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77.騎士になる機会

 王宮内の騎士は、担当する箇所がそれぞれ分かれている。

 かつては王を傍で守ったこともある優秀な騎士も――今は、その見る影もなく、やる気のない視線をやってきたフレアへと向けた。


「これは……フレア様ではありませんか? 何故、このようなところに?」


 無精髭を生やし、自嘲気味な笑みを浮かべながら、男――ウロフィン・ベンデルは尋ねた。

 すぐにエリスが前に出てウロフィンを叱責しようとするが、制止をしたのはフレアだ。


「ウロフィン・ベンデル――わたくしが、貴方の元を訪れることが、そんなに不思議なことですか?」

「不思議でしょうよ。俺は死んだクロードの副官ですよ? 『あの場』にはいなかったとはいえ……もはや、王宮にいられることもどうして許されているか」


 そう言いながら、ウロフィンは視線を後ろに控えているルーテシアへと送った。

 敵意などは感じられないが――クロードの副官ともなれば、彼女の命を狙うために刺客として目の前に立っていてもおかしくはなかったのだ。

 ルーテシアは反射的に一歩、後ろへと下がってしまう。


「貴方は罪を犯してはいないからですよ、ウロフィン」

「罪を犯していない――あなたの調査結果では、そうなったらしいですね。ハッ、それで俺を王宮に置いておくとは、随分とお優しいことで」

「……貴様、フレア様への不遜な態度、許されると思うなよ」

「エリス、お前は相変わらずフレア様の番犬としてご立派に働いているようだな。つい先日もご活躍だそうで」

「……っ」


 エリスは表情を曇らせる。ウロフィンの耳には届いているはずだ――エリスはフレアを守れてなどいない。

 分かっていて、煽るような口調で言っているのだ。

 以前のエリスであれば、ここで剣を抜いていてもおかしくはなかった。

 だが、フレアの考えを理解している――大きく息を吐き出すと、それ以上は口を挟むことはなかった。


「おや、意外だな。お前が引き下がるとは」

「――ウロフィン、わたくしの騎士への侮辱は、そこまでにしていただけますか?」

「! ほう」


 ウロフィンは少し驚いた表情をして、フレアを見た。

 どこまでも優しく――否、優しすぎるが故に、決して怒ることはなく。

 人と争うことを望まないがために、たとえ側近であるエリスのことを悪く言われたとしても、かつての彼女は穏便にその場を納めようとしていただろう。

 だが、フレアは今、怒っている。

 それが、ウロフィンにも伝わってきた。

 先ほどまではやってきた王女にまるで興味など示していなかったウロフィンは、彼女の変化に態度を少し変える。


「これは――失礼を。しかし、ますます分かりませんね。フレア王女……あなたがここに来たのは、俺に何か願いがあるからでは?」

「ええ、その通りです。ウロフィン・ベンデル、わたくしは貴方の剣の実力を買っています。故に、わたくしに協力いただけませんか?」


 それを聞いた途端、ウロフィンは大きな声で笑いだした。


「ハハッ、ハハハッ、協力と申しましたか?」

「わたくしがここに来た時点で、ある程度の予想はしていたのでしょう? ご存知の通り、わたくしは今――命を狙われています」

「ええ、そうでしょうね。まさか、この王宮に乗り込んでくる愚か者がいるとは俺も思いませんでしたが……いや、そういう意味では――命を狙われた令嬢を救い出すために、乗り込んできた愚か者もいましたがね」

