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78.私にできること

 ――シュリネが戻ってこない。

 一日くらいなら、特段気にするようなことはなかった。

 けれど、二日三日と時が経てば、話は別だ。

 ルーテシアはシュリネが向かったはずの病院に確認を取ったが、最後にオルキスと中庭で話したきり――彼女の行方は分かっていないそうだ。

 フレアにも協力してもらい、周辺での聞き込みを行ったが、やはりシュリネの足取りは掴めていない。

 彼女は特に服装もそうだが――王都では目立つ姿をしている。

 目撃情報がないということは、何かあったということは明白であった。


「……どこに行ったのよ」


 王宮内を一人歩きながら、ルーテシアは小さな声で呟いた。

 フレアやエリスの前では「あの子のことだから、何か考えがあるんだと思うわ」と気丈に振舞って見せたが、心配する気持ちは強くなっていく。

 シュリネは怪我をしていて、何より彼女自身は面識はないようだったが、ディグロスという男はシュリネのことを知っているようだったと聞いている。

 もしも、王宮を出た後にあの男に狙われたのだとしたら。

 シュリネは勝つ方法があると言っていたが、果たしてそう上手くいくものなのだろうか。


「……」


 思わず、ルーテシアは足を止めた。

 そこは王宮内で借りている一室で、シュリネが使っている部屋だ。

 勝手に人の部屋に入ることは憚られるが、ルーテシアは何かを求めるように部屋の中へと足を踏み入れる。

 借りている部屋というのもあって、彼女の私物はほとんど置いていない。

 そもそも、シュリネはルーテシアの屋敷においても、あまり私物などは置かない。

 普段着ている服や刀といった必要最低限のものはあるが、シュリネは荷物はできる限り持たない主義らしい。

 だからこそ、時々少し不安になる。

 ――いつしか、彼女がどこかへ行ってしまうのではないか、と。

 別に、シュリネはあくまで護衛として雇っただけの関係で、それ以外に理由はないと言われれば――その通りだ。

 けれど、ルーテシアはシュリネのことを信頼していて、関係は短いけれど、命の恩人で。

 傍にいてほしいと思うのは、我儘だろうか。


「……本当に、どこに行ったのよ」


 心配する気持ちと共に、シュリネが口にした言葉を思い出してしまう。


 信じてもらうのってさ――結構、嬉しいんだよ?


 今こそ、シュリネのことを信じるべきなのだろう。

 彼女は簡単に敵に負けたりはしない。何か理由があって姿を見せていないだけ――けれど、


「私には、何か知らせてくれたっていいじゃない……」


 これも我儘なのは分かっている。

 小さく息を吐きだして、ルーテシアは部屋を出ようとする。

 ――そこで、テーブルの上のある物の気が付いて、足を止めた。


「! これは……」


 傍に寄り、ルーテシアが手に取ったのは、シュリネがよく髪につけている飾りだった。

 シュリネ曰く、師匠にもらった物らしく、彼女はどこに行くでも必ず身に着けている。

 病院へ向かった日も――シュリネは確かに、髪飾りをつけていたはずだった。

 ならば、どうしてテーブルの上に置いてあるのか。


「……シュリネは、一度ここに戻ってきた……?」


 戻ってきて、再び姿を消したということになる。

 だが、王宮での目撃情報は出て行った後はない。

 ルーテシアが手に取った髪飾りから、ひらりと小さな紙切れが一枚落ちた。

 手に取ると、数字の記された紙が一枚だけ。

 ――だが、その数字を見てすぐに、ルーテシアは気付く。


「この数字……いえ、日付ね。フレアが王として即位することを公表する日……なんで、これが――」


 そこで、ルーテシアはハッとした表情を浮かべた。

 この部屋に出入りする人間は限られている。

 少なくとも、シュリネが姿を消した日からは誰もここには入っておらず――心配したルーテシアが初めて入ったことになるだろう。

 つまり、これはシュリネからルーテシアに対するメッセージだ。


「……何よ、顔くらい見せてくれたら、こんなに心配しないのに」


 だが、ルーテシアがシュリネを心配したからこそ発見できた物であり、なるべく目立たず、ルーテシアだけに分かるようにしたメッセージなのだろう。

 普段から大事にしている髪飾りこそ、ルーテシアだけに伝わるのだ。

 後は、ルーテシアがそのメッセージを読み解くだけだ。


「……シュリネがこれを私に知らせたかったとして、どうしてこの日に? シュリネが戻ってこないのは――いえ、この日に戻ってくる、ってこと? それまでは、姿を見せられない……もしくは、何かすることがある……?」


 情報はあまりに少ないが、ルーテシアはシュリネの意図を推測した。

 フレアを守るのに、シュリネは欠かせない存在で――けれど、姿を消している。

 そして、シュリネが戻ってこない間もなお、敵の襲撃は一向になかった。


「――これって、この日に暗殺者からの襲撃がある、ってこと……!?」


 ルーテシアはシュリネのメッセージの意図に気付いた。

 どうして彼女が決行の日を知っているのか、それは分からない。

 敵と遭遇して聞き出したのか、あるいは――ただ、現状を考えれば、全てに納得がいく。

 ルーテシアはシュリネから託されたメッセージを受け取った。 

 髪飾りを握りしめ、すぐにシュリネの部屋を後にする。


(一緒に守るって決めたんだから、私にできることをしないと……!)


 先ほどまでとは違い、ルーテシアは決意に満ちた表情を浮かべていた。

 シュリネのことは心配でも、そればかりではダメなのだ。

 ――運命の日は、すぐそこにまで迫っている。

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