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89.守るべき存在

「――ふっ」


 一呼吸。踏み込んだエリスが、レイエルへと剣撃を放つ。

 ただの斬りではなく、風の魔法と共に放たれるその一撃は、まともに受ければ大岩ですら両断する威力を持つ。

 だが、レイエルは自身の作り出した血剣で簡単にそれを防いで見せた。

 レイエルの周囲に血槍が精製され、エリスへと向かってくる。

 それを迎撃するのは、ハインだ。

 血槍は絶えず作られ続け、そのたびにハインが『鉱糸』によって破壊している。

 その場から動かずに、広い範囲で対応を続けられるのはハインくらいのものだろう。

 防戦一方で反撃には出られないが、その分エリスが攻勢に転じられる。

 純粋な戦闘能力だけであれば、エリスはレイエルには引けを取らない。

 距離を詰めると、エリスとレイエルの剣がぶつかり合う――体格だけで言えばエリスの方が上回っており、むしろレイエルは小柄ではあるが、拮抗するどころかエリスが押し負けるほどだ。

 バランスを崩したように見せかけて、エリスは蹴りを放つ。

 レイエルの腹部を捉えるが、直撃と同時に足を掴まれ、勢いのままに地面に叩きつけられる。


「かはっ」

「行儀の悪い子――」


 倒れたままに、エリスが風の斬撃を繰り出す。

 レイエルの肩へ直撃するが、吹き出した血がそのまま刃となってエリスへと向かってくる。

 咄嗟に剣で防ぐが、そのまま吹き飛ばされた。

 地面を滑るようにしながら体勢を立て直し、エリスは再びレイエルとの距離を詰め、再び斬り合いが始まった。

 冷静に状況を見据えるのは、ハインだ。


(レイエルの耐久力は人のそれではない――ですが、おそらく仕留めることは可能。問題は、血槍の方……!)


