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91.私の『望み』

 シュリネはディグロスの後方付近に立つ。

 まだ刀は抜いていない――動きを止めたディグロスが、姿勢をシュリネの方へと向けた。


「出来れば万全な状態のお前と一戦交えたいところだが……程遠いようだな」


 ディグロスの言う通り、シュリネはつい先ほどまで身体を毒に冒されていて、完全に回復したとは言い難い。

 なおかつ、ディグロスにやられた左腕は治っておらず、はっきり言えば――彼と一対一で戦うにはあまりに無謀だろう。

 その上で、シュリネは言い放つ。


「戦いにおいて常に万全な状態でいられるなんて考えてないよ。でも、わたしはあなたを斬るために来た」

「俺を斬る? ふはははは! やはり、面白いな。それで、こいつを殺す前にお前と戦う……だったか?」


 ディグロスが強く拳を握りしめると、勢いのままに振り下ろそうとする。


「どっちにしろ順番が変わるだけ――!」


 そこにはすでにハインの姿はなく、少し離れたところでシュリネが彼女を抱えて下ろしていた。

 ほんの少し、ディグロスがシュリネから目を離した隙の出来事――シュリネの速さは常人を軽く凌駕している。


「少し待ってなよ」


 シュリネは立ち上がって、再びディグロスと向き合おうとする。


「――何故」


 消え入りそうなほどに小さな声だったが、耳に届いたハインの言葉に、シュリネは足を止めた。


「何故……私を助けたのですか」

「当たり前でしょ、何のためにここにいると思ってるのさ」

「あなたはルーテシア様の護衛で、私が願ったのは……クーリのことだけです」


 腹部を抑えながら、ハインはゆっくりと身体を起こした。

 呼吸は荒く、下手に動けば命の危機に繋がりかねない。

 それでも、ハインはシュリネへの問いかけをやめない。


「あなたには、感謝しています。クーリを救ってくれて、私にチャンスを下さった――だからこそ、あなたはもう、ディグロスと戦うべきではない」

「そうはいかないよ。左腕の借りも返さないといけないからね」

「クーリも、ルーテシア様も、ここにいては危険だと言っているんです……!」

「それは二人とも分かってるよ。それでもここにいる――クーリはあなたのため、ルーテシアは王女様を守るため。全部ひっくるめて守るなら、あいつを斬るしかないよ」

「どうして、あなたは……! ディグロスの強さはあなたも身を以て経験しているはず……! それ、なのに……」


 ――ハインとて、ルーテシアがフレアの傍を離れないことは分かっているはずだ。

 彼女の疑問は、おそらくシュリネがハインも守ろうとしていることにある。

 シュリネは小さく嘆息すると、一つだけ彼女に尋ねた。


「面倒な話は抜きにしてさ、聞かせてよ。自分さえいなくなればいいと思ってる? あなたは、クーリやルーテシアと一緒にいたくないの?」

「――」


 シュリネの問いかけを受けて、ハインはすぐに答えられなかった。

 決まっている――だって、ずっと望んでいたのだから。


「そんな、こと……一緒に、いたいに決まって……でも……」

「なら、もう迷うな。わたしはあいつを斬る。ルーテシアもクーリも守って見せる。別にあなたを守るわけじゃない――でも、二人が望んでることだから。あなたの望みは何?」

「私は……たとえ、許されなかったとしても――二人の傍にいたい……! ずっと、それだけが私の『望み』です……!」

「――引き受けた」


 腰に下げた刀を抜き、シュリネはゆっくりとディグロスの前に立つ。


「待たせたね。正直、仕掛けてくるかと思ったけど」

「最後の会話くらいさせてやる。それくらいの情は俺にもあるんでな」

「そっか、意外と優しいね。なら、私も特別サービスだ――遺言は聞いてあげるよ」


『最強』を前に、シュリネは自信に満ちた表情で言う。

 そして、王宮の広場にてこの国を守る最後の戦いが始まった。

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