栄辱
細川第19砦。
《窖》で目覚めた十太郎たちは、行動を開始する。
もはや話し合いの時は、終わった。
だが誰もが行動に移る中、取り残されている男が居た。
「待てよ!
みんな、冷静になれ!!
俺は、こんないい加減なことは…!!」
未だにごねる岩戸を夜桜が恫喝する。
「さっさと準備しろ。
このオタチン!!」
夜桜───
岩戸には、十太郎に見える。
恫喝された岩戸は、堪らず涙ぐんでしまう。
「うう……。」
「どうします?」
様子を見ていた天龍寺が細川の顔を見る。
岩戸は、もう置いていった方が良いと顔に出ていた。
弱ったように細川は、溜め息を吐く。
「髪を引っ張ってでも連れて行きます。」
そう答えた細川は、冷酷な眼光を放っていた。
凶暴な本性が彼の喉もとまで出かかっている。
「船の準備が出来ました。」
細川クランのメンバーが報告する。
一同は、砦に舫いでいたガレオン船に向かう。
十太郎のガレオン船で各クランを回収する。
まず久我クランだ。
「なんや、急やな。
……段取りと違うんとちゃう?」
目の見えない久我は、手探りで船に搭乗する。
刀を杖のようにして甲板に座った。
「前田君が先に仕掛けました。
敵の予想される反撃に備えます。」
天龍寺がスマホを片手に答える。
確か《窖》では、連絡できないはずだが。
「電話は使えないんじゃ?」
十太郎が声をかけると天龍寺がスマホを一度、顔から離して答えた。
「これは、電話できるスマホだ。
《窖》で手に入れた。」
そういうレアアイテムもあるのか。
「というより…。
電話できるスマホより、この空飛ぶ船の方が凄いだろう。」
天龍寺が十太郎の船のことを言った。
確かに今のところ、こんな物は、十太郎しか持っていない。
十太郎は、謙遜する。
「俺は、拾っただけだよ。
それにまだ他にもあるんじゃないかな。」
正直、岩戸に見せるのは、憚られた。
妙な対抗意識なんか燃やされたら困るし。
それに船を狙ってくるクランも出て来るかも知れない。
この辺は、十太郎の甘さというか。
何とも言えない器の大きさなのか。
十太郎に対して天龍寺は、感心と危うさを同時に感じていた。
「ねえ。
………この子たちと寝たの?」
高本がコッソリ近づいて来て十太郎に訊いた。
葉月、ジョー、ルンル、天村、綺羅羅、月愛、北村先生のことだろう。
高橋も面白がっている。
「うわあ…。
手ぇ早過ぎじゃない、ふふふ…。」
「そ、そんな…。
ぜんぜん違うよ。
誤解だって……!」
十太郎は、必死に否定する。
「ちょっと何話してんの?」
北村先生が大人らしからぬ態度で高本と高橋に詰め寄る。
どう見ても高校生に見えないが本人は、子供と同じ目線でいる。
「な、なんですか?
この子、十太郎のお姉さん?」
高本が目を丸くした。
「アリス先生は、学校の先生ぃ。」
葉月が船尾楼の上から身を乗り出して言った。
豊満の上にも豊満な乳房が重力で撓む。
「ええ?
学校の先生~!?」
高本と高橋が騒ぐと岩戸が苛立って奇声を上げた。
一同、これを無視する。
「ねえ、ねえ!
そう言えば、藤田さんには、もう手を出してたの?」
高橋が追求する。
「ちょっと誰よ、そいつ!」
北村先生の瞳が燃える。
藤田伊織は、岩戸クランの《アーチャー》だ。
確かに彼女もそれとなく十太郎の隣にいた。
「………あ。」
不安に駆られて十太郎が夜桜に詰め寄る。
頭の中で、だが。
(おい!
何もなかっただろうな!?)
(んん~、何もないよ。
私が知らないところでお前が何もしてないならだけど。)
夜桜が眠そうに答えた。
どうやら眠る時間帯らしい。
(くあ……眠。
そりゃ、何かあったら報告するさ。)
「可愛いし。
やっぱりちょっかい出したでしょ?」
十太郎が夜桜と話していると高橋が揶揄った。
やましいことがあって答えられないのだと思われたらしい。
「まさか徳川も?」
「ななな何もないよっ。」
十太郎も流石に本気で否定する。
「藤田さんや徳川さんとは、何もないよ。」
その言葉は、北村先生も聞いていた。
「ふ~ん。
じゃあ、そこの子たちとは、何かあったんだね。」
北村先生は、嫉妬に狂った赤い眼光を高本と高橋に送る。
向こうも裂帛の意志で先生の視線を弾き返す。
「先生のくせに。
生徒に手を出していいんですかァ?」
「私たちは、学生同士だし。
あんなの遊びで済むけど…。」
「な、何ってこというの…!」
北村先生と高本と高橋が睨み合う。
「二人とも、三人ともやめて~…。」
十太郎が止めようとするが、もう戦いは始まっていた。
「むううう!!
お前らも十太郎にすり寄って来るのかァッ!?」
向こうからジョーがライフルを構えて猪突猛進して来た。
高本と高橋に怒りの銃口を向ける。
だが二人は、笑っている。
「そんなムキにならなくても。
ねえ、十太郎?」
「一回、遊んだだけだよね。」
と高本と高橋は、軽く流そうとする。
だがジョーや葉月たちは、流されない。
「あのー。
やめましょう?」
十太郎を脇に退けて女たちの戦いが始まる。
だがもう一つの戦いが始まろうとしていた。
「西岡ボーイ…。」
ぬっと綾瀬が顔を見せる。
ずっと下甲板に居たハズだ。
なんだろう。
普段の飄々とした雰囲気じゃない。
何か重い空気をまとっていた。
「あ、綾瀬君…。」
十太郎が返事すると綾瀬は、目を細めた。
何やら十太郎を、じっと見ている。
「………やはり俺に負ける気はしないようだな。」
静かな闘志を揺蕩わせ、綾瀬はそういった。
その言葉は、十太郎に危機感を与える。
だが、なお負ける気はしていない。
「え、なに?
