83.なればこそ
――花火は合図だった。
ドンッ、と大きな音を立てながら綺麗な花火が王宮から上がり、人々は王女の発表を聞きながら、まだ明るい時間だというのに上がった花火に歓声を上げた。
だが、これは王宮内での開戦を意味するもの。
敵を確認次第、その付近から花火を上げる算段になっている。
フレアが狙われているという事実を人々に知らせないための配慮でもあった。
未だ、王都ではフレアの演説は続いている――だが、王宮の正門は緊張状態にあった。
「まさか、正門から敵がやってくるなんて――そう思っていたのではなくて?」
姿を現したのは、一人の少女だった。
現在、王宮内へは関係者以外の立ち入りは禁止されている。
王宮の門は固く閉ざされていたが、それを『力』だけでこじ開けて入ってきた者がいるのだ。
「も、門の重さは大人が束になっても開けられる代物じゃないぞ……!」
「ば、化け物め……!」
「あら、失礼ね……。レディに向かって使う言葉ではない――」
言い終える前に、周囲に待機していた騎士が弓矢を放つ。
少女が回避する間もなく、身体中を矢が貫いていくが、少女は鮮血に染まりながらも――気に留めることなく一歩を踏み出した。
「バカな……!?」
「バカはそっちでしょうに。一人で真正面からやってくる相手が……この程度で死ぬと思っているのかしら? こそこそした暗殺なんていうのは、弱者がやればいいだけなのよ。それにしても、躾のなっていない人間ね……お返しよ」
刺さった弓矢が動き始めると、ずるりと少女の全身から抜ける。
それを抜いたのは――少女の身体から噴き出した血液だ。
まるで生き物のように動き出すと、弓矢が放たれた方向へと向かって投げ返す。
弓矢は本来、弓で弾くことで威力を発揮する物――だが、少女の放ったそれは、ただ投げただけのような動きで、人を貫くには十分な威力があった。
「ぎぃ!」
「ぐっ、あぁ!」
あちこちから悲鳴にも似た声が上がる。
少女はまるで心地の良い音楽でも聴いているかのような悦に入った表情を浮かべた。
「私が戦場に立った以上――ここから始まるのは一方的な蹂躙なのよ」
「――いや、そうはならないな」
少女の言葉を否定し、一人の男が剣を振るった。
それは少女の首元を狙ったが、ギリギリのことでかわされ、少女はすぐに距離を取る。
「正門は広場に最も近い場所だ。故に俺も警備のために待機していたが、ある意味では正解だった」
「いいえ、不正解よ。このレイエル様と戦うことを選んだことが、ね。それにしても、本当に躾のなっていないこと」
男――ウロフィンは真っすぐレイエルを見据えた。
年齢のほどは十五、六といったところか。
だが、人の理から外れた存在であることは間違いない。見た目で判断するわけにはいかないだろう。
少なくとも、あれだけの弓矢に身体を貫かれ、無傷でいられる者は生涯――見たことがない。
「……クロード、早まらなければ面白いモノが見られたろうに」
ウロフィンは思わず、口にせざるを得なかった。
それはすでにこの場にはいない憧れだった人への皮肉――戦場を求めた彼にとって、これほど刺激的な相手はいないだろう。
本来であれば、ウロフィンもフレアの傍で待機するはずだった。
狙われていることが分かっているのだから、当然だろう。
だが、フレアの傍にはエリスがいる――近づけさせない、という意味ではここに待機したことは正解だったのだ。
ただし、花火が上がったのは他にも何か所かある。あらゆる場所で敵襲があったことを告げていた。
目の前にいる敵が、果たして敵戦力として最強なのかと聞かれれば――それは否だ。
ディグロスという大男が、最も危険であるという情報はすでに得ている。しかし、
「この場はすぐに離れられないか」
「あら、もしかして勝つ気でいる? だとしたら、なかなかセンスがあるわよ。お笑いの」
「ふっ、そうか。騎士以外の道はないと思っていたが」
「真面目な受け答えも面白いわ」
感覚で分かる――ここは死地だ。
自らの実力を理解しているからこそ、戦えばおそらく死ぬ。
(なればこそ、か)
騎士としての役目を果たすのに、相手にとって不足はない。
このような場を用意してくれたことにむしろ感謝しなければならない――そう考えたところで、ウロフィンは自らの考えを否定した。
(いや、俺は誓ったはずだ)
必ず生きる、と。もちろん、戦いにおいてそれが絶対になることはない。
フレアも分かっているはずだ――だが、騎士が立てた誓いを、こうも簡単に破るわけにはいかないのだ。
ウロフィンは構える。それを見て、レイエルは鋭い視線を向けた。
「意外、あなた――本当に勝つつもりなのね?」
「初めから負けるつもりで戦場に立つ者はいないさ。特に、騎士の役目は守ることだからな」
「ふふっ、そう。嫌いじゃないわよ、あなたみたいな人……だから、遊んであげるわ」
レイエルは自らの血液を集めて、一本の剣を作り出す。
間髪入れずに、ウロフィンとレイエルの剣がぶつかり合った。
「血で剣を作り出すとは……一体どうなっているんだ」
「答える義理はないでしょう? でも、どうせ死ぬのだから――あの世に送る時に教えてあげるわ」
王宮の正門にて、死闘が始まった。