機
岩戸の指図で紳士同盟の青写真は、完全に刷新された。
まず《窖》にいる高校生は、200万余。
この8割に当たる160万人は、ペシュカネル周辺地域に取り残されている。
未だゴブリンの群棲地帯すら突破できず、餌を与えているに留まっていた。
PKヘヴンをはじめとするPKクランと俗に区別される集団。
彼らは、ここから生まれる。
《窖》は、普通のRPGと違い経験値減衰というシステムがある。
同じ敵を、同じ方法で倒し続けていると経験値がどんどん下がる。
例えばゴブリンを100匹も殺すと取得経験値は、0.00001になる。
ほとんど0に近くなる訳だ。
また前よりも効率よく、新しい戦い方で倒した方が経験値が高くなる。
例えばダメージを受けずに戦うとか隙を突く、急所を正確に狙うなどだ。
やたらめったら斬り倒していても評価されない。
つまりゲームと違い、実際に冒険者が成長していることを証明しなければならない。
一見、経験値システムという恩恵があるように見せ掛ける。
この辺りに大魔術師スケロスの冷笑めいたイタズラ心を感じる。
無意味な反復が経験としてカウントされるはずがないと彼は、嘲笑しているだろう。
だから何も考えずに敵を倒して行くとLv10前後が分水嶺となる。
ゴブリン、食人種、遊牧民をあらかた倒す。
残りは、位置報酬だ。
現状、カズラクまでがおよそ限界点なのだ。
ここに残る40万人近い冒険者たちが留まっている。
その先、シャディザールは、500人もいない。
今回、紳士同盟に参加したのも50人ほど。
先頭集団全体の1/10だ。
こうして全体を俯瞰すると1000人のPKヘヴン、5000人の細川クランもほんの一部だ。
まだまだ手を広げるべきだと岩戸は言う。
40万人の落ちこぼれがどちらに着くか。
情報収集を含め、着実に固めるべきだ。
「最近、高校生以外も増えている。」
戻って来た天龍寺がいった。
「高校で習う英語の先取り学習をしてる中学生。
塾や家庭教師をやってる大学生みたいなのもいる。」
岩戸の方針で他クランから情報収集する中で、こういった事実も持ち帰られた。
「まあ、おたくの北村先生みたいな。
学校の先生が迷い込んでるのは、聞き込みで見つかってないね。」
そう言って天龍寺は、クスリと笑った。
十太郎も苦笑いする。
「おい。
情報収集をしろと言ったが適当な話を持ち帰るなよ。」
岩戸が踏ん反り替えっていった。
「………本当にこの辺りで敵襲があったのか?
周囲に砂嵐の避難場所も水源も確認できないぞ。」
スマホに追加された地図情報を睨んで岩戸がぼやいている。
画面には、何のマーキングもない。
これは、過去の探索で周囲に避難場所や水源がないことを示していた。
「細川クランみたいに井戸を掘り、砦を作ってるのかも。
………必要に応じて解体すれば残らないしね。」
十太郎がそう言うと細川自身が否定した。
「私たちの建材は、海岸にある難破船の木材です。
ここサバンナでは、建材を入手することは難しいですから。
私たちの把握する以上の建材が持ち出された形跡はありませんね。」
「元の世界から木材を持ち込んでるのかも。」
十太郎の疑念を細川も早々に否定した。
「それが出来れば私たちもそうしています。
過去、それほど大きな物を持ち込んだことはありません。
………学校に木材を買い込んで搬入できませんから。」
「強行すればできないこともないってことじゃない?」
十太郎がそう言うと細川は、目が覚めたような顔をした。
彼にそんな発想は、なかったのだろう。
確かに相手がまともな方法で活動しているとは、限らない。
《窖》に限らず元の世界でもだ。
「いや、ないな。」
岩戸がいった。
「連中にそんな計画性があるとは、思えない。
自分たちが前に進めないから暴れてるカスだぞ。」
敵を過小評価し過ぎじゃないだろうか。
細川や十太郎は、そう思った。
とはいえ、彼らも岩戸と同意見だ。
PKヘヴンにそんな建設的な空気があるとは、考え難い。
彼らの活動と前向きな姿勢は、結びつかない。
「簡単だ。
決死行だろう。」
夜桜がいった。
「決死?」
岩戸が眉を吊り上げていった。
夜桜は、さも詰まらなさそうに話している。
「岩戸、お前が言うルートは、安全に確実に行き来することを念頭に置いてる。
きっとPKヘヴンは、戻りのことを考えてないんだ。
敵を襲撃して倒せれば良し。
最初から相手の装備を持ち帰るとか、そういった考えを入れてないんだろう。」
「じゃあ、全く何の見返りもナシか?
