予定
「じゅーたるー。」
甘ったるい声をかけて来たのは、北村先生だ。
十太郎も階段の踊り場で足を止めた。
「あ、先生。」
「そろそろ夏休みだけど。」
北村先生は、そう言って身体を近づけてくる。
十太郎は、困った顔で離れた。
「北村先生、まだ午前中じゃないですか…。」
「外では、連れないんだから。
ねえ、学校がない時、私は、どうすればいいの?」
北村先生がそう言って腕組みした。
「学校の先生って夏休みでも忙しいのよ。
十太郎は、学校に来てくれないし…。」
「《窖》で会えるんじゃないですか?」
《窖》に夏休みが関係あるとは、思えなかった。
あれは、全く学校行事と関係ない現象だ。
「あら。
《窖》の入り口は、校内にしか出て来ないでしょ?」
と北村先生が言った。
確かに《窖》への入り口は、学校の中だけで発生する。
これは、どの冒険者に訊いても一致する。
そして部活で学校に出入りしている連中によれば土日には、発生しない。
「じゃあ、誰も夏休みの間には、向こうに転移しないってことか。」
考えたこともなかった。
もし誰も転移しない場合、どうなるのだろう。
冒険中に死んだ場合、そいつと無関係に残りの日数は、そのまま経過する。
そして次の冒険で再配置する。
もし誰も転移しない場合は、誰もいないまま日数が経過することになるのか?
「………考えても分からないですね。
誰もこれまで経験したことがないんだし。」
そう十太郎が答えるとスマホが振動した。
「あれ?
………んん。」
SNSのメッセージアプリに着信。
差出人は、獅子王伊豆守と出ている。
メッセージを開いてみると丁度、自分たちの話題に参加していた。
「夏休み期間に《窖》には、転移しませんよ。」
十太郎は、さっそく
「なんで分かるの?」
と打ち返した。
獅子王伊豆守の返事は、超常的なものだった。
「今、西岡君と北村先生の会話を知り得たのと同じ理由です。」
「どっかにいるの?」
と十太郎は、メッセージを返す。
返答は、間髪入れずに返って来た。
「ふふふ。
私は今、帝人学園にいますよ。
盗聴なんてしてません。」
そのメッセージは、十太郎の送ったメッセージとほぼ同じ時刻に発信されている。
いかにもこちらの質問を予期していた。
と見えなくもない。
(どう思う?)
十太郎は、夜桜に訊いた。
その返答もまた超常的だった。
(何かの能力。)
(お前と同じ、異能の高校生ってこと?)
(別に不思議はねえだろ。
ただここは、生徒会や番長が暴れてないってだけで。
いるには、いるんだろうさ。)
口調は、軽々しいが夜桜も警戒した様子だった。
「誰、その子?」
北村先生が訊いて来た。
十太郎は、知っている限りのことを答える。
「獅子王伊豆守っていう子なんですけど。
ぜんぜん面識がないんです。
《窖》でもこっちでも会ったことがない女子なんです。」
「へえ。
………まあ、こっちが知らないだけってことは、十分にあるけどね。」
ちょっと北村先生が真面目になった。
「困ったことがあったら大人の先生に必ず相談。
あるいは、未来のお嫁さんに。」
「ははは…。
ははははは。」
十太郎は、困ったように笑って誤魔化した。
北村先生と別れるとSNSでクランのメンバーにメッセージを送る。
内容は、例の夏休みに着いてだ。
一斉に葉月と北村先生以外の24人から返信が来た。
「東京で遊ぼう!」
と瑠偉。
大半がこれに賛同していた。
「ひと月半も《窖》離れたら色々忘れそー。」
と返信したのは、田尻だ。
このメッセージを見て他の何人かも夏休みに不安を訴えた。
「そんなまだ分らん先の話は良い。
それより拠点設営のことだよ。」
ジョーは、流石に真面目な返信を送って来る。
これに瑠偉も返信した。
「それは、私らが任されてんだからさ。
十太郎は、クラン全体の今後の予定を決めたいんだよ。
リーダーの議題にまず専念するべきじゃない?」
ピリピリした雰囲気に十太郎は、思わず震え上がった。
「止めてよ。
喧嘩は、ダメだからね。」
「現状の報告ぐらい聞いて。」
ジョーは、そう言って幾つかの小言を繰り返した。
それは、襲撃があったことや鉄鉱石が見つかったこと。
葉月から聞けなかった肝心の話だった。
「ありがとう。」
十太郎は、報告を受けてそう返信した。
「ああ。
きっと葉月は、大したことを伝えてないと思ってね。」
ジョーがそう言うと葉月も割り込んでくる。
「ごめーん!」
「《ディガー》が欲しい。
あと3人ぐらい。
支給!!!」
門脇が絵文字付きでメッセージを送って来る。
支給は、至急の誤字だろうか。
「それを言うなら《ベアラー》も《スミス》も要る。」
「お前 会議の進★行★妨★害!!」
「ご飯作れる子 大至急ッッ!!」
誰かが意見を言うと皆が一斉に送信し始める。
この何十倍もの意見をまとめている細川は、大変だろうな。
「皆さんの意見は、分かりました。
俺のできる範囲で取り組みます。」
十太郎は、それだけ打つと会議を終わらせた。
この調子では、女子たちが放課後まで言い争いそうだ。




