9.しばらくの間は
結局、ヴェルトが倒されたことで残党達は降伏の道を選んだ。
戦う意志のない者とシュリネは刃を交えるつもりはない――魔導列車の暴走を食い止めることには成功し、一先ずの護衛の任務は果たせた。
魔導列車に常駐しているはずの騎士はすでに殺されており、ヴェルト達の手際のよさは評価できる点がある。
しかし、シュリネという存在が、彼らにとっては誤算だったのだ。
「大方、周辺の魔物も片づけたよ」
魔導列車の中で待機していたルーテシアとハインの元に、シュリネは戻ってきた。
現在、魔導列車が止まっているのは森の中心部――ヴェルトが暴れたことで車両に激しい損傷があり、すぐに動き出すことができない状態だった。
応援の騎士がやってくるまでには時間がかかるために、この周辺にいる魔物をシュリネが討伐し、『血の匂い』を漂わせることで、魔物避けとしていた。
いわゆる人を襲うタイプの魔物であれば、仲間がやられた場所にわざわざ近づこうとはしない。
シュリネはそういった魔物を選んで討伐してきた。
「……」
ルーテシアは黙ったまま、シュリネのことを見ている。
「? わたしの顔に何かついてる?」
「いえ……貴女、魔物狩りもできるんだって思って。まあ、さっきの戦いを見ていれば、強いのは分かっているけれど」
「この辺りには特別、強い魔物はいなさそうだから。でも、得物は壊されちゃった」
シュリネが今、腰に下げている鞘には折れた刀があるだけ――魔物を狩るのにも、魔法を使うしかない。
「わたし、魔力量はそんなに多くないから、武器がないと長期戦はできないんだよね」
「……それって、私に話して大丈夫なの?」
「ん? なにが?」
「魔力が低い――それはすなわち、あなたの弱点になるのでは」
シュリネの疑問に答えたのは、ハインだ。
彼女は周囲を警戒しているようで、シュリネの方には視線を向けずに窓の外を確認している。
先ほどの戦いを経て、ある程度シュリネのことは信頼してくれているのだろう――ルーテシアの傍にいても、警戒する様子はない。
シュリネが刺客であるのなら、ルーテシアを始末する隙はいくらでもあったから当然と言えば当然だ。
「魔力が少ないから、極力魔法を使わない戦い方をする――だから、別に弱点にはならないよ。苦手な相手はいるけど」
「ふぅん……。ああ、それと――お礼は言っておくわ、ありがとう。貴方のおかげで生き延びられたわ」
「いいよ、仕事だし。それより、報酬は用意してね」
「お金ならあるわ。引き継いだばかりだけれど」
「? 引き継いだ?」
「――そのお話については、また後程」
また、ハインがシュリネの問いかけに答える。
ハインはおそらく、ルーテシアが狙われる理由を知っている。
一方で、ルーテシアはどうして命を狙われているのか――今も理解できていない様子だった。
故に、話の詳細を聞くならハインの方なのだろう。
ここですぐに話すつもりはないようで、ルーテシアは少し不服そうな表情でハインを見ていた。
「私にも説明をしないつもり?」
「まず、お嬢様の安全を確保するのが先決ですから。どこで誰が聞いているかもわわかりませんし」
「それは……そうね」
ルーテシアが納得したように頷き、ここでの話はまとまった。騎士が来るまでの間は大人しく待つしかない。
ただ、一つだけ確認しておくことがシュリネにはあった。
「あ、そうだ。ちなみにわたしとの護衛の契約は、どこまでにする?」
「どこまでって……」
問われたルーテシアは、ハインの方を見る。
「……少なくとも、しばらくの間は契約させていただきたく。ここでの護衛の報酬も含めて、まとめて話しましょう」
「分かった。じゃあ、しばらくはよろしくね」
どれだけ続くか分からないが、当面の間の稼ぎは大丈夫そうだ。