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82.この時を以て

 ――その日はついにやってきた。

 すでに王都では広く告知されており、フレアが次代の王となるための宣布が魔道具を通じて投影される予定だ。

 王宮ではその準備が着実と行われており、警備は特に厳重であった。

 広場ではフレアが演説のために待機している。

 すぐ傍にはエリスと選抜された騎士達、そして――ルーテシアの姿もあった。


「奴らは暗殺者です。全ての門で警備を強化しておりますが、おそらくは直接仕掛けてくるかと」

「分かっています。でも、わたくしは逃げません」


 エリスの言葉にも、フレアははっきりとした言葉で答える。

 決意に満ちた表情だが、その手はわずかに震えていた。

 迷いはないのだろう――だが、簡単に恐怖が消えるはずはない。

 ルーテシアがフレアの隣に立つと、そっと彼女の手を握った。


「! ルーテシア……」

「大丈夫よ、みんながいる。私はちょっと、頼りないかもしれないけれど……」

「いいえ、そんなことはありませんよ。貴女やエリスがいてくれるから、わたくしはここに立っていられるのですから。ルーテシアも、シュリネさんのことは心配ではないですか?」

「そんなの――心配に決まっているわよ。戻ってきたら、少しお説教しないといけないわよね」


 そう言って、ルーテシアは小さく笑みを浮かべた。

 誰よりも――シュリネのことを信じている。必ず、彼女はこの場にやってくるはずだ。

 これから、ここは戦場になるはず。

 むしろ、ルーテシアの方がシュリネに怒られるかもしれない。

 わざわざどうして――一番危険な場所にいる必要があるのか、と。けれど、


(……貴女なら、分かってくれるわよね?)


 一緒にフレアを守ってほしいと願ったのだから、ルーテシアも戦場に立つのだ。

 腰に下げたのは一本の剣――自身で持つことになるとは思いもしなかった。

 学んでいる剣術も中途半端なままで、はっきり言えばここにいる誰よりも戦闘面では劣っているという自覚がある。

 それでも――ルーテシアがこの場を退くわけにはいかなかった。


(ハイン……貴女も、いるのよね)


 フレアを狙っている敵の中に、ハインがいる。

 どうして彼女が戻ってこないのか、フレアの命を狙っているのか――ルーテシアはには何も分からない。

 だからこそ、彼女と会わなければならないし、話す必要があるのだ。

 果たして、話を聞いてくれるだろうか――いや、そもそもここに姿を現すかどうかさえ、分かってはいない。

 本当は、不安があるのはルーテシアも同じなのだ。

 もしもこの場にハインが現れたら? 説得もできなくて、彼女がフレアを殺そうとしたら?

 考えれば考えるほど、不安感は強くなっていく。

 ただ、フレアにはそんな素振りを見せられない。

 ここでルーテシアが弱音を吐いてしまえば、きっと彼女も今の状況に耐えられなくなってしまう。

 それが分かっているからこそ、気丈に振舞っているのだ。


「これはこれは……大層な警備でございますな」

「っ!」


 声のする方向に視線を送ると、そこには二人の男が立っていた。


「クルヴァロン公、アルーワイン公……」


 フレアが小さく、その名を口にする。

 ネルヘッタ・クルヴァロンとボリヴィエ・アールワイン――ルーテシアの暗殺計画に協力したと『思しき』者達だ。

 だが、実際にはまだ嫌疑の状態であり、フレアも含めて最大限に警戒をしている相手。何より、今回のフレアの暗殺に対しても関与している可能性が高いからだ。

 フレアは始め、彼らのことを説得する――そんな風にも言っていたが、こうなってはもはや後に引くことはできないだろう。


「何故、ここに?」

「理由を問う必要などありますまい。クルヴァロンとアールワインはフレア・リンヴルム様――あなたを次代の王とすると認めたのです。今日は、その宣布となさるのでしょう?」

「あくまで宣布まで、です。現王は健在であり、まだ貴方がここにくる必要性はありません」


 明らかに、フレアは敵対しているような物言いをしていた。

 彼女の決意も堅い――ギュッと強く、ルーテシアの手を握っている。

 それを見てか、ネルヘッタは少し笑みを浮かべた。


「そう言いながらこの場に呼ぶどころか隣に立たせるとは、ハイレンヴェルクとは随分と仲が良いようで……。まあ、我々もご挨拶に来ただけのこと。すぐにこの場は去りますとも。行こう、ボリヴィエ」

「……はい」


 二人はくるりと背を向けて、広場を立ち去ろうとする。

 何を思ってここに姿を現したのか――目の前にいる者達が悪意を持っていても、こちらから手を出すことはできない。だが、


「……ネルヘッタ・クルヴァロン、ボリヴィエ・アールワイン――心して聞きなさい」

「!」


 その声を聞いた者は、全員が驚きの表情を浮かべていた。

 フレアは――真っすぐと彼らを見据え、言い放つ。


「わたくしの弟を……貴方達に利用させるような真似はさせません。わたくし、フレア・リンヴルムはこの国の王となります。悪事を決して、見過ごすような真似も致しません」

「あ、悪事とは……我々に何か誤解があるようで……」

「いいえ、これはわたくしの決意表明です。悪事をしていないと言うのであれば、誤解などと口にする必要がないのでは?」

「……!」


 答えたボリヴィエは途端にバツの悪そうな表情をした。

 今のは失言だ――フレアの言葉に対して、何も後ろめたいことがないのであれば、毅然と返すべきであった。

 特に慌てる様子を見せずに、ネルヘッタが口を開く。


「無論、我々も同じ気持ちですよ、フレア様。では、この場はこれで」


 特に感情的にもならず、ただそう一言だけ――けれど、この瞬間に明確になった。

 フレアは今、 クルヴァロンとアールワインに敵対の意を示したのだ。


「……演説の前に感情的になるなど、わたくしはやはりまだ未熟ですね」


 小さく息を吐き出しながら、フレアは反省したような様子を見せる。

 むしろ、ルーテシアは喜ばしいことだと思った。


「何言っているのよ。貴女が言わなかったら、私が言ってやるところだったわ」

「ふふっ、ルーテシアらしいですね」

「――フレア様、間もなく準備が整います」

「!」


 騎士の一人から声がかかった。

 フレアの表情に緊張が走る――すでに何度か繰り返し練習をしているが、これから起こることも考えれば無理もない。

 ルーテシアもフレアの傍を離れ、それぞれが配置についた。

 いよいよその時がくる。

 フレアが小さく息を吐きだして、真っすぐ前を向いた。

 合図と共に、口を開く。


「王国民の皆様、聞こえていますか? フレア・リンヴルムです。今日は皆さまに大事なお話があり、このような場を設けさせていただきました」


 フレアの言葉は、すでに王都の各所に用意された魔道具を通じて広く伝わっている。

 この日まで誰も仕掛けてこなかったのは――すなわち、フレアをこの演説中に暗殺する、という明確な意図があるからだ。

 シュリネから受け取ったメッセージに従い、ルーテシア達は策を練った。

 後は、待つだけだ。


「今日この時を以て、わたくしフレア・リンヴルムは――」


 その瞬間、王宮の各所から花火が上がった。

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