クラン追放
「西岡君。
君には、出て行って貰う。」
クラン追放!
ガーンだな。
十太郎は、青褪めて目を開いた。
まったく身に覚えがない。
「え?
………俺、何か不味いことした?」
十太郎は、岩戸に恐れながら問いただした。
追い出されるようなヘマをした覚えは全くない。
岩戸は、冷然と吐き捨てるように答える。
「いや、まだ何も。」
含みのある言い方だ。
つまり何かした訳ではないことは、認めるという。
「もちろん悪いと思っている。
西岡君に声をかけ、クランに勧誘したのは、俺だ。」
「じゃあ…。」
すっかり膝まで震わせて十太郎は、後ろの椅子に倒れ込んだ。
岩戸は、いった。
「何も聞かずに出て行ってくれ。
不快な思いをするだけだろう。
これは、君以外の皆と話し合った結果だ。」
「嫌だ…。
ちゃんと聞かせてくれっ!」
そう十太郎は、喘ぐようにいった。
岩戸は、呆れたのか困ったのか首を傾げて目線を泳がせる。
しかし結局は、白状した。
「……言いたくなかったが。
君は、春風高校だったっけ?」
「うん。」
「偏差値は、56だったよね?」
いったい何の話だ。
十太郎は、ピンと来なかった。
岩戸は、何を言いたい。
「神野高校の偏差値は、72だ。」
岩戸泰臣。
クラス:『ナイト』 Lv13
───神野高校 偏差値:72
乙倉主水。
クラス:『マージ』 Lv14
───森園高校 偏差値:69
中野博雄。
クラス:『プリースト』 Lv11
───聖ポーリン高校 偏差値:73
宗像清彦。
クラス:『ホプリタイ』 Lv10
───聖星高校 偏差値:70
藤田伊織。
クラス:『アーチャー』 Lv14
───乗松大学付属高校 偏差値:71
西岡十太郎
クラス:『プリースト』 Lv13
───春風高校 偏差値:56
「フツーの高校だ。
君以外は皆、有名進学校なんだよ。」
「そ、それが何?」
もう十太郎自身、何もかも察している。
だが震える声で確かめずにはいられなかった。
岩戸も全てを承知で答える。
「何って。
君のこれまでの人生の成果だろ?」
他の4人は、同じ場所にいながら一言もなかった。
笑いもせず、擁護も批難もしない。
ただ当然の出来事として受け止めている。
そう。
学歴で人格を否定されるのは、現代人にとって何も特別なことではない。
「君は、よくやっている。
何も失敗はない。
だが君の偏差値を考えると、この先に何か起こりそうなんだ。」
岩戸は、そう話しながら目線を乙倉に向ける。
彼女の高校の偏差値は、69だ。
「もちろん偏差値が全てとは言わない。
乙倉さんは、森園でトップ成績だ。
君は、春風の中でさえトップ順位に食い込んでないな。」
「そ、そんなの関係ないんじゃ?」
「人種が違うという話をしてるんだ。
君は、僕らと違って怠慢で努力が足らなそうだ。
アホ高校の連中って危機感がなさそうだしね。」
いよいよ岩戸の言動にも容赦が無くなって来た。
「《プリースト》が被ってるのも関係ない。
二人いれば安定感があるのは、立証済みだ。
だから《クラスチェンジ》すればどうこうって話でもない。」
岩戸は、そう言って中野に目線をやった。
中野と十太郎は、同じ《プリースト》、回復役だ。
これまでダブル回復役でPTは、危な気ない活動を見せている。
「宗像君のレベルが低いけど、これは動きの鈍い盾役だからね。
彼は、彼の役割を果たしてるから問題ないと評価してる。」
宗像は、《ホプリタイ》という大盾を装備する職業だ。
敵に囲まれた時、一部の敵を食い止める。
見ての通り、乙倉や藤田のような遠距離攻撃を主とする場合、攻撃の機会が多い。
彼女たちのレベルが高いのは、それを含めての成果だ。
逆に宗像は、必然的に敵を倒すことが少なく、経験値の割を食っていた。
これをクランは、彼自身の失点と考えない方針だ。
これは、十太郎も了解している。
「今後、君に代わる《プリースト》を探すつもりでいる。」
「じゃあ、見つかるまで…。」
「そんなの辛いだけだろ。
…何なら君を受け入れてくれるクランを探そうか?」
岩戸の表情は、凍り付いている。
とても好意的に協力しようという顔じゃない。
十太郎は、観念するしかなかった。
項垂れる十太郎に岩戸は、告げる。
「今あるクランの資金の1/6を渡そう。
装備やアイテムもそのまま持って行ってくれて構わない。」
十太郎は、岩戸たちと別れた。
しかしアテはある。
「おーっほっほっほ。」
絵に描いたような金髪縦ロールのお嬢様。
徳川龍外。
俗に徳川クランと呼ばれる冒険者グループのリーダーだ。
「答えは、ノーですわ。」
「ええ?
