幽撃倶楽部
学校生活は、不穏なものになった。
4組の永井は、十太郎を見ると余所余所しく顔を伏せる。
これまで面識もなかったが、その変化は、著しい。
他にも昨日とは、違う淀んだ雰囲気をあちこちに感じた。
なんだが仲の良さそうだった連中が皆、余所余所しい。
空気がトゲトゲしている。
(どうやら私たち以外にも結構、あの異世界に行ってるみたいね。)
夜桜が顎を掌に乗せ、気怠そうに頭の中で言った。
(まあ、あんな血腥い世界だもん。
友情破壊ゲームみたいなことになるわ。)
(良かった。
友達いなくて。)
十太郎は、疲れ切った顔で大きな溜め息を吐く。
それでいいのか。
でも良かった。
葉月の性格なら、あんなことがあったら明るくしてないだろう。
きっとあの世界には、行ってないに違いない。
───数年ぶりに会った幼馴染の何が分かる?
「こんにちわー。」
不意に誰かに声をかけられた。
十太郎が振り返ると見たことのない顔がそこにある。
知らない眼鏡女子だ。
着てるのも白いセーラー服で春風の制服じゃない。
「初めましてー。
幽霊の”幽”に撃つで幽撃倶楽部って言いまーす。」
彼女の自信に満ちた顔は、それなりに整っていた。
センスが良いのか学生服なのに、なんとなく決まって見える。
プロポーションも抜群で、スラッと長い脚は、引き締まっている。
「はあ。」
十太郎は、困った様子で頭を下げる。
眼鏡女子は、スマホをこちらに向けた。
ネット最大手のオンライン動画投降共有プラットフォーム。
”ユーチャンネル”だ。
その幽撃倶楽部という動画配信ページがスマホに写っている。
”×島県に恐怖のヒバゴンを見た!”
”激写!神〇川県のぼんぼんサメ!!”
”伊香保温泉獣人の結婚式”
昭和のニュース番組を想起させる書体。
敢えて作り込まれたチープな雰囲気が面白い。
どうやら何人かの学生が集まって作ったニュース番組らしい。
内容は、怪奇現象とかUFOとかクトゥルフ神話とか。
そういう他愛もない趣味的なもので政治性は、全くない。
「で、君は?」
「鳥剣高校のォ…流川鳩巣って言いまーす。」
見ると制服の校章ワッペンに”鳥剣”と書かれていた。
商業科があってプログラミングとかネットとかに力を入れてる高校だ。
でも確か府外の高校だったような。
わざわざ取材にやって来たってことか。
「取材がしたいんですけどー。
お時間宜しいでしょうか?」
そう言って鳩巣は、両手を顔の前で合わせ、頭を下げた。
十太郎が嫌そうな顔をすると
「お昼ご飯、おごるよ?」
といって鳩巣は、引き下がらない。
でも
「………弁当だから。」
と十太郎が答える。
すると
「じゃあ……。」
鳩巣は、素早く十太郎にすり寄った。
そして胸を押し付け、男の物に彼女の脚が触れる。
十太郎は、思わずギョッとした。
「取材…させてください。」
そう、とびっきりの媚態で甘く囁いた。
熱っぽい表情で鳩巣が十太郎の顔を覗き込む。
観念したように十太郎は、怒鳴った。
「わ、分かりましたッ!」
素早く鳩巣は、十太郎から離れる。
「ありがとうございまーす!」
二人は、とりあえず校外の近くにある鉄道橋の下のトンネルに移動する。
桁橋の下を車が1台通れるだけの細い道だ。
南北向きで1日中、陽が指さずコンクリートの壁が冷たい。
トンネルの中で十太郎と鳩巣は、乱れた制服を直す。
(う~ん……。
どこでそんな噂が流れたんだろう。)
十太郎は、胃が痛くなって来た。
(ひゃっひゃっひゃっ!
噂のデカチン男子高校生を追うってぇ…。
ひゃっひゃっひゃっ!!)
夜桜は、涙を流して大笑いだ。
十太郎は、ますます顔を赤くする。
(ああ~。
怪奇!頭に女の子が住んでる男子高校生じゃなくて良かっただろ?
ついでにセッ…。)
「あの…っ!
これのどこが怪奇現象なんですかッ?」
顔を赤くした十太郎が鳩巣に苦言を呈した。
ついでに夜桜の言葉を遮って。
「珍しい映像なら良いんですよ。
もう、バッチリ不思議でしたし!」
そう言ってスマホで撮った十太郎のチンコの写真を見せる。
確かに今世紀最大の謎と銘打つだけのことはある。
「か、顔は、写さないで下さいね!!」
十太郎が念を押した。
鳩巣もそこは、しっかり請け負った。
「はいはい、勿論です。
ほら、伝説の巨大ナマズを追え、みたいな感じですよ。
大きいモノシリーズっていうか…。」
といって鳩巣は、眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
十太郎は、呆れつつも一応は、彼女を信じて安心した。
「じゃあ、これで…。」
それだけ言って十太郎は、学校に戻ろうとする。
「あっ!
待って!!
ここからが本題なんですけどー!」
背を向けて学校に戻ろうとした十太郎を鳩巣が呼び止める。
「ええっ?」
まだ何かあるの?
