96.成り果てた
少年は小さな村で生まれ、両親と妹の四人で共に暮らしていた。
身体は大きくはなかったが、特に喧嘩には滅法強く、拳での戦いなら負けなしだった。
「どうして、お兄ちゃんは喧嘩ばかりするの?」
「好きだからに決まってる。俺が強いって証明がしたいだけさ」
妹に問われても、少年は本心では答えなかった。
病弱で外にあまり出られない妹のために、少年は強くならなければならないと考えた。
強くなって、いつかは国を守る騎士になる――そうすればきっと、生活だって安定する。
そんな少年の夢は、呆気なく崩れ去った。
ほんの数時間、村の人間と一緒に狩りに出ていた時のこと。
村が魔物に襲われて、多くの者は逃げ出したようだが――少年の家族は、誰一人として助からなかったのだ。
「なんで」
問いかけても、誰も答えてはくれない。
特に珍しくもない不運――不幸な出来事で、村の人々は少年に同情し、優しく支えようとした。
けれど、優しさが人を救うとは限らない。
少年は昼夜問わず、魔物狩りをするようになった。
強くなろうとした理由を失ったから――強くある理由を欲したのだ。
ある日、少年は魔物に殺されかけた。
それが少年の限界で、もはや自身に生きる理由などないと悟った瞬間でもあった。だが、
「ねえ、あなた、戦う理由が欲しいのなら、私を守ってくださらない?」
月夜に照らされた美しく長い銀色の髪をなびかせた女性は、もはや風前の灯とも言える少年の前に立ち、そう口にする。
少年を殺そうとしていた魔物の姿はすでにない。
まるで夢でも見ているかのようだったが、紛れもない現実であった。
少年は、銀髪の女性の願いを聞き入れることにした。
何故だろう、似ているかどうかももはや分からないのに――妹の面影をその女性に見たからだ。
生き延びた少年はやがて成長し、青年となった。
身長も伸びて銀髪の女性よりも高くなり、彼女のために戦った。
銀髪の女性は狙われている――彼女は、この世に存在してはならないのだと、多くの者が言う。
ある日、銀髪の女性がその意味を教えてくれた。
「私はね、『吸血鬼』なの。正真正銘、本物の吸血鬼」
嘘ではない――彼女は本当のことを言っている。
けれど、彼女が何者であろうと、青年にとっては関係のないことであった。
生きる理由をもらったのだから、それだけで十分だ。
青年は彼女のために戦い続けた――だが、人間の身体には限界がある。
故に、青年は自らある選択をした。
それは――自らも吸血鬼となること。
青年には適性が皆無であり、間違いなく血を与えられても死ぬ。
そう助言されたが、青年に一切の迷いはなく、見事に奇跡を起こして見せた。
人の姿を捨て、獣のような姿を得た青年は、もはや人であった頃の記憶すら忘れ、吸血鬼の従順な下僕へと成り果てたのだ。
絶対的な力を以て、人間などまるで害虫を駆除するかのように簡単に葬り去る。
その生き方にもはや迷いはなく、堕ちた獣となった青年は、やがて強い相手と戦うことに楽しさを覚えるようになった。
ある日のこと、
「シュリネ・ハザクラ――もしも出会ったのなら、きっと君も楽しめると思うよ。彼女は私の次に強いからね」
青年が獣となって初めて敗れた相手から、そんな言葉を聞いた。
まだ十五に満たない少女らしいが、いずれ出会うことがあったのなら――吸血鬼の願いを叶える傍らに、青年はその力を存分に振るうと決める。
(……何だ、これは)
――もはや、覚えているはずもないほど昔のことが、鮮明に思い出されていく。
(ああ、そうか)
そこで、気が付いた。
これは自分自身の過去であり、遥か過去に記憶すら呼び起こすのは――走馬灯。