馬鹿げてる。」
岩戸は、そう言いつつも妥当だろうと得心した。
行き詰った馬鹿は、慮外な行動に出るものだ。
連中に道理は、通じない。
「……話を詰めるのは良いが。」
天龍寺が切り出した。
彼女の顔を見る限り、あまり良い話ではなさそうだ。
「前田がイラついてるぞ。
さっさとぶつかるべきじゃないか?」
「なんだって…!
まだ敵のことは、何も分かってない!」
岩戸は、目を剥いて怒るが天龍寺は、苦い顔で話すだけだ。
「戦には、機がある。」
すごい。
こんな台詞、現代人で聞くことは絶対にないと思っていた。
部活とか社会人でも滅多に使わないだろう。
十太郎と細川は、ちょっと含み笑いする。
だが岩戸は、真剣に目を細めて腕組みした。
「こちらが数を集めて情報を収集していることは、向こうにも知れる。
お前があれこれする時間は、敵にも準備期間を与える。
前田のように苛立ち始める者も出てくる。
戦うと宣言したのにいつまでも拳を振り下ろさないと気持ちが冷める。
皆の気持ちが離れてから、また奮い立たせるのは、難しい。
万全を期したい岩戸の考えは分かる。
だが結果として今も機を逸している。」
天龍寺は、つらつらと自弁を述べ上げた。
岩戸は、顔をしかめている。
「………じゃあ、良く敵の拠点も知らないまま。
今のまま、戦うのが君の考えか。」
「考えではない。
これは、既に命令だ。」
「君の責任だぞ。」
喘ぐように岩戸が言った。
しかし天龍寺は、澄んでいる。
「いいや。
僕の責任ではないぞ。」
「なんだと!?」
いつものように岩戸が喚き出した。
両腕を振り回し、血管が額で痙攣している。
「細川頼母。」
天龍寺の矛先は、彼に向いた。
「君は、僕に紳士同盟の指揮権を委ねると言った。
しかしこの岩戸泰臣の要望を容れ、更なる情報収集に時間を費やした。
これでは、僕に委ねると言ったのは、反古じゃないか?」
「え…。
でも、天龍寺さんも反対しなかった…じゃないですか。」
セーラー服の男子は、もじもじと後退る。
そのまま十太郎の後ろに隠れた。
天龍寺は、細川の指摘するところに答える。
「その通り。
しかし今が分水嶺だと思う。
もうこれ以上、時間を費やせない。」
「根拠は!?」
岩戸が食って掛かる。
まるで餌を抜いた馬鹿犬みたいだ。
「僕の勘だ。」
天龍寺は、斜め上に視線をやって岩戸を見ずに答えた。
「………。」
一同、言葉が尽きる。
しばしの沈黙の後、事態は動き出した。
「総裁。」
細川クランのメンバーが小走りで現れた。
「前田左衛門左が…。」
「前田君が?」
細川は、十太郎の背中から肩越しに顔を出した。
「敵と衝突しました。
先に………戦い始めたのです。」
「ええっ!?」
細川は、十太郎に抱き着いた。
岩戸は、悪態を突く。
「集団行動の出来ないカスが!!」
「………だが彼は、開山高校だぞ。
君の大好きな偏差値で言えば君よりも優秀だ。」
天龍寺が嬉しそうにいった。
この台詞でこの男を刺してやりたくてずっと堪らなかった。
そう顔に出ている。
「彼にも分かったんだろう。
岩戸泰臣のペースでやっていては、戦いにならないと。」
「分かるか!!
あのデカいだけの馬鹿に!!」
岩戸は、顔を真っ赤にして踊っている。
人間は、ここまで見ていて滑稽になれるものなのだ。
「機とは?」
十太郎が天龍寺に訊いた。
おそらく勘ではあるまい。
「………今回の冒険は、今日で8日目だ。
ここで事を起こせば明日、外で考える時が十分にある。
もし9日目、10日目に突入したら散々に暴れればいい。
今日、ここでどれほど死んでも再配置が間に合う。
とりあえず戦端を開き、事実確定したかったんだろう。
両勢力は、確かに戦う、と…。」