まだ入ってもないのに…。」
十太郎は、龍外に手を合わせて頭を下げる。
「俺のレベルで見合ってない!?
ねえ、これじゃ街からも出られないよ!!」
「だって貴方は、庶民じゃないですの。」
龍外は、あっさりとそういって十太郎を切り捨てた。
十太郎にして見れば悪夢の再演である。
「予のクランは、上流階級の子弟のみ!
公家の末裔、大名の子孫、大企業の子息!!
そこへ行くと貴方は、完全な庶民じゃありませんこと!?」
「それ、冒険者に関係ある?」
怨みったらしそうに十太郎は、口を尖らせる。
龍外は、黄金の髪の房を指で遊ばせながら眉をつり上げた。
「だって身分が違う貴方と一緒に居ても空気が悪くなりますわ。
住んでる世界が違うんですもの。」
人種の次は、身分か。
十太郎は、歯軋りしたくなる思いがした。
「貴方だって予たちの会話を聞いても不愉快でしょ?
おーっほっほっほっほ!!」
「………親の金のくせに。」
流石に十太郎も毒づいた。
すると奥の男子がニヤニヤと笑った。
「お前の親は、泡みたいにどっかから湧いて来たのか?
今まで何やってたんだ、お前の先祖は。」
こうして追い出されるように徳川クランの利用するホテルを後にする。
外は、眩しい太陽がガンガンと照り続けていた。
ナツメヤシ、サボテン、ソテツ、バナナの木。
南国の植物が通りに溢れ、ターバンを巻いた現地民が往来する。
ここで日本の学生は、よく目立った。
「すいません!」
十太郎が馬車を止める。
馭者の遊牧民が首を伸ばして返事した。
「どこまで?」
「カラヤン酒店まで。」
短いやり取りで十太郎は、馬車に乗り込む。
僧侶が広く愛用する鉄の棍棒を握って揺られること20分。
目的地に到着する。
「ありがとう。」
十太郎は、革袋から金貨を出して馭者に投げる。
男は、見事に上着のポケットでキャッチして次の客を待った。
「はっはっはっはっはっは!!!
冗談を言っちゃいけないよボーイ!!!」
筋肉ムキムキの男子高校生が白い歯を見せて笑う。
この歯並びこそ、アスリートのアスリートたる力の根源だ。
「徳川さんに断られてから、ここォ!?
やるねえ!!!」
と綾瀬愛直は、豪快に笑って見せる。
十太郎は、申し訳なさそうに頼み込んだ。
「今、シャディザールまで進んでるクランは、3つだけ。
ここを断られたら俺は、街から出られないよ。
せめて前の街に戻る…その……あれ…とか。」
「う~ん。」
綾瀬は、腕組みして考えていた。
「知っての通り。
青柳は、1年にして東洋立国高校の4番でピッチャー。
高橋は、バレー。
大暮は、水泳選手。
相田は、柔道。
高本は、陸上選手。
………君は?」
綾瀬は、顎を親指でなぞりながら意味ありげな目線を十太郎に向けた。
困った顔で十太郎は、事実を答えるしかない。
「帰宅部。」
「はっはっはっはっはっは!!!
冗談を言っちゃいけないよボーイ!!!」
綾瀬は、心底笑いが止まらないのだろう。
腹を抱えて大理石の床に転げ落ちた。
「岩戸は、キザな奴だよな。
でもこれまでの行いで評価って分かるだろ?」
「でも、それは勉強やスポーツで………。
俺たちは今、異世界にいるんだし。」
「それ、俺らのこれまで馬鹿にしてる?
