月の秘密
「………このまま野営しても良いな。
ここは、安全そうだし。」
そう前田が言って虎のように床の上で背伸びした。
黒神龍も何か難しい複雑なストレッチをしている。
たぶん、スポーツ医学的に正しいんだろう。
「むー。
左衛門左ァ、さては疲れたか?」
黒神龍に指摘され、前田は、苦々しそうに破顔した。
「ゲハハハハハハ!!!
当たり前だ!!!
俺とて疲れる時は、疲れる!!!」
そう答えるとそのまま前田は、床の上に座り込んだ。
「流石にここまで来るのは、骨が折れた!!!
おまけにダンジョンの罠を避けながらではな!!!」
「俺は、サバンナより幾分、マシだったぞ。
モンゴル人には、この辺りの直射日光は、厳しい。」
そう言って黒神龍が腕を掻いた。
どうも酷い日焼けがヒリヒリするようだ。
かなり火傷に近い。
「それは、そうだったな!!!
ジュチ、あまり無茶するな!!!」
笑いながら前田が黒神龍の腕を撫でた。
黒神龍が前田の手をゆっくりと払う。
「おい、触るな。」
黒神龍が立ち上がる。
そのまま十太郎の所まで歩いて行った。
「じゅーたるー。
左衛門左がこのまま野営すると言ってる。」
黒神龍の黒い影が十太郎を覆い尽くす。
「え?」
声をかけられた十太郎が振り返った。
西岡クランの方は、この部屋の美術品を調べている。
宝石だとか高価な物は、手当たり次第に持ち帰ろうとしていた。
黄金細工の飾り緒、宝石を鏤めた腕輪、酒杯、彎刀。
ダイヤモンド、ルビー、エメラルド、サファイア、オパール。
象牙細工の椅子、鼈甲の髪飾り、瑠璃で作った金字塔の模型。
黄金で作ったバステトの神像、宝石と黄金の鎖で飾られた人骨。
金の兜、金の鱗鎧、先の尖った金糸織りの長靴。
水晶を繰り抜いた器、色鮮やかな磁器、翡翠の仮面。
その盗みっぷりは、手慣れたものだ。
少々、欲を掻き過ぎているが…。
「ご、ごめん。
ちゃんと後で皆で山分けするから…。」
焦った十太郎が黒神龍に説明した。
黒神龍は、別に気にする風でもない。
「いや。
意外とがめついんだな。
そういうキャラじゃないと思ってたんだが?」
黒神龍に訊かれた十太郎は、頭を掻きながら困った顔で答える。
「それは………ジョーがうるさいんだよ。
ちゃんと収穫がないと機嫌が悪くて。」
「ふうん。
女たちは、お前にメロメロで言い成りかと思ってたが。
お前も女に気を使ってるんだな。」
怪訝そうに黒神龍がそう言った。
十太郎が恥ずかしそうにそれを否定する。
「まさか!
そんなこと、ちっともないよ。」
ここらで黒神龍が話を戻した。
「でだ。
………皆、疲労のピークだろう。
一晩ここで眠ってから、明日の朝、あの絵画を調べるべきだ。
何も不眠不休で強行軍する必要のある日数じゃあるまい?」
まだ冒険の1日目だ。
少なくともまだ7日間程度の余裕がある。
十太郎も賛成した。
「うん。
じゃあ、交代で見張りながら…。」
「ならウチが先にやろう。
………お前らは、忙しそうだしな。」
そう言って黒神龍は、あっちを見た。
聖羅と宇多田が二人がかりで大きな箪笥を魔法の袋に詰め込むところだ。
清水は、金塊を詰め込み過ぎて中身を一度、放り出している。
向こうから朝田も両手に宝石を抱えて走って来るところだ。
「こんなに持って帰れないって!」
「そんなのジョーがなんて言うか…。」
「ちょっとぐらい諦めないと。」
「あ、ありがとう。」
申し訳なさそうに十太郎が答える。
黒神龍も苦笑いした。
「まあ、ちゃんと休めよ。」
翌日。
「ねえ、一晩中、ヤってるの………?」
前田が恐ろしい怪物を見るような目で十太郎を見ている。
十太郎は、ちょっと引き攣った顔で笑った。
「まあ、そう、あー…えっと……。
う、うん。」
昨晩は散々、警戒したのに敵が結局、現れなかった。
手が空くと立つモノを抑えられなくなる。
「………寝ないの?」
前田の声は、これまで聞いたこともないほど弱々しい。
220cmの巨体が小さくなったようだ。
「ずっと声とか物音が聞こえたけど…。
いや、噂は聞いてたんだけどね。」
「はは………。
俺は、ビョーキなんだよ。」
そう言って十太郎は、顔を伏せる。
「………。」
物凄い顔で睨んでいるのは、徳川だ。
「品のない睦み合いなどお止しなさい。
予に気遣いを求めるなんて分不相応ですわよ?」
「なんだ、見たのか!?」
前田が面白がって徳川に訊ねた。
ウンザリした顔で徳川が即答する。
「それは、もう。」
「がっはっはっは!!!」
前田が爆笑すると十太郎は、顔を赤くして俯いた。
恥ずかしがるぐらいなら止めれば良いという話だが。
「もう止めましょう!
