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95.全てを懸ける

 大きな爆風に包まれ、ディグロスの姿を視認するのに時間がかかった。

 シュリネは目を瞑ると、溜め息を吐く。


「――ったく、こっちは結構大きな代償払ってるのにさ」

「グ、ウ、オオオオオオオオオオ……」


 ディグロスの右の腹部から胸の辺りにかけてまで、完全に吹き飛んだ状態だ。

 大きな傷口にはバチバチと黒色の閃光が走り、激しい出血を伴って片膝を突いている。

 常人であればまず助からない――そんな傷を負ってもなお、倒れてはいないのだ。

 口元から血を吐き出しながら両腕で身体を支え、 ディグロスは真っすぐシュリネを見据えた。

 シュリネの左腕は肘の辺りから先まで――完全に失った。

 呪法の発動の条件により、もはや原型は留めることなく、回復する術もない。

 対するディグロスは、あれほどの傷を負ったとしても死んでおらず、時間が経てばおそらく再生する。

 つまり、決着をつけるのなら今しかない。


「ウグッ、グゥウウウウウ……オノ、レ……ヤッテ、クレタナァ……」


 ディグロスが口を動かすたびに血反吐によって地面は真紅に染まっていく。

 見れば、大きく穴の開いた傷はまだ再生を始めていない――さすがに大きな代償を支払う呪法というところか。

 わずかな魔力で凄まじい威力を発揮し、呪いのようにそこに残り続けている。

 もう魔力は必要ない――シュリネは腰に下げた真紅の刃を持つ刀を抜き放つ。

 もはや常人であれば立つことはできないだろう怪我でも、ディグロスは真っすぐ立ってみせた。


「フッ、フッ、フゥウウ――シュリネェ……ハザクラァ……コムスメ、ガ……コロシテヤル、ゾ……!」

「随分とお怒りみたいだ――っと!」


 勢いのままに、ディグロスが右腕を振るう。

 シュリネは後方へと跳びそれを回避するが、ディグロスはそのまま力任せに腕を振りながら距離を詰めてきた。

 これほどの怪我を負いながら、なおも力強い動きは何も変わっていない。

 硬い地面でも殴れば粉砕されて、飛び散った石がシュリネの身体を傷つける。

 なるべく傷つかないように、などと無駄な動きをすることはない。

 致命傷になる一撃は避け、確実に仕留める隙を窺う。

 だが、時間がないのはシュリネも同じだ。

 弱った身体に、止血をしているとはいえ――自ら切断した左腕は、激しく動けば当然出血を伴う。

 時折、足元が覚束なくなるが、ディグロスの勢いは止まるどころか激しさを増していく。


(……キレてると思ったけど、考えなしに攻撃を仕掛けてるわけじゃないか……!)


 一撃でもまともにぶつかれば、助かったとしても行動は不能になるだろう。

 見る限り、ディグロスの使っていた『見えない打撃』は受けた傷の影響もあってか、発動できていない。

 回避を大きくしなくていい分、体力の消費は抑えられるが、遅かれ早かれ決着は数分以内にはつく。

 シュリネの狙いは首一つ――ひたすらに回避に徹し続ける。


「オオ……オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 雄叫びを上げながら、ディグロスは両の拳を乱暴に振り上げた。

 もはや当てるつもりもあるのか分からないほどだが、近づくことは容易ではない。


「はっ、はぁ……」


 呼吸は整わず、肩で息をする状態で、だんだんと視界も定まらなくなってきた。

 元よりこの場に立つこと自体、シュリネはかなり無理をしているのだ。

 たった一撃――シュリネが狙いを届かせるには、あまりに遠い。

 それは向こうも同じで、お互いに致命傷を負わせるために全力を尽くしている。

 ディグロスが跳躍し、勢いよく地面を叩き割った――シュリネはその揺れで足を取られ、バランスを崩す。

 ディグロスがそれを見逃すはずがなく、駆け出して距離を詰めた。

 大きく腕を振り上げるが、それはシュリネにとっても勝機――高く跳躍し、ディグロスの一撃を避ける。

 狙うは首元。切断するためには深く斬り込まなければならない。


「――ようやく、隙を見せたなぁ……!」

「!」


 その言葉、シュリネは目を見開いた。

 ディグロスはやはり、怒りに身を任せて正気を失っていたわけではない――拳を振り下ろさずに、上体を起こしてシュリネに向かって拳を放った。

 ――避けられない。

 瞬時に理解し、シュリネは空中での防御に徹した。

 気休め程度にしかならないが刃を立て、刀で防ぐ――瞬間、筆舌しがたい強力な一撃がシュリネを襲った。


「が、ぐぅ……!」


 シュリネの華奢な身体が宙を舞い、やがて地面へと叩きつけられる。

 勢いは止まらず、ゴロゴロと身体は回転して――やがて、石壁へと叩きつけられた。

 生きている――意識は途切れておらず、シュリネはすぐに前を向いた。

 ディグロスは真っすぐ向かってきている。

 シュリネは立ち上がろうとして、自身の右足がへし折られていることに気付いた。


「――」


 立てない、動けない。

 かろうじて刀は握れているが、もうここから逃げることはできない。

 叩きつけられた勢いで呼吸もままならず、すでに魔力は尽きた。

 吐血と身体中の痛みからして、足以外にも何本か骨が折れ、内臓にダメージを負っている。

 さらには、止血も先ほどの一撃で意味をなくしたか、左腕からの出血が止まらない。

 だが、こんな状況でもシュリネの頭の中はひどく冷静であった。


(……しくじったなぁ。まさか、ここまでやっても、勝てない――)

「シュリネッ!」


 声が届いた。

 視界に入るのは、エリスの治療をしているルーテシアだ。

 それを見て、シュリネは思わず笑みを浮かべる。

 彼女はこの状況でも逃げ出していない――シュリネが負ければ、次に狙われるのはフレアだが、ルーテシアはきっと逃げ出さず、戦う道を選ぶだろう。

 一緒に守ると約束したのだから。


「だが、護衛というのは自身の命を守っているわけではない。護衛は死んではならないんだよ」


 師匠であるコクハの言葉が頭を過ぎり、シュリネの瞳に闘志が戻る。


(勝てないなんて、死ぬまで考えることじゃない。わたしは、ルーテシアの護衛なんだから)


 魔力がなくても、動けなくても、シュリネにはまだ――培ってきた技術がある。

 この一撃に、全てを懸けるのだ。


「これでぇ……終わりだッ! ――《國潰し》ッ!」


 魔力が渦巻き、ディグロスの拳に籠った。

 シュリネを確実に仕留めるつもりだ。

 左足でわずかに身体を起こして、シュリネは刀を強く握る。


「一刀――」


 ほとんど同時に、互いに技を繰り出した。

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