「後者の方はわたくしの恩人でもあります。それに、命を懸けて戦った人を愚か者とは呼びません」

「……らしくないですね、フレア様。俺に頼み事に来たはずでしょう?」


 ウロフィンは椅子に腰かけたまま、背もたれへと寄りかかり、先ほどよりも偉そうな態度を示した。

 こんなこと――現王であれば許すはずもない。

 ましてや、王女相手に取る行動でもない。

 ウロフィンは自棄になっているのだ。

 かつての上司で、憧れだった人は――アーヴァントの味方をした。

 彼は次代の王には相応しくなく、ウロフィンはクロードに対し進言したことを、今でも覚えている。


「……アーヴァント様を次期王とするのは、反対です」

「ならば、あなたは誰を選ぶと? フレア様か?」

「それは……」


 ――即答できなかった。

 フレアは温厚で優しいが、ただそれだけ。

 王としてのカリスマはなく、今の彼女ではこの国はきっと衰退してしまう――そう、ウロフィンは思っていたからだ。


「あなたは間違ってはいない。アーヴァント様は――王には相応しくない」

「……は?」


 それは、ウロフィンにとってはあまりに衝撃の言葉であった。


「相応しくはないが、私が望むモノが得られるのだ」

「望むモノ……とは?」

「――戦場」

「……!」


 それは、憧れている男が口にした、あるいは騎士としての存在価値が最も発揮される場所でありながら、望んではならない場所だ。


「私も久しく戦いの場には出ていない――平和な国で老いていくのもまた、騎士としては喜ぶべきことだろう。私がフレア様を選べば、きっと大きな問題が起こることもない。否、私が起こさせない」

「では、何故……」

「フッ、耄碌したと思ってもらっても構わん。私は騎士として、再び戦場に立つことを選んだだけのこと。アーヴァント様であれば、間違いなくそうなるだろう。それが私に利すること――さて、あなたはどうする?」

「俺、は……」


 結局、ウロフィンはクロードの問いに答えられなかった。

 だが、アーヴァントを支持することには納得できず、憧れた男のことを理解することもできなかった。

 未だ、ウロフィンは過去に囚われ、進めずにいる。


「――わたくしはもう、諦めないことにしました」

「……諦めない?」


 フレアが口にした言葉の真意が読めず、ウロフィンは怪訝そうな表情を浮かべる。


「ええ、刺客に襲われた時、わたくしは恐怖のあまり動けなかったのです。情けないでしょう? 一国の王となる者が、たった一人の刺客相手に恐れをなすなど」

「それは……」


 ただの刺客であれば、ウロフィンもそう考える。

 だが、話には聞いている――多くの騎士が恐怖で未だに、思い出すだけで震えるほどの相手だった、と。

 そんな相手ならば、あるいはクロードであれば、嬉々として戦いに臨んだのかもしれないが。


「あのような者に狙われたのならば、わたくしはもう助からない。無駄な犠牲を出すくらいなら、わたくしが命を落とすだけで済むのなら――それでいい、と」

「そう考えたのであれば、何故?」

「わたくしを支えてくれる方がいるからです。ここにいるエリスも、ルーテシアも。それに、あの者と対峙し、未だに消えぬ恐怖を抱く騎士達も――ここを去らずに、今もわたくしを守ろうとしてくださっています」


 何人かは心が折れて、去ったと聞いている。

 だが、フレアの傍に残った者が多いのも事実――彼女には確かにカリスマはないのかもしれない。

 それでも、王としての役目を果たそうと必死になっていることは、以前から聞いていた。


「ウロフィン・ベンデル、貴方はクロード・ディリアスの副官でありながら――兄上の側にはつかなかった。貴方は選べなかったのでしょう、どうするべきか。それは、わたくしも同じでした」

「俺は……」


 図星だ。何も言い返せず、ウロフィンは静かに俯く。

 不遜な態度はもうそこにはなく、ただ情けない男が一人、少女の前にその姿を晒しているだけだった。

 そこへ、フレアは手を差し伸べる。


「これは、わたくしから貴方への願いであり、最後のチャンスだと思ってください」

「チャンス……?」

「貴方が騎士としてどうあるべきなのか、どうありたいのか――わたくしはそれが知りたい。いえ、まだ王国の騎士でありたいのなら、ここにいるエリスと共に、わたくしを支えてくださいませんか?」


 こんなことがあるのかと、ウロフィンは震えた。

 かつての上司を裏切るような形で離れ、罪には問われなかったとはいえ――フレアにも協力するようなことはなかった。

 どっちにもつかず、どこまでも半端で、もはや騎士を名乗ることすらおこがましい。

 そう思っていたからこそ、フレアがやってきても騎士らしい態度も取れず、ずっとふてくされていた。

 そんな自分にフレアは今一度、機会を与えると言っているのだ。


「……もしも、その言葉をもっと早く聞けていたのなら、俺はきっと、あの人を本気で止めていただろう。騎士でありながら、王は病に倒れ、仕えるべき人を見失った――本当の愚か者は、俺だ」