くだらない!!」
徳川がそう言って手を振った。
「さあ、例の絵画を調べましょう。
……まったく庶民の下賤な痴態を見せられましたわ!!」
徳川は、ツカツカと例の絵画の方へ向かう。
そして躊躇いなく絵に右手を押し当てた。
ぽーん。
水面に水滴を落すように円が広がる。
細波は、徳川の手から絵画全体に広がって行く。
「………西岡君!!」
「はい?」
十太郎が徳川の後ろに近づいた。
いったい今度は、何が不満なのだろう?
「何を見てますの!?
予の腰を掴んでなさい!!
決して放しては、いけませんわよ!?」
そう言って振り返って十太郎に念押しする。
それを聞いていた前田が何度か小さく頷く。
「ああ…。」
そして魔法の袋からロープを取り出す。
「そういうことならコイツを使いな!!!」
前田が徳川の腰にロープを結い付ける。
「ほれ!!!
俺たちがしっかりと命綱を持っててやろう!!!」
満面の笑みで前田がそう請け負った。
徳川は、何か言いたそうな顔で前田を睨んでいたが正面の絵画に向き直る。
「では………。
参りますわよ!?」
そう言って徳川は、絵画の中に吸い込まれて行った。
「うお!?」
黒神龍が目を見開いて驚いた。
他の連中も同じことに気付く。
絵画の中に徳川龍外の姿がある。
そしてロープを腰に着けたまま、どんどん絵の奥に進んでいくのだった。
「おーい!!
そっちは、どうなってるのー!?」
十太郎が声を張り上げた。
前田や黒神龍も続く。
「おーい!!!」
「おーい!」
「………声は、聞こえないみたい。」
十太郎が前田と黒神龍にそう言った。
二人もその意見に賛成していた。
「う~む……。
そのようだな。」
それだけ言って前田も一歩、踏み出す。
そして絵画の中に入っていった。
彼は、振り返って十太郎たちの方を見た。
黒神龍が声をかける。
「どうだ!?
聞こえるか!?」
しかし前田は、反応しない。
聞こえないどころか絵画そのものが見えなくなっているらしい。
前田は、頻りに辺りを見渡し、目を細めていた。
どうやら見えるのは、こちらからだけらしい。
「………ヤバくない?」
十太郎が顔を青褪めて訊いた。
黒神龍も流石に顔色が悪くなる。
「………誰か外に行って援軍を呼んで来い。
もしもってことも十分に考えられる。」
黒神龍がそう言うと荒井が慌てた。
「え?
死にはしないハズでしょ!?」
「わ、分らん!!
とにかくこの事は、外に知らせておいた方が良い!!」
黒神龍が狼狽えると前田クランのメンバーも騒ぎ始めた。
十太郎の仲間たちも顔を見合わせる。
「な、なんかヤバくない?」
聖羅が宇多田の顔を見ていった。
「いや……。
まだ帰って来れないって決まった訳じゃないじゃん?」
二人とも声が弱々しく震える。
「俺が行く!!」
十太郎が絵画に手を伸ばした。
(どう?)
夜桜に相談する。
(………見たこともない魔術だ。
恐らくスケロスって野郎の時代に作られた古い魔術だろう。)
(危険?)
