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80.いい指標

 病院内は明かりこそあるが、真夜中では薄暗い。

 そんな中で、シュリネの一太刀をオルキスは避けて見せた。

 決して油断をしていたなどということはなく、確実に首を落とすつもりだった。


「うふふふ……あははははっ! 逃げてばかりじゃ私は倒せないわよ? 追いかけるのは楽しいからいいけどねぇ!」


 オルキスは笑い声を上げながら、シュリネへと真っすぐ向かってくる。

 身体の一部を切り落としただけでは再生する――目を潰しても、すでに傷が再生し、赤色に染まった状態でシュリネを見据えていた。

 明らかに人間のそれではない――だが、シュリネは冷静にその様子を観察していた。


(再生してるってことは、何かの魔法の類かと思ったけど……ルーテシアが使うような治癒とは全く違う。シンプルに身体の構造が変わってる? だとしたら……)


 シュリネには覚えがあった。

 オルキスの高い再生力や、刀の振りに対する反応速度、軟体生物のような動き――足を止め、オルキスへと刃を向ける。


「! あら、あらあらあら……鬼ごっこはもうおしまいかしら?」

「何となく、あなたの身体のことは理解したよ」

「ふぅん、この短時間で? なら、諦めた方がいいってことも理解したかしら?」

「何でそうなるのさ。あなたの身体――魔物の特徴と一致してるよ。いくつか覚えがあるんだ」


 魔物であれば、切断部位を再生させる能力を持つモノもいるし、異常に発達した眼球によって、シュリネの刃すら見切るほどの動体視力を持つモノだって存在する。

 シュリネの言葉を受けて、オルキスは口角を吊り上げて、


「そう、正解よ。私は自分の身体を弄っているの。魔物の持つ特性を移植して、全てを使いこなしているわ」

「本当に人間やめてるんだ。そんなことして、何の意味があるんだか」

「意味? うふふ、あははっ、そうねぇ……私が目指しているものがあるのよ」

「目指しているもの?」

「そう。人では到底たどり着けない存在――憧れてしまった以上は、できることをしないとね」


 オルキスの身体が再び変化していく。

 パキパキと音を立てると、皮膚が鱗のように変化し、二本の足が融合して一本の尾となる。

 身体も二回り以上のサイズになったかと思えば、長い舌を出して、もはやオルキスは文字通り魔物へと変貌していた。

 下半身は蛇のようで、上半身はかろうじて人の特徴を残しているだけだ。


「どう? この姿を人に見せるのは久々だけど」

「どうって言われても、化け物にしか見えないけど」

「あらあら、あなたには分からないかしら? 人智を超えたこの身体の美しさは……人では辿り着けない、絶対的な強さも兼ね備えているのよ」

「……強さ?」


 オルキスに、シュリネは睨みつけるような視線を送る。


「少しは興味を持ってくれたかしら? シュリネさんは素体もいいだろうし……私のモノになれば今よりもっと強くなれるわよ。どうかしら、もっと先を見てみたくはない?」


 オルキスはシュリネに対して、手を差し伸べた。

 表情や態度を見れば分かる――すでに、シュリネに勝ったつもりなのだろう。

 呆れたように、シュリネは大きく溜め息を吐いた。


「……はあ、最初はわたしの一撃を見切って避けたし、何かタネがあるんだろうかと思ったけど、蓋を開けてみればそんなことか」

「そんなこと? 何か不満かしら?」

「別に。わたしはあなたのやってることに一切興味がないだけ。結局、魔物の力を得ただけなんでしょ」

「うふふっ、強がっちゃって……いいわ。私のことを化け物呼ばわりしたこと、両足をへし折って、泣いて謝る姿を見せてくれた許してあげるから……!」


 オルキスが動く。

 人の足でなくなったが、動きは先ほどよりも滑らかで素早い。

 ずるりと、廊下を這うようにしながらシュリネとの距離を詰めるが――すでに、そこにシュリネの姿はなかった。


「――は?」


 視界の端にギリギリで、シュリネの刃が見えた。

 オルキスはかろうじてそれをかわすが、首元へ深く一撃が入り、鮮血が噴き出る。


「そんな姿になっても、まだ血は赤いんだね」

「なっ、ぐっ、どういう、こと……!? 確かに私はあなたを捉えて――」


 言い終える前に、またしてもシュリネは視界から姿を消した。

 気付けば右腕を切り落とされ、すぐに残った左腕を振るうが、背後に回って尾の先を切断される。


「ぐっ、この……!」

「魔物の力に頼りすぎだよ、あなたは」


 人間離れした姿になったが――ただそれだけだ。

 オルキスは武人というわけではなく、何かの技を極めてもいない。

 おそらくはただの人間が、あるいは強さに憧れた……とでもいうべきか。

 目は優れていても、瞑った瞬間に動いたシュリネを追い切れていないのだ。

 並みの人間相手なら何も問題はなかったのだろう。

 視覚情報に頼りすぎているが故に、わずかでも見失えば、オルキスは全く反応できない。

 だんだんと身体を斬り刻まれても、オルキスは焦る様子は見せず、


「無駄よ、無駄無駄無駄! 無駄なのよ! いくら斬っても、私は再生するッ!」


 叫びにも似た声を上げながら、オルキスの失った身体の部位が、音を立てながら再び戻った。

 だが、尾の先は先ほどよりも少し萎びた状態になっている。

 明らかに、完全には戻っていなかった。


「やっぱり、何のリスクもなく再生し続ける……なんて、できるわけないよね。魔物だってそうだから。あなたの力には限界がある」

「……っ」


 途端に、オルキスの表情から余裕が消えた。


「あの男と戦う前のいい指標になりそうだよ、あなたは。わたしは今から――あなたが死ぬまで斬り続けるから」

「この、私を……舐めるなァ!」


 オルキスが両腕を広げ、シュリネへと迫る。

 すでに動きは見極めている――シュリネは魔物との戦いにも精通していた。

 オルキスが人間を捨ててただの魔物に成り下がっただけならば、もはや敵ではない。

 再び身体のあちこちを斬られながら、オルキスはシュリネの方を見た。

 返り血を浴びたシュリネの姿に、ようやくオルキスは恐怖する。


「ひ、ひぃぃ……!」


 這いずるように逃げようとする姿を見て、シュリネはつまらそうな表情をした。


「逃げるんじゃわたしは倒せないよ。追いかけるのもつまらないけど……あなたは斬るって決めてるからね」


 ――そこからは、一方的な展開であった。

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