76.劇的な最期を
流れる水路を、冷ややかな視線でハインは見つめていた。
わずかに赤色に染まったが、すぐにそれもなくなり、彼女は姿を現さない。
「――どうするのかと思いましたが、シュリネ・ハザクラを始末できたようですね」
シュリネを水路に落とした後、姿を現したのはシスティであった。
キリクの命令か――ハインがきちんとシュリネを始末できるのか、見届けさせたのだろう。
「彼女の戦闘力を考えれば、まともに戦うなど愚か者のすることです」
「ええ、実に素晴らしい――ですが、一つ」
システィはちらりと、水路に視線を向けた。
「首を持たずに帰るのでは、ね。キリク様にどう説明するつもりです?」
「そのために、あなたにわざわざ始末するところを見せたんですよ。この暗がりでも分かるでしょう? あの傷では――まず助かりません」
「……確かに、胸の辺りを貫いていたようですが」
ハインがシュリネを刺したのは、システィは目撃しているはず。確実に始末したかどうかを、見届けるために潜んでいたのだから。
「やはり念のため、遺体は見つけておきましょう。キリク様にご報告するために」
「――この水路は入り組んでいて、流れもここから早くなります。死んでしまったシュリネを見つけるなんて、時間の無駄ですよ。それよりも、相手方は主戦力を一人失った。そして、事実を把握することもできない状況……どこまでも、私達に有利です。慎重に、かつ確実に計画を進める必要があります」
「……一理ありますね。まあ、先ほどは本当に錯乱したのかと思いましたが、今は冷静なようで安心しましたよ」
「ですから、言ったでしょう? 私の演技はどうですか、と」
くすりと、ハインは笑みを浮かべる。
システィは疑り深い女だ――ハインのことをよく思っていないし、きちんとシュリネを始末したかどうか、確認したいという気持ちは隠せていない。
だが、胸を一突きしたという事実。明確に、システィは殺した現場を目撃したのだ――よく見ていなかったなどと、言うはずもなく。
「いいでしょう。水路は他の者に任せます。あなたはシュリネを始末した――もし一つでも嘘が見つかれば、どうなるか分かっていますね? 私はいつだって、あなたのことを見ていますよ、ハイン」
「はい、もちろんです」
システィはハインのことを脅している。
かつて、王都に戻ってきた時と同じだ。
――あなたの役目は終わりです。これ以上は、分かりますね?
システィは、耳元でこう囁いたのだ。
いつだって、彼らはハインを脅し続けている。
けれど、ハインにそれだけ価値を見出している――皮肉にも、ハインは強く優秀だ。
キリクもハインを気に入っていて、手元に置いておきたいのだろう。
逆らいさえしなければ、ハインも妹であるクーリも優遇される。
選ぶのなら、ルーテシアの傍より確実に――そちらの方が恩恵が大きいに決まっている。
だから、ハインは選んだのだ。
もう、後戻りはできない。
「さあ、王女の劇的な最期を――演出するとしましょうか」
ハインはそう言って、しっかりとした足取りで歩き出す。
その顔にもはや迷いはなく、弱音はもう吐かない。
王女の暗殺決行まで――残り三週間だ。