襲撃
翌朝。
といっても気持ち良く寝た訳じゃない。
三人とも寝ていても頭は、起きている。
敵の気配が遠くサバンナの灌木に触れた瞬間に目が覚める。
いわゆる虎の眠りだ。
(あ~っ!
………寝てんじゃねえか、このカス野郎ォ!!)
夜桜は、十太郎が頭の中で寝ているのに気付いた。
相棒は、気持ち良さそうに丸くなっている。
頭の中の話だが。
(口とチンポだけ一丁前!
私がいなきゃテメーは、マジでカスだよ!!)
と言いつつも十太郎の代わりに身体の主導権を握る。
最近、十太郎に譲ってばかりいる。
あいつも自分の成長が楽しい時期だろう。
夜桜も後方彼女面で十太郎を見守っている。
(ひゃっひゃっひゃ…。
私が育てた十太郎が育っとる………。)
夜桜は、ニヤニヤしながら土虫を山盛りで頬張った。
余談だが、この土虫。
人喰いスカラベの幼虫であり、成虫になるとゴブリンや旅人襲う。
故に旅人や隊商の通り道で繁殖し、彼らの食料にもなる。
まさに食うか食われるかだ。
さて、この時点で気配がした。
予感があった。
「どう、よく眠れた?」
夜桜は、高橋、高本に声をかける。
「………いる?」
高本が厳しい表情で、しかし相手に悟られぬよう声を殺して訊いた。
夜桜がコントロールする十太郎は、本人が絶対にしない冷酷な顔を作る。
そして静かに答えた。
「ああ。」
西岡ボーイが時折、見せる凍った三日月のような仄暗い瞳。
これは、綾瀬クランのメンバーも知っていた。
だが彼の中に、もう一人いることを知る者は、少ない。
黒武夜桜という女子高生だ。
休憩地点を出る三人。
何気なく歩く彼女たちだが、敵の気配を探っている。
やがて平原のある場所で戦闘が始まった。
朽ち果てたガレオン船の残骸。
それは、遮蔽物のないサバンナで身を隠すことができる。
「ブチ殺せー!!」
まず一人がご丁寧に号令をかけた。
「しゃーあああッ!」
「やれー!」
「へっへ、ぶっ殺せ!!」
三人の背後からも数人が飛び出す。
さっきの野営地から着いて来ていた奴らだ。
酷い斥候だ。
彼らの仕業で夜桜たちは、襲撃を予見できた。
「綾瀬クランのメンバーだな!?
欲しいのは、装備、金だ!!
逃げ出すのなら手心をきょッッッ!?」
頭の目出度い男子生徒が頭ナシになった。
手を万歳して膝から崩れ、ガレオン船の上から滑り落ちる。
《ナイト》に遠距離攻撃がない訳ではない。
抜かりなくボウガンを高本が準備していた。
早くも失敗した襲撃計画。
襲撃者のリーダーらしい男子が顔を強張らせる。
「流石に戦力が違う…。
だが数は、こっちが上だ!!
行けぇ!!」
と焦りに震える唇で命令した。
仲間たちも武器を握り直し、十太郎たちを睨み付ける。
「チッ、こうなったら容赦はしねえ…!
殺す前に可愛がってやるじぇえッ!?」
次のマヌケを夜桜が棍棒で撲殺した。
《プリースト》は、侮れない打撃力を持つ。
特に低レベル帯という環境では、職業ごとの差が現れない。
パラ上昇を重ねることで能力値に特長、差が出るからだ。
「数で囲めばどうにかなると思ってるのか?
