父の手帳
今回はラニー視点のお話です。時間軸としては、リディーたちと出会う少し前の話になりました。感想、レビュー、待ってます。
「さっきから何を探しているんだい?」
「うん、ちょっとね、あっ、あったあった。」
「ずいぶんと古い革の手帳だね…これは?」
「父さんの仕事手帳、久しぶりに読んでみたくて!」
私の父は仕事一筋の人だった。病弱だった母の面倒もみずに、休みの日でも農園に通う…そんな父が私は嫌いだった。
「お母さん、今日体調悪いって…お父さん…今日ぐらいは…。」
「すまない、あと少しで花が咲きそうなんだ。」
「何で…お父さん。」と泣きながら訴える私を残して、父は農園に出掛けた。母がなくなったのは、それから数時間後だった。
「父さんは…仕事しかなかったから…。」
ペラペラと手帳をめくりながら私がそう言うと、そばで見ていた夫が私の手を止めた。
「ちょっと待って…これって…。」
「?」
「これって…魔術具じゃないか?」
「どういうこと?」
「この前、古書店を営むピエールに聞いたんだ、昔は内容隠せる手帳があったんだって、この前見せてもらったものにそっくり…。」
「でも、父がなくなったあとそんな文字は一度も…」
「ピエールに聞いてみる。」と夫は自分の杖を取り出し水瓶に向かって呪文を唱えた。
「ラターナフォンテーヌ」その瞬間水瓶が白く濁り始め、真っ白になったかと思うと、ピカっと光が輝きピエールの古書店を写し出した。
「ピエール、ピエール。」
「なんだ、お前か…」
「ああ、急にすまない。」
「緊急連絡用の水瓶が動いたから何かあったのかと…。」
「それが……この前お前が言って言っていた手帳ってこれか?」
「お前っ、それどこで…」
「ラニーの親父さんのだ。文字が隠れっているって言ったけど…」
「その手帳は見せたくないものだけ隠せるんだよ。書いた人が設定した合言葉があれば文字が浮き出てくるはずだ。」
「合言葉か…それ知ることができないのか?」
「無理だな、特殊な魔法がかけてあるから…だから貴重な品物なんだ。」
「そうか…ありがとう。」そう言うと、フーゴは水瓶からはなれた。
「どうだった?」
「合言葉が必要なんだって…何か心あたりある?」
「うーん…」と悩みながら私は、自分の杖を取り出した。
「ロゼ」
「何もおきないな…。」
「ラニー、カターナ」
「……」(母さんの名前でも、私の名前でもない…。)
それから、いくつか思い付く言葉を試したが、文字は浮かび上がらなかった。
「もうダメかも…思い付くものがもう無いし…。」
「……エレーナの花、エレーナの花は?」
「エレーナの花…?何で?」
「お義母の生まれ故郷にエレーナの花畑があったってお義父が…。」
(そんな…家族を大切にしてこなかった父さんが…)
「エレーナ…。」
すると手帳が小刻みに震え、黒い文字が浮かび上がってきた。
「……!」
「これは…!」
そこに、かかれていたのは…私と母さんのことがかかれていた。
〔5月5日今日、ラニーが歩いた…一生懸命こちらを目指して…、カターナの体調が優れない…とても心配だ。〕
〔9月、ラニーが風邪をひいた、熱がなかなかひかず…心配。〕
何年もある膨大な手帳の中に、母の命日の記述があった。
(これは、あのときの…)
〔昨日、カターナと話し合った。苦しんで死ぬ姿は見せたくないと…の…こと…何もできないのか…〕と書いてある字は乱れて読みにくく、所々にじんでいた。
(父さん…。)
「昔、お義父に聞いたんだ…何でこんなに仕事に打ち込めるのかって…。」
「…」
「好きな人があなたの仕事をしている姿が好きだと言ってたからだって…。」
「それって…。」
昔、母さんに同じことを聞いた。
「父さんのどこがいいの?」
「仕事をしているときの楽しそうな横顔…」
「母さん…、父さんも互いに惹かれあっていた…。」
「そうじゃないのかな…たぶん」
(私は、父さんに愛されていたのかな?)
ずっと父に愛されていないと思っていたから、父には死ぬ間際までつらくあたってしまった。
「ごめんね…父さん…。」といって手帳を閉じた。