何か俺、綾瀬君を怒らせた?」
あるいは、十太郎は、戦う気がないだけかも知れない。
しかしその余裕は、綾瀬に一種の対抗意識を燃やさせた。
「余裕だよ。」
綾瀬がいった。
驚くほど敵意を剥き出しにしている。
彼自身、これほど悔しいと感じたことはない。
「え?」
十太郎は、弱々しく聞き直した。
綾瀬は、据わった目で相手を見下ろしながら答えた。
「岩戸ボーイの前でも、俺の前でも、徳川ガールの前でも。
不思議とお前は、余裕がある。
ずっと俺は、お前らに一つ勝てるモノがあるって顔だ…。」
「え?
い………!?」
それは、夜桜の力だ。
十太郎は、ようやく不味いと理解した。
強大な力に守られているという余裕が綾瀬に対抗意識を作った。
これが十太郎にも気が付いたらしい。
「その余裕の源…。
西岡ボーイ、お前の隠してる全力を俺に見せてみろッ!!」
そういうが早いか。
綾瀬の剣が十太郎を襲う。
これを防ぐか、躱すと思われた。
しかしあっさり斬りつけられ、十太郎の腕から血が飛ぶ。
「あぐッ。」
その光景に綾瀬は、失望と混乱を覚えた。
やはりこんなもの?
それとも韜晦する気か。
「な、何やってるの!?」
大暮や相田、鈴木。
綾瀬クランのメンバーが驚いて声を上げる。
西岡クランのメンツも黙っていない。
全員、船の中から躍り出た。
「十太郎に何するんだッ!」
「何、喧嘩!?」
「はあ、戦争の前に戦争かァ!?」
やがて天龍寺クラン、久我クラン、岩戸クランにもこの騒動が伝わる。
一斉に船のあちこちから人が飛び出して来た。
「あら。
………面白そうなことを致しますわね。」
最後に徳川がゆっくりと姿を見せる。
すでに十太郎と綾瀬を取り囲んで人の輪が出来ていた。
全員、剣や斧、銃を手に一瞬即発の状態だ。
まさに海賊の決闘。
そんな光景だ。
そこに徳川が進み出る。
「でもお止めなさい。」
「はっは。
何も殺さんさっ!」
綾瀬がライオンのように吠えた。
普段通りに振る舞って見せるつもりが殺気立っているのを隠せない。
しかし徳川も静かに怒りを含んで答える。
「西岡君が秘めた実力を持っていることは、予も感じ取っています。
……けれどね、綾瀬。
それは、このような軽き場で衆目に晒すことの適う物に非ず。
本気で雌雄を決したくば、それなりの場を設けることですわ。」
「ぬ…。」
綾瀬は、反論しようとするが徳川の威圧感がそれを許さない。
「それに仮にどれほど西岡君が実力を隠そうとも。
まさか予に勝てる道理もございませんでしょう?
伯が武を誇りたければ、まず予に挑むのが筋という物ではなくって?
どうせ武勇を競うなら第一の者に挑むのが戦士というもの。
それが予に勝てぬ故、一枚落ちる西岡君に挑むなど…。
そのような安き誇りを拾ったとて、良い嗤い物となりますわよ。」
徳川の指摘に綾瀬は、怒りで震えた。
しかし猶更、綾瀬は、剣を納めるしかなかった。
徳川は、ここに集まった顔に触れ渡った。
「お聞きなさい。
実力などというものに、何の値打ちもないことは、もはや争う余地もないこと。
戦いは、常に突然で理不尽なもの…!
歴史上、時を得ず、場を得ず、人を得ず。
持てる力を出し尽くすことなく功の為らなかった才は、決して少なくありません。
我が徳川は、忍従の上に忍従を強い、武運開けし家柄!
この戦の勝敗は、決してこの同盟の威力を計るものに非ず!
実力がそのまま結果に結びつくことなど、ありはしないのよ!!
岩戸は、十分な情報を得ようとして、時がそれを許さなかった。
私たちもまた十分な備えもなく、こうして戦いを迎えることになりましたわ。
けれど徳川は、敗れてなお再起し、勝ち運開けし家柄!!
予は、ここに宣言しますわ。
愚昧の輩を滅すまで、幾度とて再戦を果たし、遂に勝たんと!!
伯等も予と栄辱を一にせん覚悟をなさい!!」
徳川の演説で紳士同盟は、ボルテージを上げる。
言ってることは、良く分からないが士気が高まった。
「おおー!」
「なんか知らんけど、おおお!!」
「うおーっ!!」
「………要するに勝つまで戦う心構え、と。」
円陣の中で天龍寺だけが苦笑いする。
「お分かりでしょう、綾瀬?」
徳川が綾瀬と十太郎の前に向き直っていった。
「仮に西岡君がどのような素晴らしぃぃぃい…実力があっても。
それを隠している間は、伯が彼を懼れる何の理由もございませんわ。」
「わ、あ…。
分かったよ。」
綾瀬が十太郎に頭を下げた。
「急に斬りつけて済まない…。」
「え、あ…あい……!?
ううん、こんなのすぐに治せるし…。」
そう言って十太郎は、笑って済ませる。
これには、徳川も葉月も溜め息を吐いた。