(そこまでは、ここからじゃ分からねえな。
しかし《窖》と同じ。
人工的に作られた空間を結ぶ結界術じゃないかと思う。)
考えていても仕方ない。
夜桜も考えは、一だ。
十太郎と夜桜は、絵画の中に踏み込む。
同時に夜桜は、十太郎から分離した。
「え!?」
驚いた十太郎が夜桜の横顔を見る。
「何が起こるか分からない。
テメーだけを守る訳にはいかねえ。」
前田と徳川を助けることが目的。
十太郎と夜桜の命は、一つ。
だがそれを措いても二人の命を助けなければならない。
「むう!?
誰だ、そいつ!?」
前田が夜桜に驚いた。
初対面なのだから当然だろう。
「私は、黒武夜桜。
まあ、細かいことは訊くんじゃねえよ。」
夜空のように黒々しく輝く髪を靡かせて夜桜は、手を上げた。
前田も小さく頷く。
「………そうか。」
「な、なんですの!?
その破廉恥な恰好をしたデカい女は!?」
徳川も夜桜に気付いた。
186cmの長身は、確かにデカい。
豊満な胸元を見せつけた改造セーラー服も確かに破廉恥だ。
「イチイチ騒ぐな、ボケ!!」
夜桜が怒鳴ると徳川が目を細める。
「………伯、”もう一人の方の西岡十太郎”ですわね?」
「ああ?」
前田が訝しげに訊ねる。
十太郎は、手で顔を覆った。
「お話しなさい!」
徳川は、十太郎に詰め寄った。
しかし十太郎も夜桜も正体に関して話すつもりはない。
きまりが悪そうに目を逸らすだけだ。
「はあ………。
……どうしても事情は、明かせぬという事ですの?」
徳川がそう言うとむっつりと夜桜が睨んだ。
「ちッ!
当たり前だろ、糞女。
でなきゃ、もっと前に話してるっつうの。」
「まあ、まあ…。
ここで荒れててもしょうがないぜ!!!」
珍しく前田が抑え役になっている。
よほど事態の異常さに理解が追い付いていないらしい。
「はあ。
………ここは、どこですの!?」
徳川が叫んだ。
外から絵画を見ていた時は、単なる風景画だった。
しかし中に入ると全てが嘘だった。
画面に見えた木々や小径、小屋などは、そこにしかない。
絵に描かれていなかった画面の外は、荒涼とした岩砂漠だ。
振り返るとゲルガ宮殿にそっくりの建物がある。
それは、星空を背負っていた。
「なんですの、あれ?」
徳川が奇妙なものを指差した。
空に大きな大地が見える。
「地上だろ?」
夜桜が小馬鹿にするようにいう。
しかし徳川が苛立ちと嘲りを浮かべて論破した。
「伯、馬鹿ですの!?
地球があんな形に見える訳ありませんわ!!」
「地球じゃねえって言ってんだろ、カス。」
夜桜が歯を剥いて睨んだ。
「《スケロスの窖》は、平面世界だ。
あれは、太陽が照らしてる平らな大地が見えるんだ。」
そう言って頭上に見える奇妙な大地を説明した。
確かにそう言われてみれば暗闇に浮かぶポスターのように見える。
太陽の光が届かない場所にも大地が続いているらしいのも分かった。
「じゃあ、どれだけ大きい場所を予等は、歩いてるんですの!?」
「知るか!」
地球を一周する距離は、約4万kmである。
馬鹿馬鹿しいがその数倍は、大地が広がっていた。
月と太陽は、果てしない西方に向かって突進している。
「………ここは、月なんだ。」
十太郎が足元を見て言った。
断定できないが地上を見下ろしているということは、そうだろう。
これが《窖》の月なのだ。
「地上が平らなら……。
月と太陽は、どうなっていますの!?」
「………今は、関係ないな。」
夜桜がそう言ってこの話題を打ち切った。
スケロスの作った異世界がどうなっているのかは、この際、置いておこう。
「地上のゲルガ宮殿の絵画で、こっちに来た。
なら、あのゲルガ宮殿に帰りの絵画がある。
そう思わないか?」
夜桜が一人で先頭を歩きながらそう言った。
前田が目を細める。
「……都合の良い仮説だな。
だが、この状態では、そうあって貰いたいものだ…!!!」




