99.辿り着く先
フレアの宣布は無事に終わり、表向きには何事も起きてない状況のままで――けれど、やっぱりそのままで行くなんてことはあり得なかった。
まず、フレアを狙ったとして五大貴族に数えられるクルヴァロン家とアールワイン家の当主、ネルヘッタ・クルヴァロンとボリヴィエ・アールワインはすぐに捕縛されることになった。
ネルヘッタは抵抗することなく、静かに己のしたことを認めたという。
一方、ボリヴィエは雇った私兵を使って王国軍に対抗したそうだが、敗走――最終的には捕まったという。
クルヴァロンとアールワインはいずれも王国内では知らぬ者などいない大貴族で、彼ら側に立っていた者も少なくはない。
そうした協力者も含めてこれから洗い出されることになるだろうが、少なくともこの二名に対しては死罪となり、クルヴァロン家とアールワイン家はどちらも貴族の立場を追われる可能性は高い。
これによって、アーヴァント・リンヴルムに与していた者の多くを排除することも可能となるが――関わっている人物の多さやその地位から考えても、簡単に全てが終わるわけではないようだ。
また、リンヴルム王国の現国王であるオリヴィオ・リンヴルムも病に伏せていたが、つい先日のこと目を覚ましたとのことだが、娘であるフレアと少し会話をして、静かに眠りに就き――そのまま息を引き取ったという。
目を覚ました時の彼は、
「フレアよ……アーヴァントはどうしている?」
「……兄上は、王都にはおりません」
アーヴァントがしでかしたこと――すなわち、ルーテシアの暗殺計画については何も知らないのだ。
そして、フレアもその事実を知らせるつもりはなかった。
「そうか……。あやつは、どこまでも未熟な男だ……。わしももう長くは、ない。だから……次代の王は、お前に託すつもりでいる」
「! お父様……」
「フレアよ、このようなことを突然告げられて、困惑するかもしれんが……お主ならやれるとわしは信じている」
「はい、お任せください。わたくしは……王位を継ぐ決意はできております」
「ああ、よかった……お前から、その言葉が聞けて……」
――元より、オリヴィオはアーヴァントが王位には相応しくない、と考えていたのだろう。
彼が病に倒れることがなければ、あるいはアーヴァントの事件も起こらなかったのかもしれない。
だが、フレアは死にゆく父に対して、全ての事実を伝えることはしなかった。
ここまで、リンヴルム王国のために生きてきたオリヴィオには、せめて安堵の気持ちを抱いたまま、安らかに眠ってほしい。
それが、フレアの願いだったからだ。
こうして、フレアの王位継承は確定的となった。
彼女の次代の王としての最初の仕事は、自身を狙った者達の糾弾――尋問を受けるのは、ハインである。
彼女は暗殺者の一人として、フレアを狙ったのだ。
どんな理由があろうと、王族の首に刃を突き立てるまでに至った彼女が、簡単に許されるはずもない。
ハインは――全てを正直に話した。
妹であるクーリのこと、フレアを狙った組織のこと。
ハインは『妹の病気を治すため』に組織――『魔究同盟』に協力していたという。
そして、妹であるクーリもまた、『姉を人質』としてある研究に力を貸すように言われていた――互いにその事実を知らないままに、脅される形となって、だ。
ハインはこの王国内にいる全ての組織の一員を把握しており、すぐに騎士団は彼らを捕らえるために動いた。
――だが、その情報を得た頃には、対象となる人間は全て姿を消していたのだ。
鍛冶屋の店主や、酒場の店員――日常の中に潜んでいた悪意は、フレアの暗殺失敗と共に忽然と。
中でも『七曜商会』の長であるキリク・ライファは商会長という立場で、大きな屋敷すら王都に所持しているほどであったが、そんな人物ですら証拠一つ残さずに行方をくらました。
そういうことができる人間なのだと、ハインは語っている。
――だから、組織から簡単に抜け出そうとはできなかったのだと。
一度、クーリと抜け出そうとした時、クーリは視力を奪われると同時に足の健を切られ、満足に動ける身体ではなくされてしまった。
自分ではなく、妹がひどい目に遭わされた事実がトラウマとなって、ハインは二度と組織から逃げ出そうとは考えなくなってしまったのだ。
「……だから、私の辿り着く先は、分かりきっているんですが」
一人、牢獄の中でハインは呟いた。
全ての事情を話して、同情を買うつもりもない。
これらが事実であったとしても、ハインがしたことは何も変わらない。
ルーテシアのメイドとしてやってきたのも、『魔究同盟』に命令されたことだ。
いざという時、この国の貴族を利用するために――だから、ハインは罰せられなければならない。
クーリは救われて、ルーテシアも無事だ。
面会は許されているし、ルーテシアに至っては何とかハインを牢獄から出すように頑張る、とまで言われているが――そこまで望むことはできない。
実際、フレアもハインの処罰を望んでいるわけではないようだが――王族が狙われた、という事実を簡単に許すべきではない、という貴族達からの声もある。
王国の権威の失墜に繋がる、というわけだ。
これに関しては、ハインも全く同意見であり、ルーテシアが変に弁明を続ければ、メイドとして雇っていた立場である以上、彼女の立場も危うくなりかねない。
――ルーテシアとクーリの二人が無事であったのなら、もはやハインにこれ以上のことはない。
「彼女には、感謝の言葉もありませんね……」
あの戦い以来、一度も姿を見せていない少女――シュリネ。
大怪我で入院しているとも聞いたが、彼女とは一度も顔を合わせられていない。
ハインにとっては、間違いなく恩人であり、これからどうなろうと、シュリネにだけはお礼の言葉を言いたい。
それが、今のハインの望みであった。
「ハイン・クレルダ」
牢獄の前にやってきた看守が、名を呼ぶ。
よく見れば看守長の姿もあり――さらには騎士も数名いた。
これほどの人数が牢獄にやってくる時は、罪状を決めるための裁判へ連行される時と、処刑の時だ。
受け入れていても、現実を目の当たりにすれば、冷静なハインであっても息を呑む。だが、
「今日、現時刻を以て――お前を釈放することになった」
「……は?」
その宣告を聞いて、ハインはただ驚きの声を上げることしかできなかった。




