もう遅い
岩戸たちが再配置された位置は、ゾンビドラゴンからやや離れている。
これも欺瞞だったのだろう。
岩戸は、ぐるっとサバンナを引き返し、川沿いに進む。
一見、水源になりそうな川だが日本人が口にすれば一発でアウトだ。
あくまでゴブリン除けである。
チーター、ライオン、カバ。
この異世界、《スケロスの窖》には、モンスターではない普通の猛獣もいる。
これら獣は、武装した大人数の人間を見ると看過する。
逆にゴブリンや食人種は、頭が悪いのか人間に果敢に向かって来た。
しかしどういう訳なのか。
こういった亜人種族は、猛獣には近づかない。
従って川沿いは、猛獣が多いが亜人種族を避けることができた。
「おっと。
ワニには、気を着けなよ。」
岩戸が注意する。
ワニは、獲物を待ってじっとしている。
自分の攻撃が届く範囲に動物が接近すると飛び出してしまう。
これは、ほとんど反射的なものだ。
ライオンやチーターは、こういった行動を見せない。
ワニだけは、留意するべき問題点となっていた。
他にも似たような行動を取る動物にオオトカゲや大蛇がいる。
爬虫類は、やはり頭の出来が悪いらしい。
これから向かう相手も爬虫類だ。
しかし腐った死体みたいな外見らしい。
ここの皆は、まだ写真でしか知らない。
「ここで野営だ。」
陽が傾いてくると野営の準備を始める。
6人は、砂嵐を避けられる窪地に入った。
野営の用意が整うと順番に見張りに立つ。
食べるのは、干し肉や乾燥プルーンなので誰も料理はしない。
ただ横になるだけだ。
特に会話が弾むこともない。
寝ている仲間もいるし、静かなものだ。
皆、岩戸を強引と思う反面、頼りにしている。
こうして結果を出し、岩戸クランは、どのクランより先に進んでいる。
だが誰も彼と親しく話す事はなかった。
退屈な夜が過ぎる。
翌朝、一斉に出発した。
(あ~…。
女もいるのに誰も何もしねえとか。
こいつらは、マジで岩戸の犬だな。)
夜桜は、藤田を見ながらそう言った。
岩戸クランで唯一の女子だ。
(真面目そうに澄ましやがって。
食っちまおうぜ。)
夜桜がそういって十太郎を揶揄う。
「どうかした?」
見られていたことに気付いた藤田が振り返って十太郎に声をかける。
慌てて十太郎は、首を横に振った。
「ああ、ううん。
何でもないよ…。」
「?
そう…。」
藤田は、前を向いて歩く。
十太郎は、大きな溜め息を吐いた。
(お前は、少しは岩戸を見習ったらどうだ?)
十太郎がそういって夜桜を引っ込めた。
「いたぜ。」
宗像が指差した。
その方向にゾンビドラゴンがいた。
写真では、分かり難かったがかなり大きい。
既に岩戸クラン以外の幾つかの冒険者を返り討ちにした後のようだ。
装備の残骸が散らばっている。
「何も考えずにカズラクから真っ直ぐに西に向かい。
ここで死んだ馬鹿どもの最期って訳だ。
ふはははははは…!!」
様子を伺っていた岩戸は、馬鹿笑いする。
夜桜も馬鹿笑いした。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
夜桜が笑うと岩戸が黙る。
岩戸が黙ると夜桜も黙った。
(お前、岩戸を挑発するなって!)
十太郎が身体の主導権を奪い返す。
本当にこいつは、人を挑発することしかしないな。
「中野君と西岡君を攻撃の主体とする。
……ゾンビドラゴンには、《プリースト》の神聖魔法が有効だ。
今回、俺たちは援護する側ってことだね。」
岩戸がそう言うと中野と十太郎が顔を見合わせた。
まず中野が発言する。
「おい。
いくらゾンビに神聖魔法っても。
俺らは、物理職みたいに機敏に動けないぜ?」
その次に十太郎がいった。
「いつも通り中野君を回復役に。
俺は、攻撃に専念する。」
十太郎がそう言うと中野は、ギョッとした顔になる。
岩戸は、満足そうに微笑む。
「そうだな。
緊急時に混乱しないよう役割をハッキリしておくのも良い判断だ。」
続けて岩戸は、中野に言う。
「俺は、そんなこと考えてる。
言わなくても良いことを反論しないでくれないか?」
「す、すまん。」
中野は、顔を青くして視線を外した。
悔しいと不味い事を言ったという表情だ。
(お前を当てにしてるぜ。)
十太郎が頭の中で夜桜にいった。
(ひゃひゃ…。
ズルい奴だな。)
と答えて夜桜は、低く笑う。
そして戦闘は、始まった。
岩戸と十太郎が先陣を切り、ゾンビドラゴンに突撃する。
「はあ!」
「ふん!」
《マージ》の乙倉と《アーチャー》の藤田は、遠距離攻撃で先に仕掛けた。
青い火球と矢がゾンビドラゴンに命中する。
「アゴアァア……。」
腐った肉の塊が今、ゆっくりと十太郎たちに牙を剥く。
「白光の雨!」
十太郎が光の矢を降らす。
情報通り、ゾンビドラゴンに大きなダメージが見られる。
他のメンバーの攻撃より効果的だ。
「西岡君!