舐めてる?」
綾瀬は、ちょっとムカッとしたように微笑んだ。
十太郎もそこは、言い返せない。
ただの高校生とスーパー高校生たち。
現に彼ら超人的な高校生は、他のクランを引き離してここに到達した。
「正直、評価してるよ。
だってここまで来られたんだもん。」
綾瀬は、そういって飲み物を勧めた。
十太郎は、杯を受け取って飲み干す。
「でもさ。
………雰囲気、良い訳じゃないんだよね。」
そう話す綾瀬の表情は、暗い。
「俺たちは、実力とか経歴で相手見て集まった訳じゃん。
目的意識っていうか体育会系は、慣れてるけど。
西岡ボーイは、そんなの愉しい?」
それは、努力する人間の切なる本音だった。
勝つために努力し、時には仲間を利用し、切り捨てる。
それは、自分が楽しくスポーツするという目的から乖離していた。
「徳川さんたちは、怖いよ。
子供の頃から人に見られて、そういうの平気なんだもん。
……前に一緒にいて気持ち悪かったし。」
想像に難しくない。
彼女たちの生まれ落ちた所は、金と権力が渦巻いている。
そこは、眩しく飾られているが毒蛇の巣穴でもある。
「異世界は、確かにこれまでと違うよォ~?
でもこれまでと同じようなこともあるでしょ。
早い話、ギスった時、西岡ボーイ耐えられないと思う。」
綾瀬は、問うていた。
これまで出来なかった事がこれからできると思うかと。
自分は、変われるのかと。
それができれば現実でとっくに結果が伸びてるハズだと。
「……帰るよ。」
諦めた十太郎は、席を立った。
「どこへ?」
綾瀬が猫のように背を伸ばしながら十太郎の背中に言った。
「前の街まで戻れそうにないって自分でいったじゃん。」
「………。」
前の街まで送ってくれ。
ここまで馬鹿にされて、そう頼めるのは、確かに心強いだろう。
そして十太郎は、そこまで心が強くない。
「たーかーはーしー。
たーかーもーとー。」
綾瀬が声をあげると奥から二人の女子高生が出てくる。
二人とも鎧を着け、剣と盾で武装している。
常にトレーニングを欠かさないのだろう。
”敵”を倒さない限り、経験値は入らない。
レベルアップやパラ上昇もない。
だが身体を動かす勘を養い、不測の事態を避けるためだ。
岩戸は、冷笑していたが綾瀬は、この取り組みを重要視していた。
「西岡ボーイ、クビになったって。」
綾瀬が言うと高橋、高本は、苦笑いする。
「やっぱ、そういう話ィ?」
「うっわ。
やっぱ岩戸は、カスいわ。」
綾瀬クランは、青柳一人が《アーチャー》で他は《ナイト》だ。
超攻撃力PTを目指しているが岩戸は、冷笑している。
どう考えても効率が良いと思えない。
しかし全員が同じだからこそ対抗意識が湧く。
そして互いに気付いた点を指摘し合い、ノウハウを共有する。
これが綾瀬の考えた戦略だった。
「ちょいカズラクまで送ってやって。
一人じゃ無理でしょ?」
「ちょっと良い人アピール?」
高橋が綾瀬の肩を叩いた。
高本は、さっさと出立の準備を進めている。
「あ、金出すよ。」
十太郎は、革袋に手を着ける。
本意じゃないが思わぬ収入で懐は、温かい。
「じゃあ、全部貰っちゃおうか?」
綾瀬が意地悪な笑いを浮かべていった。
高橋もゲラゲラ笑う。
「西岡ボーイ、揶揄ったら可哀想でしょ?
今、捨て犬みたいなメンタルでブルってる最中なんだし。」
と三人分の食料をまとめた高本がいう。
シャディザールからカズラクまで4日間の道程だ。
「じゃあ、西岡ボーイ。
早く新しいクランがOKくれると良いね。」
綾瀬は、割と本心でそう言っている感じがした。
もちろん演技もスポーツ選手のテクニックだ。
疲れてる時、きつい時、顔に出すことはない。
死にかけた顔をして相手を平然と刺す。
それぐらい出来なければ一流じゃない。
まず戦士である前に表現者たれ。
それが綾瀬の父でボクシング、ヘビー級チャンピオンの綾瀬秀愛の教育方針だ。