 レイエルとまともに戦うことができるハインが、防御の役割を担っている。

 ここにシュリネが加わってくれれば戦況は大きく変化するだろうが――彼女は今、クーリを守ってくれている。

 血槍はクーリさえも逃さず狙っており、ハインの防御の範囲外だった。

 それをシュリネは理解しているのか、襲ってくる血槍を刀で捌き続けている。

 彼女がいる限り、クーリの安全は保障されるだろう――だが、体力が永遠に持つわけではない。

 レイエルは早くに打倒さなければならない相手だ。

 思考を巡らせ、ハインはレイエルに対する勝ち筋を考える。

 けれどどう考えてもあと一つ、ピースが足りない。


「――全員、魔力で『盾』を作れ……! フレア様をお守りする……!」


 その時、指示を出したのはウロフィンだった。

 仲間の騎士に支えられ、何とか立ち上がれるかどうかというほどに弱っている男が、自らの足で立ち、傷だらけの身体でルーテシアやフレアの前に立つ。


「ウロフィン! その怪我で無理をしては……!」

「フレア様、あなたをお守りすることは……騎士の務めです。今、役目を果たせなければ……俺は――死んでも死にきれない」


 ウロフィンは言葉と共に、すぐ近くでフレアを守るように立つルーテシアにも、視線を向ける。


「ルーテシア様、フレア様のお傍から動かないでください。今度こそは……あなたもお守りします」

「……なら、私のすぐ近くにいて。少しでも痛みを和らげるから」

「では、お言葉に甘えるとしましょう。……動ける者は集合しろ! 怪我で動けない者は近くの者が守れ! 王国の騎士の力を今こそ見せる時だ!」


 ウロフィンの指示に従い、騎士達が動き出す。

 ハインは騎士達を侮っていた――血槍は、決してハインでなければ防げないものではない。

 彼らもまた、研鑽を続けてきたのだ。

 エリスがレイエルとの戦いを始めたことで、どうやら血槍のコントロールも完璧ではなくなってきている。

 ハインは『鉱糸』を防御に使うのを止め、攻勢に転じた。


「!」


 レイエルはすぐに反応し、大きく後退する。

 先ほどまで彼女のいた場所が斬り刻まれるが、当たってはいない。

 やはり、距離のある状態の『鉱糸』でレイエルを仕留めることはできない――ハインは低い姿勢で駆け出すと、レイエルとの距離を詰めた。

 その隣には、エリスが並ぶ。


「方法はあるか」

「一か八か」

「ならば、私が合わせる」


 会話はそれだけで十分だった。

 エリスが斬りかかり、レイエルがそれを防ぐと、左側から回り込んだハインがナイフを突き立てる。

 狙うのは首――レイエルは視線でそれを追うと、


「気付いたのね、でも……やらせると思う?」


 瞬間、彼女の周囲から赤色の針が飛び出した。

 エリスとハインを同時に襲い、ギリギリのところで反応したが――互いにいくつも傷を負う。

 それでも、二人は止まらない。

 やられると同時に、ハインはすでに仕掛けていた。

 近づいた自身は囮であり、本命は近づいた瞬間にもう片方の手で操っていた『鉱糸』。それが、レイエルの首に巻き付く。


「――首を切断したいのなら、どうぞ」


 スパンッ、と音が鳴る。

 だが、レイエルは自身の頭を掴むと、それをすぐに首へ戻した。

 流れ出す鮮血はすぐに止まり、血に染まった彼女は、エリスとハインにそれぞれ手を伸ばし、


「残念だけれど、これで終わりね」


 放たれるのは血の矛。

 エリスはその一撃を受けて、大きく吹き飛ばされた。

 ハインもまた、かろうじて直撃を免れるが、脇腹を抉られて大きなダメージを負う。


「……っ!」


 その場に膝を突いて、ハインはレイエルを見据えた。

 想像以上に自身が負った傷が深いことを、地面を染める赤色で理解する。


「ハインっ!」

「お姉ちゃんっ!」


 ほとんど同時に、ルーテシアとクーリの声が耳に届いた。

 二人が見ている――ハインにとって、守るべき存在が。

 こんなところで、負けるわけにはいかなかった。

 ハインは両腕を目の前で交差させ、『鉱糸』を操る。


「無駄なことを。首を飛ばしても意味がないって理解しなかったのかしら?」

「順番を間違えました。先に潰すべきは――両腕ですね」


『鉱糸』を引くと、レイエルの両腕が切断される。

 彼女は自身の『不死性』に圧倒的な自信を持っている――確かにそれは戦いにおいて圧倒的な力であり、彼女一人に全滅させられそうになっているのもまた事実だ。


「あはは! バカね! さっきから見てないのかしら!? 私は血を操るのよ! これだけ出血させてくれるなんて、武器を増やすだけじゃない!」


 切断した両腕から噴き出した血が、凝固して獣の腕のように変化する。

 それはすでに動くことすらままならないハインへと迫るが、レイエルがバランスを崩した。


「……!?」


 腰から切断されている――見れば、飛んできたのは風の刃だ。


「――《大風旋》」


 腹部を貫かれてなお、エリスは倒れていなかった。

 絞り出した全力の一撃――レイエルの不死性を見ているからこそ、無駄打ちはできなかった。

 チャンスは、ここにしかない。

 ハインは地面を蹴って、レイエルの前に跳ぶ。

 エリスに視線を向けていた彼女はわずかに反応が遅れた。

 反撃に転じようとするが、ハインがレイエルの首を刎ね飛ばす。


「こ、の……!」


 すぐに血液が動いて切断面を繋ごうとする。

 恐ろしいほどの生命力――だが、ハインは最後の力を振り絞って、レイエルの首を力いっぱい蹴り飛ばした。


「吹き……飛べェ!」


 レイエルの頭部が宙を舞う。

 ハインの目の前に立った彼女の身体からは血が噴き出して、だらりと脱力した。

 ――そして、再生することはなかった。

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