「……」


 フレアは答えない。

 彼の選択がどうであれ――ここで下手な言葉をかけるべきではないと、理解しているからだ。

 ウロフィンは、フレアに対して態度で示した。


「だが、この俺に……もう一度『騎士になる機会』を与えていただけると言うのならば」


 ウロフィンは椅子を降りてその場に膝を突き、フレアへの忠誠を誓う。


「ウロフィン・ベンデル、命を賭してあなたをお守り致します」

「いいえ、貴方も必ず、生きてわたくしを守ってください。それが、わたくしに仕える騎士の条件です」


 ――そんなこと絵空事でしかないのは、フレアも分かっている。

 だが、そう願うこともまた、フレアらしいと言えた。


「ご命令に従います」


 ウロフィンは力強く答えた。

 そこには先ほどまでの希望を失った男はおらず、今は王女を守る一人の騎士となった。

 ウロフィンは立ち上がると、後ろに控えていたルーテシアの下へやってくる。


「ルーテシア様、あなたには謝罪をしなければ。俺は……クロードを止められませんでした」

「……あなたの責任ではないわ。それより、フレアを一緒に守る選択をしてくれて、感謝しているもの」

「ハハッ、あなたも随分とお優しい方だ……。この場において厳しいのは――エリス、お前だけか」


 以前として鋭い視線を向けていたエリスは、名を呼ばれるとウロフィンの前に立つ。


「フレア様を守ると決めた以上、共に戦う仲間として受け入れよう」

「そういう態度ではないが……一応、俺はお前の先輩だぞ」

「先輩らしいところを見せてくれるように、期待している」

「……相変わらず生意気な奴だ。まあいい――ああ、俺から一つ共有しておくことがあります、フレア様」

「……? どういった内容でしょうか?」

「ええ、いわゆるアーヴァント派の貴族についてはあなたもご存知でしょうが、クルヴァロン家とアールワイン家が何やらきな臭い動きをしているそうです」

「きな臭い動き……具体的にはどのような?」

「まだ俺も詳しくは把握してませんが、第二王子を王宮に呼び戻す動きがあるとか」

「……!」


 フレアはそれを聞いて、驚きの表情を浮かべる。

 第二王子――フレアの弟だが、彼はまだ幼く、王位を継ぐにはあまりに若すぎる。

 アーヴァントとフレアの継承争いに巻き込むには酷であると判断し、フレアが王都から遠ざけていた。

 まだ呼び戻すには早い段階であるが、クルヴァロンとアールワインの両家が動いているということは――導き出される答えは一つ。


「やはり、わたくしが王位を継ぐことには反対している……ということですね。そして、今度は弟を利用しよう、と。到底――許すことはできません」


 温厚で優しいフレアであっても、怒らないわけではない。

 否、決意を固めたからこそ、実の弟が利用されることは我慢ならないのだろう。

 ウロフィンはアーヴァント側の人間ではないが、クロードの副官だ。

 ある程度、そういう情報は耳に入ってくるのだろう。


「ウロフィン、『敵方』の情報が入り次第、すぐに共有いただけますか?」

「ええ、剣技以外でも役立って見せましょう」

「ありがとうございます。エリス、ウロフィンの部隊も含めた王宮の守りについては位置を検討してください」

「承知致しました」

「それから……ルーテシア。ありがとう」


 微笑みを浮かべてフレアは言い、ルーテシアは思わず目を丸くする。


「何よ、私にも何か命令があるのかと思ったわ」

「ふふっ、貴女にはお願いをしたでしょう」

「傍に立っていただけよ」

「それだけで十分――貴女がいてくれると、心強いから」

「そう? いるだけでいいのなら、いつでも呼んでちょうだい」


 少しずつだが、いい方向に傾きつつある。

 ウロフィンを味方につけられたのは大きい――王宮の戦力増強だけでなく、フレアの命を狙う者への牽制にもなる。

 後はシュリネが戻ってくれば、準備は全て整うことになる。

 ――けれど、いつまで経っても、シュリネが王宮に姿を現すことはなかった。

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