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90.どうして彼女は

 王宮の広場は静寂に包まれる――ゴロゴロと地面を転がっていくレイエルの首。

 ハインはゆっくりとその場に膝を突いた。


「お、おお……勝った、勝ったぞ!」


 その場にいた騎士の一人が声を上げ、続々と歓声が上がる。

 薄氷の勝利――だが、敵は討ち取った。


「エリス……!」


 フレアがすぐに、倒れ伏したエリスの下へと駆け寄る。

 ルーテシアは、まだウロフィンの治療をしていたが、


「俺はもう、大丈夫ですから。他の怪我人の手当てを」


 間違いなく、ウロフィンも重傷者だ。

 だが、止血は何とか完了し、命の危機は脱している――今はハインとエリスの方が深手を負っているだろう。

 ルーテシアは頷いて、ハインの下へと駆け寄ろうとする。


「私よりも……エリス様の手当てを」

「!」


 近づいてくることを予期していたかのように、口を開く。 

 脇腹を抉られているのだ――どう見たって、ハインも重傷には違いない。

 けれど、彼女はいつも通りの冷静な表情のままに言う。


「私は……自分で止血ができますから。エリス様の方が、すぐにでも処置が必要です」

「でも――」

「ルーテシア様」


 ハインの言葉を受けて、ルーテシアは静かに頷いた。

 本当は話したいことだってたくさんある。

 今すぐに、彼女の下へ駆け寄りたい気持ちは強い。

 だが、ハインの言う通り――ルーテシアでなければ、エリスの命の危機を救えないかもしれない。


「エリスさんの治療が終わったら、すぐに戻ってくるから」


 ルーテシアはそう言って、踵を返す。

 自分のすべきことを理解して、動くことができている――そんな後ろ姿を見て、ハインは微笑みを浮かべた。


「ご立派になられましたね、ルーテシア様」

「――お姉ちゃん!」


 声が耳に届き、ハインはその姿を見た。

 シュリネが下ろしてくれたのか、離れたところから走るクーリの姿が目に入る。


(……ああ)


 この時を、どれほど待ち焦がれただろうか。

 ――彼女はもう、自由に外を走ることはできないのだと思っていた。

 いや、ハイン自身も自由を得ることなど、できるはずはなかったのだ。

 もはや罪人である自分には、十分すぎる幸せだ。

 たとえ、罪が許されなかったとしても――ハインはもう、満足していた。

 

「レイエル……お前がやられるとはな」


 そんな彼女達の前に、絶望が降り立つまでは。

 先ほどまでは、全く気配を感じなかった。

 ハインのすぐ傍に現れ、地面を揺らしながら――大男、ディグロスは転がったレイエルの首を見据える。


「……っ!」


 その場にいた全員が、凍り付いたように動けなくなった。

 誰も存在を忘れていたわけではない――だが、もはや限界だった。

 満身創痍の状態で、まともに戦える人間がいない状況で、相手にできるものではない。

 ディグロスは、少なくともレイエルよりも強いのだから。

 すぐに動いたのはハインだ。

『鉱糸』を操り、ディグロスの動きを封じようと身体に巻き付ける。だが、


「それはもういい」


 ブチンッ、簡単に『鉱糸』は切断されてしまう。

 以前は動きを止められたが、今回のディグロスはすでに臨戦態勢だ――ハインは主力の武器を破壊され、驚きに目を見開いた。


「……ああ、あああああ! この、クソ共! ディグロス! 早く、私を助けてよ!」


 さらに驚くべきことに、首だけになったレイエルが言葉を発したのだ。

 まだ生きている――人間を軽々と超越した生命力であり、叫ぶ彼女の下へと、ゆっくりとディグロスが近づいていく。

 ここで、彼女にまで復活されたらいよいよ詰みだ。


「油断したな、レイエル」

「うるさいっ! こんな奴ら、私が本気を出せば余裕よ! すぐに首を繋いで――」

「いや、お前はもう休め」

「……は?」


 ディグロスはそのまま、レイエルの頭部を踏み潰した。

 地面が割れる――レイエルが今度こそ死んだのは、誰の目に見ても明らかであった。


「仲間では、なかったのですか……!」


 ハインがディグロスに向かって言い放つ。

 ディグロスはちらりと視線を向けるように身体を動かして、


「仲間だからこそ、殺した。あいつは全てを過信している。首を切断されて時間が経ちすぎた……あれではどのみち、助からん。ならば、苦しむ時間は短い方がいい。助からないという事実を知らずに、あの世に送ってやるのが情けというものだ」


 不死に近しいように思えたレイエルでも、あの傷では助からないらしい。

 だが、目の前にいるディグロスもまた――先ほどのレイエルと同じように、不死に近い再生力を持っている。

 当然、彼女を始末するためだけに姿を現したとは思えない。


「……それで、あなたはどうすると?」

「分かっているだろう」


 ディグロスが見ているのは、フレアだ。

 ハインは傷口を抑えながら、もはや立ち上がることも満足にできない身体で――それでも、震える両足に力を入れてディグロスの前に立つ。


「お前はレイエルを殺した。実力は認めてやる――そのまま動かずにいれば、俺の部下として迎え入れてやってもいいが」


 みんな同じだ――強い奴は、いつだって支配しようとしてくる。

 けれど、ハインはもう、その道は選ばない。


「願い下げです。私は、この命に代えてもあなたを倒す……!」


 ハインが動き出す。

 ディグロスは小さく溜め息を吐くと、目の前の地面を拳で叩いた。

 盛り上がった地面がそのままハインへと襲い掛かり、軽々と吹き飛ばされる。

 ごろごろと地面を転がり、いよいよ立ち上がることもできなくなった。


「威勢だけはいいようだが……お前ももう終わっている。せめて、苦しまぬように殺してやろう」


 ディグロスが近づいてくる――クーリの姿も目に入った。

 来るな、そう言いたいが、もはや声も出ない。


(私は……)


 望んではいけなかったのだ。

 たとえ少しでも、幸せになる未来など。

 ディグロスがハインの前に立ち、拳を振り上げた。

 今度こそ、死ぬ――だが、永遠にも感じられる時間の中で、ハインの視界に一人の少女の姿が映った。

 ピタリと、ディグロスの動きが止まる。


「――来たか、シュリネ・ハザクラ」

「選手交代だよ。今度は本気で勝負する約束だよね? どうせ殺すならさ、わたしに勝ってからにしなよ」


 こんな絶望的な状況でも、どうして彼女はいつだって笑っていられるのだろうか。

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