といった顔で十太郎は、振り返った。
「《スケロスの窖》について。」
そう言った鳩巣の表情は、意味深に妖しく微笑んでいる。
十太郎も急に目が覚めた思いがした。
何か知っているのか。
あの異世界について…。
「《スケロスの窖》?
………それも都市伝説か何か?」
「ウチのチャンネルで特集してるんで。
チャンネル登録と応援をよろしく!!」
「ふざけてるの?」
十太郎が拳を腰について眉をつり上げた。
幾ら彼でも我慢の限界がある。
「まーまー。
金属製の封筒を見つけた高校生が不思議な体験をする!
…っていう複数の情報提供がありましてー。」
「………君は?」
「ご想像にお任せしますぅ。」
鳩巣は、そう言って両掌を上に向けて首を振った。
疲れたように十太郎も首を振る。
「あの異世界について知ってるの?
《スケロスの窖》って名前は、誰に聞いたの?」
「そこは、割と簡単なんです。」
鳩巣は、スマホを操作する。
「本年度、春風高校が購入させた英語の教科書は、森瀬堂が作ったモンです。」
別にごく普通の英語の教科書だ。
春風高校以外の多くの高校も生徒に買わせている。
「その………ここ。
21ページ、英語の詩を訳してみよう…。
これが問題のスケロスの詩ですね?」
鳩巣のスマホに教科書の1ページが写された。
十太郎も使っている教科書で、まさに問題のページだ。
「うん。」
十太郎もそれを確認して頷いた。
鳩巣は、次の画像を見せて説明を進める。
「これのオリジナルは、アメリカのミスカトニック大学にあります。
ああ、ミスカトニック大学っていうのは、オカルト分野の名門で…。
これ、エイボンの書と呼ばれる呪文書の断片です。」
鳩巣は、ボロボロの羊皮紙とその解析画像を見せてくれた。
眼を細くして十太郎は、画面を睨んだ。
「………読めない。」
書かれているのは、ラテン語とフランス語。
繰り返しエイボンの書の翻訳作業で作られた手稿と写本の一部だ。
超古代のハイパーボリア語に挑んだ学者たちの苦労が偲ばれる。
「これが《スケロスの窖》に誘う呪文らしいんですね。
…言語に関わらず、自分で翻訳して発声することが発動キーになってます。
コピーでも呪文として発現するところがスケロス大師も手が込んでる…。」
語り出すと止まらない饒舌な鳩巣は、勝手に感動している。
夜桜は、鼻で笑っていた。
「井戸っていうか…。
……普通にサバンナみたいな場所だったけど?」
十太郎がそういうと鳩巣が目を輝かせた。
「おっ。
詳しく話してくれますか?」
いまさら隠してもしょうがないんだけど。
簡単にペラペラ話すのは、癪に障る。
そう思って十太郎は、話題を逸らした。
「で、なんで井戸っていうの?」
「ふふん。
……伝説では、深い縦穴だってことになってるんです。
スケロスが叡智を納めた深いダンジョンだって。
謎の象形文字が刻まれた黄金が蓄えられた窖。
その穴は、異形の魔物たちが守っている……。
西の果てにある伝説の島に、その入り口が。」
「でも実際は、違った…。」
十太郎がそう言うと鳩巣は、パチンと指を鳴らした。
「あるいは、その異世界に。
そのどこかに《スケロスの窖》は、あるのかも知れませんね。」
二人の言葉が途切れた。
春の穏やかな空気だけが電車に千切られて風になる。
「………穴ねえ。
それを見つけるのが目的ってことなのかな。」
「さあ。
我々、幽撃倶楽部は、森瀬堂を調べています。
なぜ、あの詩を教科書に載せたのか…。」
「また何かあったら教えてよ。」
話題が途切れた所で二人は、別れた。
十太郎は、学校に戻らないとならない。
(このままフケちまおうぜ。)
夜桜が欠伸を噛み殺しながらいった。
十太郎は、苦笑いして答える。
(だったらお前だけそうするか?
俺から離れて。)
(おー。
じゃあ、ちょっと散歩でもするかよ。)
十太郎の背中から夜桜が出てくる。
着ているのは、学生服じゃなく私服だ。
今日は、割と大人しめの服装になっている。
前は、ほとんど裸みたいでアクセサリーがジャラジャラしていた。
十太郎は、思わず鼻白んで目を尖らせたものだ。
「あーっ。
映画でも見に行くかーっ。」
それだけ言って夜桜は、大きくジャンプする。
あっという間に空に浮かぶ小さな点になった。
異能の高校生が死闘を演じ、番長や生徒会が社会を支配する。
そんな90年代の小説みたいな世界が彼女の故郷だ。
この平凡な世界は、退屈なのだろう。
十太郎が死ぬと夜桜も死ぬ。
これは、降霊術で悪霊が宿った場合の非常手段だった。
以降、夜桜は十太郎に危険が起こらないよう合体した状態で過ごしている。
だがここは、異能の高校生も妖怪も宇宙人も襲ってこない。
常に張り付いている必要はないのだ。
それでも一緒にいるのは、夜桜も十太郎が好きだからだろう。




