸らしている。
「にし…おか君。
さっきから何を見てますの?」
徳川が涙を堪えながらいった。
十太郎は、魔法の袋から水筒やら何やらを準備している。
「えっ!?
だって手を貸した方が良いかと思って……。」
そう言われて徳川は、目を回した。
このような恥辱を味わったことがかつてないのだ。
だが神君家康がこの恥辱に耐えたのだと自分に言い聞かせる。
※家康が糞を漏らしたのは、後世の創作と言われるが。
「お下がりなさい!!
予は、これぐらい一人で始末を着けます!!」
徳川は、そう言って喚いた。
仕方なく3人は、徳川から離れる。
ややあって徳川が皆に合流する。
その顔は、まだ怒りと恥ずかしさで震えていた。
「予ともあろう者が…。
伯等の前で粗相をしたことを深く詫びますわ。」
やっとのことで徳川は、そう言った。
3人が一斉に彼女を慰める。
「ひゃひゃひゃ…。
まあ、空飛ぶのが初めてなら誰でもチビるって。」
そう夜桜が笑って誤魔化す。
「すべては、血の通った人間の証!!!
気にするな!!!」
前田は、何か悟ったようなことを言ってみる。
「いー…。
家康も漏らしたんだし、平気だよ。
そうだよね?」
十太郎は、笑いを堪えつつ懸命に真剣な表情を保った。
しかしこの言葉は、徳川に響いたらしい。
「そそそ、そうですわっ!
神君家康公も糞を漏らしたお人!!
予のみならず誰にもある失敗ですわ!!」
そう言って十太郎の両手を握り締めた。
涙の後で目が血走っている。
「覚えておきますわ、西岡十太郎!!
伯が漏らした時は、予の名誉に誓って伯を護り通して差し上げますわ!!」
「は、はいー。」
十太郎が恥ずかしそうに苦笑する。
できればそんなことには、なりたくないし徳川にフォローして欲しくもなかった。
「ちィッ。
ああ、もう良いだろ?
それより中に進むぜ。」
夜桜は、飽きて来たらしい。
イライラしながら足で扉を破壊した。
「うおっ!?」
前田がその破壊力に目を見張る。
金属製で両開きの窓扉が壊れ、部屋の奥に散らばった。




