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79.異質さ

 王都では変わらぬ時間が過ぎていく――『ルセレイド大病院』でも、多くの患者がやってくる昼間とは違い、夜中は静かで落ち着いている。

 もっとも、場所柄もあって急患が運ばれてくることも少なくはない。

 コツコツと廊下に足音を響かせながら歩くのは、この病院に勤めたから十年のベテラン医師であるオルキスであった。

 彼女は一日のほとんどを病院で過ごし、同じく病院に勤めている者達からも、いつ帰っているのか分からない――そう、言われるほどだ。

 実際、オルキスは病院内の一室を使い、そこで寝泊まりをしている。

 少しは休んだ方がいい、と仲間から言われることもあるが、オルキスは疲れ知らずであり、丸一日患者を診察した翌日も、休むことなく働きづめだった。


「……誰でしょう、こんな時間に」


 オルキスはピタリと足を止めて、廊下の先にいる人影に声を掛けた。

 遠目でも患者でないことは明らかであった――その服装には見覚えがあり、壁に寄りかかるようにしていた彼女を見て、オルキスはすぐに駆け寄った。


「あなたは……シュリネさん!?」

「どうも、先生」


 軽い口調で挨拶をするシュリネだが、オルキスはその姿を見て驚きを隠せない。


「どうして生きてるのか、そんなところかな?」

「――何を、言っているのでしょう?」


 瞬時に、オルキスは冷静さを取り戻す。


「私があなたと会った日を最後に姿を消したと聞いていたから、驚いただけです。それより、ここに来たということは、どこか怪我をしたからではないのですか?」

「ん、胸元にちょっとだけね。ハインは腕がいいね。偽の刃物で、わたしを殺したように見せて、見事に騙したんだから」

「殺したように……? 一体何の話をして――」

「無駄だよ。この病院を見張っている連中なら、この三週間で把握したから。今はもう、あなた以外にはいない――明日は王女様の暗殺を決行する日だからかな? ちょっと人数は少なめだったね。わたしは結構、こういう仕事も得意なんだよ」


 ちらりとシュリネが見せたのは、刀だ。

 ポタリと鮮血を垂らし、すでに何者かと斬り合ってきたのが分かる――否、これほど病院内は静かで、騒ぎなど起こっていないようなもの。

 オルキスはそこで、溜め息をつきながら眼鏡の位置を直す。


「……ふぅ、どう言い繕ってもダメそうねぇ。いつから私の正体に気付いていたのかしら?」

「最初の違和感は、クーリの反応だよ。あなたが来た時――あれは明らかに、主治医で世話になっているって感じじゃなかった。もっと恐れている……って感じかな。あえて、あなたに聞こえないように、ハインの名前も教えてくれたしね」

「あなたが生きているということは……ハインも私を裏切ったということね。なら、早々に片付けて教えてあげないと。私を裏切ったら――どうなるかっていうことをね」


 オルキスが構えた。

 特に武器などを取り出す様子はない――そもそも、シュリネとまともに戦う自信が、彼女にあるというのか。

 シュリネはすぐに駆け出して、一閃。

 オルキスが何か見せる前に、彼女の首を刎ねようとする。

 だが、すんでのところでかわされた。


「!」


 多少距離があったとはいえ、シュリネの動きに反応をしたことに驚きを隠せない。


「あら、もしかして私が弱いと思っている?」


 言葉と共に、大きく身体を反った状態から蹴りを繰り出した。

 まるで鋭い刃物のような勢いがあり、シュリネは刀で防御する。

 勢いのまま、シュリネはオルキスの背後へと跳ぶ。

 ぐにゃりと、軟体生物のような動きを見せて、オルキスは再び元の状態へと戻った。

 向き合った状態になると、オルキスが眼鏡を取り外して髪を後ろへと撫で上げる。


「ハインからどこまで聞いているのか知らないけれど……私は別に、守ってもらうためにこの病院を監視させているわけじゃないわ。私の大事な大事な『実験体』が……ここから逃げ出さないようにするための監視。そのために必要なのは絶対的な支配――すなわち、強さよ」

「強さ……ね。なんだか知らないけど、随分自信があるんだ」

「うふふっ、あなたはクロード・ディリアスを打ち倒しているものねぇ? あの男は……強さだけで言えば、規格外だもの。でもねぇ――」


 オルキスが言い終える前に、シュリネは距離を詰める。

 彼女は随分と饒舌だが、シュリネの見立てでは、それほど強いというわけではなさどうだった。

 よく見えているが、ただそれだけ。

 実際、今度はシュリネの動きに完全には反応できず、スパンッと乾いた音が響き、皮一枚でかろうじてつながった状態であるが、左腕がほとんど切断状態となった。

 だが、オルキスは意に介することなく、残った右腕で攻撃を仕掛けてくる。

 シュリネはすぐにその場から退いた。

 動きも大して早くはないが、オルキスの痛みに対する耐性は異常だ。

 腕を切断されてなお、顔色一つ変えずに反撃を試みるなど、尋常ではない。


「ぴょんぴょん飛び跳ねて、まるでウサギさんみたいねぇ。可愛らしいわよ、シュリネさん」


 シュリネが回避に徹するのには理由がある。

 現状、シュリネは怪我を負っている左腕をなるべく使わないようにしている――否、正確に言えば、治療を施していないのだからまともに使えないというべきだろう。

 フレアの一件も考えれば、彼女からの治療を受けない方が正解だったのかもしれないが。

 

「……腕がそんな状態で、余裕だね。痛みとかないの?」

「感覚を即座に遮断するのなんて、難しくもないわ。それに、私の話は最後まで聞いておくべきよ」


 オルキスはそう言うと、ギリギリで繋がっている状態の左腕を自ら引き千切る。

 そのまま、ゴミでも投げ捨てるように左腕を放ると、


「あなたと違って、私の左腕は替えが利くのよねぇ」


 何かをすり潰すような奇怪な音が聞こえたかと思えば、ずるりとオルキスの左腕が生え変わった。

 色は先ほどよりも赤みがかっていて、爪の色も黒く変色している。

 血管も浮き出ており、それは再生というより――別の何かに変化したようだ。


「あなたも人並み外れてる……ってことか」

「もしかしてディグロスのことかしら? 彼も私も似たようなものだけれど、異質さで言えば――私の方が上かしらねぇ」


 もはや、何も隠すつもりはないらしい。

 ディグロスの名を知っているということは、やはりオルキスはフレアの暗殺を企む者の一人であり――そして、長年この病院で医師として働きながら、裏でずっと暗躍していたということだ。

 ハインもそうだが、果たしてこの王国に何人、紛れ込んでいるのか。

 だが、彼女が何者であれ、シュリネのすることは変わらない。


「異質だろうと、異形だろうと関係ないよ。わたしはあなたを斬る」

「うふふっ、やってみなさい。私もねぇ、あなたのこと……弄ってみたいと思っていたのよ」


 オルキスが笑い、シュリネは低く構えを取る。

 ――病院内での戦いが始まった。

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