宗像君の影に!!」
岩戸が剣と盾でゾンビドラゴンに挑みながら指示を出す。
《ホプリタイ》である宗像の大盾に十太郎が素早く身を隠した。
「くう!?」
そんな中、岩戸が吹き飛ばされる。
あっという間の出来事だった
「い、岩戸君!」
中野は、回復魔法をかけようとするが距離が遠い。
怖気づいたのか。
「………あ、う。」
中野は、進めない。
岩戸の指示なしに動かないのだ。
「あいつ!
………乙倉さん、全力でやって!!」
藤田がそういって前に出た。
矢を射かけつつ走り続け、直接、岩戸を援護に向かう。
乙倉も藤田を援護するために攻撃魔法を全力で打ち続ける。
「くそ…!
は、配置を崩すな…!!」
岩戸は、身を起こしながら唸った。
だが、もう遅い。
ゾンビドラゴンは、口から不浄な炎を存分に噴き出す。
それは、簡単に藤田を焼き尽くした。
次に素早い尻尾が空を切り、宗像を弾き飛ばす。
「ぐあ!!」
大盾が変形し、宗像は、地面に叩きつけられる。
槍も折れ、無惨に倒れた。
もはや抵抗できない宗像にゾンビドラゴンが向きを変える。
そこに十太郎は、果敢に挑みかかった。
「裁きの光!!」
眩い黄金の煌めきがゾンビドラゴンを包む。
穢れた腐肉が聖なる光で焦がされ、巨体を捩ってゾンビドラゴンが苦しむ。
「アゴアァアアァアァ……。」
「早く回復を!!
………俺より宗像君だッ!!」
岩戸が中野に指示を与える。
ずっとまごまごしていた中野は、驚いて走り出した。
急いで倒れている宗像に近づく。
「うう…。」
中野の治療で宗像は、血が止まり身体も元通りになる。
血色も良くなって呼吸も楽になったようだ。
しかしゾンビドラゴンは、信じられない挙動に出る。
なんと腐った翼で空に舞い上がり、乙倉に襲い掛かった。
「なあ!?
飛ぶ…と……ぎゃ!!」
恐らく十太郎に次いで大きなダメージを与えていたのは、《マージ》の乙倉だ。
《プリースト》の中野が乙倉から離れるのを待っていた。
知能がある。
このゾンビドラゴンは、馬鹿ではない。
他の猛獣やモンスター、ゴブリンとは違う。
「アゴアァ……ァァァ………。」
(おい。
夜桜、皆に見られないように攻撃を!)
十太郎が頭の中で夜桜に泣きつく。
しかし夜桜は、憮然として応じない。
(お前さ。
ちょっとは、冒険を楽しんだらどうだ?
困ったらすぐに私に頼るな。)
(えええ…?)
十太郎は、酷く動揺した。
夜桜は、いった。
(十太郎、居候に頼るな。
十太郎、居候を侮るな。
十太郎、居候に期待するな。)
(はあ~!
お前、ちょっと助けてよー!!)
十太郎は、なおも懇願する。
しかしそれは、残忍な居候を楽しませるだけだった。
(ひゃひゃひゃひゃひゃ!
ひゃひゃ…ひゃーひゃひゃひゃひゃひゃ!!)
すでに事態は、戦闘の態を為していない。
岩戸も中野も十太郎も逃げ回っているだけだ。
辛うじて回復魔法をかけあって全滅を免れている。
「ひ、引き上げだ!!!」
岩戸は、号令を出し、残る二人も応じた。
ゾンビドラゴンだけが勝利を宣言し、その腐り果てた長い首で空を仰いだ。
「ゴアァァァァ………!!!」




