8.逆恨みしそうだから
「……はあ?」
シュリネは眉をひそめ、ヴェルトを睨んだ。
今、この男はとんでもないことを口にしている。
「お前は金で雇われただけなんだろう……? オレはもう、これ以上お前と戦うことにメリットを感じない」
「それがどうして、わたしがあなたにつくことになるの?」
「その小娘――ルーテシアの命を狙ってるのは、オレだけじゃねぇ」
「……っ!」
ヴェルトの言葉に、ルーテシアは驚きの表情を浮かべる。
彼女が狙われている理由を、シュリネはまだ知らない。
ルーテシア自身もよく分かっていない様子だった――ヴェルトは当然、その理由を知っているのだろうが、おそらく言うつもりはないだろう。
だが、ヴェルトの言いたいことは分かった。
「つまり、ルーテシアを護衛するのはリスクが高い、だから自分と組め――そういうこと?」
「よく分かってるじゃねえか。ここで出会って依頼を受けただけの関係なんだろう……? なら、オレと組んだ方がさっさと仕事も終わって、金も稼げる――違うか……!?」
ヴェルトからは必死さを感じた。
なるほど――頭に血が昇っていたように見えたが、意外と冷静だ。状況が不利と判断するや否や、まだ関係が希薄である点を突こうとしているのだろう。
シュリネは小さく溜め息を吐くと、くるりと踵を返し、ヴェルトに背を向けた。
ルーテシアの隣にいたハインが素早く反応し、彼女を庇うように前に立つ。
「はっ、ははははは! 話が早くて助かるぜ!」
「――勘違いしないでよ、あなたにはもう戦う価値がないからやめるだけ」
「……なんだと?」
シュリネは再び、ヴェルトに向き合う。
すでに臨戦態勢を解除したシュリネは、
「もう、わたしと戦う気がないんでしょ? なら、さっさとわたしの前から消えてくれる? そうしたら、命までは取らないから」
すでに戦意を喪失した相手に興味はないし、ヴェルトの限界は分かっている。
シュリネにこんな交渉にもならないような話を持ち掛けるのがいい証拠だ。
「戦う気が、ないだと……!? てめえの武器はここにある! オレの腕を一本奪った程度で、もう勝った気でいるのか!?」
「わたしと同じこと言うんだ。でも、わたしは勝った気でいるけど」
「――交渉決裂だなぁ……ッ」
ヴェルトは腕を振るってシュリネの刀を床に叩きつけると、それを踏みつけてへし折った。
「これでてめえの武器はなくなった! オレと殴り合いで勝負するか!?」
「それもいいかもね」
「調子に乗ってんじゃねえ! 武器もなしでオレに勝てるわけがねえだろうが!」
残った左腕を振りかぶり、シュリネへと向かってきた。
シュリネはそれを見て、また小さく溜め息を吐く。
――すでに決着はついているというのに、無駄なことをする。
シュリネは構えを取ると、その場で腕を振るった。
瞬間、ヴェルトの残った腕が切断され、宙を舞う。
「……は?」
「魔刀術――《水切》。魔法くらい、わたしだって使えるよ」
シュリネは薄い魔力の刃を作り出し、ヴェルトの腕を容易く斬ったのだ。
「な、あ……オ、オレの両腕を……!」
「まだやるの?」
「ひ……っ! ま、待て。オレはもう、戦えねえ。頼む、見逃してくれ……!」
「それは無理」
「え――」
シュリネがヴェルトの首に向かって腕を振るうと、綺麗な切り口ができて、そのまま首が床に転がっていく。
「チャンスは何度もあったし、あなたみたいなタイプって、見逃すと逆恨みしそうだから」
ヴェルトの身体は脱力して、床へと倒れ伏す。流れ出る血液が広がっていくが、シュリネは気にせず前に出た。
「さてと……あとは消化試合かな」
そう言って、シュリネは先頭車両へと向かっていく。――戦いが終わるのに、それほど時間はかからなかった。