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75.戻れない

 ハインを突如として襲った衝撃は、彼女の目を覚まさせるには十分であった。

 よろよろとわずかに後方へと下がり、信じられないものを見るような目をシュリネへと向ける。


「どうして……」

「攻撃に隙が多すぎる。さっきも言ったけどさ、殺す気ならわたしの首を落とせる時に落としてるでしょ。途中までは少し楽しめたよ? でも、わたしが間合いを詰めた時に手加減した」

「私が聞いているのは……何故、私を殺さなかったのか、ということです。私は、あの子の元へは戻らないと――」

「私はあなたを斬るつもりだったよ」


 シュリネはハインの言葉を遮って、はっきりと告げた。


「なら、どうしてそうしないんですか?」

「あなたが本気でルーテシアを裏切っているのなら、そうするつもりだった」

「裏切っているではないですか、誰がどう見たって」

「迷って、わたしを殺せないような人が、裏切ってるとは思えないね。ここでわたしに斬られて、どうするつもりだったのさ?」

「……私は、お嬢様の元へは戻れません。けれど、あなたの言う通り――妹を見捨てることも、できません。もう、疲れてしまったんですよ……」


 ハインが脱力すると、鉱糸がパラパラと床に落ちていく。

 ようやくハインの臨戦態勢は解かれて、シュリネは刀を鞘へと納める。


「ここで死んだら、どっちも選べないよ」

「選べないから、死ぬんですよ。けれど、私の死を以て、お嬢様への贖罪をすることができると考えました」

「ルーテシアがそんなこと望むと思う? それに、クーリのことはどうするのさ。あの子は、病院でずっとあなたのことを待ってる」

「クーリは……病気でずっと入院しています。治療も継続的に必要ですが、その治療をしているのは――『あの医者』なんですよ」


 シュリネの予想は大体当たっているようだった。

 問題は、ハインがすでに諦めてしまっていることだ。


「私が生きている限り、私は命令通りに動かなければなりません。フレア様を殺す――障害となるのならば、あなたもお嬢様も」

「だから、ここで死ぬって?」

「ええ、戦死であれば――クーリを生かす意味もありませんが、彼らが手元へ置いておく意味もなくなります。私は、クーリの治療と引き換えに、ある組織に忠誠を誓った身ですから」

「それじゃあ、なおさら死ねないでしょ」

「なら、私はどうすればいいんですか?」


 ハインが感情をはっきりと表に出したところを、シュリネは見たことがない。

 今、彼女は明らかに追い詰められている。


「命令には逆らえない。お嬢様の元へは、戻れない。 私は……もう、妹を救うことも、選べない……! だって、お嬢様も、クーリも、私にとっては、大事なんです……。信じるなんて、簡単に言わないでくださいよ……! 私はもう、選べない――」

「なら、わたしから一つ提案するよ」

「……提案?」


 今にも壊れてしまいそうなハインだったが、シュリネの言葉に反応する。

 ハインが選べないというのなら、シュリネが道を示すまでだ。


「ルーテシアの下へ戻るためには、クーリを助けないといけない――まずは、クーリの身の安全を確保すればいいってことでしょ?」

「私だって、一度は連れ出そうとしましたよ。けれど、目の前で……クーリを人質に取られて、何もできなくなってしまいました。彼らは簡単に、人質を傷つけます。まともに動けない状態のクーリの安全を確保するなんて……」

「わたしが助ける。クーリとは幸い、顔見知りではあるからね。ハインの話をすれば、言うことは聞いてくれると思うし」

「……助け出して、どうするというんですか。あの子はどのみち、治療が必要で――」

「その医者だけがクーリを治せるの? それに、クーリはあなたのことを待ってる。クーリの望みを叶えるのなら、あなたは生きないといけない」

「ふっ、生き延びて、希望のない未来しかなかったら、どうするのですか?」

「ここで死ねば、未来すら存在しないよ。だから、選びなよ――わたしと手を組むか、全てを捨てるか」


 これは、シュリネにとっても賭けであった。

 ハインはすでに精神的に限界だ――クーリを助けるといっても、はっきり言えば何の保証もなく、病気の彼女を救い出して、治せるかどうか分からない。

 シュリネは医者ではないのだから。

 故に、ハインに選ばせるのだ。

 死を選ぶくらいなら――生きて、わずかな可能性にも賭けるように。

 ハインはゆっくりとした動きで、シュリネの傍に寄る。

 そして、静かに口を開いた。


「――」

「……!」


 トスッ、と小さな音が耳に届いた。

 シュリネが視線を下ろすと、腹部は赤く染まっており、刃が当たっているのが見える。

 顔を上げたハインが、今度は周囲に聞こえるような声で話す。


「……あなたほどの人が、隙だらけですよ? どうです、私の演技は? まともに戦うより、こうした方が楽でしたね。あなたさえ――あなたさえいなければ、全てが上手くいくんです」


 そう言って、ハインはシュリネの肩を押す。

 バランスを崩して、シュリネはそのまま――水路へと落下した。

 これが、ハインの選んだ道であった。

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