おめでたい連中だぜ。」
夜桜は、侮蔑を込めて敵を挑発した。
PKヘヴン。
この落ちこぼれ集団は、一大お邪魔クランとなっている。
数を武器に先頭集団と争おうとしていた。
人数は、そのまま戦力となる。
しかし同時に装備の調達、様々な場面で出費が重なる。
その非効率さは、岩戸が憎悪と共に低く評価していた。
しかし現状、真面目に活動する生徒より成果を出していた。
こうして現に先頭集団の次にまで進出している。
「侮りがたいな。
いや、それだけ他の連中を食ってるってことか。」
高橋が2、3人斬り捨てて一息ついた。
既に対人戦のコツを掴んでいる。
PKヘヴンの連中より手練れだ。
「キリがないっていうか増えてる!?」
ボウガンとロングソードの両手持ちで高本が忙しそうに立ち回る。
夜桜以外の援護なら、こう楽に仕事させて貰えないだろう。
もっとも彼女は、そこに気付いていないだろうが。
「ああ~。
本当にテメーら、学習能力ねえな。
学習能力のある相手に学習能力ねえ奴が勝てるかァ!?」
夜桜も動き難い十太郎の身体で敵を捌く。
一撃で倒せないのがもどかしい。
(うわ、ごめん。
寝てた……本気で。)
十太郎がようやく目を覚ました。
(ちょっと忙しいから私がやっとく。
お前は、そこで見てろ。)
夜桜の活躍あってPKヘヴンの襲撃を乗り切る。
三人は、死体から金貨を剥ぎ取って回収した。
心的被害に対する慰謝料だ。
「装備は、どれもカスだな。」
十太郎が吐き捨てるように言った。
「そりゃ、失敗すれば全損だからね。
しかもこの芸のないワンパだもん。」
そういって高本は、十太郎の肩に顔を寄せた。
「援護、ありがとう。」
「どうも。」
十太郎は、顔を赤くして恥ずかしそうに苦笑いする。
高本もそんな十太郎を面白がっていた。
しかしこの襲撃は、予定にない行動を引き起こさせた。
ここで1時間近く足止めされることはスケジュールを圧迫する。
「うっわ。
次の砂嵐が迫ってるじゃん。」
高本がスマホを確認する。
予報は、砂嵐(90%)になっていた。
「考えたな。
これなら相打ち覚悟で…。」
低い声で夜桜が呟いた。
十太郎がビックリした小鳥のように叫ぶ。
「え!?
あいつら、俺たちを砂嵐で仕留めるために!?」
急に大声を上げる十太郎に高橋と高本が目を丸くした。
だが彼の言葉は、苦い思いを一滴垂らした。
勝とうと負けようとPKヘヴンは、装備を回収し、自分たちも仕留める。
そんなつもりだとすれば、この勝利もぬか喜びだ。
「このガレオン船で砂嵐を避ける?」
高橋が提案する。
しかし十太郎は、首を横に振った。
「ここに奴らが来るなら逃げないと。」
おそらく必勝を期して数を揃えたはずだ。
男の自分はともかく女子二人は、どんな酷い目に会うか。
ゾッとした。
「でも、ここ以外でどこに!?」
昨晩、寝泊まりした場所には、時間的に厳しい。
もう戻るには、時間が足りないだろう。
あるいは、あそこにもPKヘヴンが待ち構えているかも知れない。
「……次の休憩地点も抑えられてたら。」
広大なサバンナは、一見、開かれた大地に見える。
しかし実際は、オアシスと砂嵐でルートが限定された閉鎖空間だ。
十太郎たち三人は、前後を挟まれて敵に囲まれた。
「あと1時間で……。
どうしたら良い?」
「おーい!
おーい!!」
途方に暮れる三人の頭上から声がした。
三人が一斉に見上げると大鷲が女子高生を乗せて旋回している。
《フェニックスライダー》だ。
「しゃしゃしゃー!
お困りのようでございますね。
私、安藤聖夏っていいまーす!!」
褐色の肌、耳やヘソに大きなピアス、派手な髪カラーリングの黒ギャルだ。
こういう露出や見た目の派手さも男をクランに誘う重要な要素だが。
「………知ってるよ。
ネットのアイドルでしょ?」
高本が聖夏にウンザリしたようにいった。
動画投稿サイトで一部、熱烈な人気を誇る噂を聞いていた。
高本も一応、まだボウガンを下ろしている。
だが攻撃の気配を見せれば遠慮なく撃墜させるつもりだ。
もっとも相手は、自信があるのだろう。
馬上の利、ならぬ大鷹の利で自分一人で三人を殲滅できると。
「三人で金貨20ポンドでどう!?
あー、できればドゥカティ金貨ね。
粗悪なダラス金貨は、お断りだよっ!」
20ポンドは、約9kgに相当する。
ドゥカティ金貨が純金じゃ無いにしろ都合、数百万円に値する。
「はあ!?
撃墜するぞー!?」
高本がボウガンを構える。
しかし自信はない。
相手は鎧で守られてるし、空戦の経験が自分にはない。
「じょーだん!!
ねえ、助かりたければ着いて来て!!」
聖夏は、笑いながら手を振る。
こうしてる間も時間は、刻々と消費されている。
「条件がある!」
スマホを睨んでいた高橋が叫んだ。
「もっと降りて来い!
助けるつもりなら…!!」
「はーいはーい、はーいはーい。
絶対に撃たないでよーっ。」
聖夏は、徐々に高度を下げ、顔が見えるぐらいの高度に降りて来た。
「じゃあ、行こうか。」
「どこに?」
十太郎が訊く。
聖夏は、意味深な笑みを浮かべた。
「しゃしゃしゃっ。
………信じる者は、救われる。
なぁ~んてね。」