72.ある騎士の下へ
「南門の警備が少し手薄になっているな。増員はできないか?」
「おそらく、王都の外壁を警備する部隊を回せば……しかし、敵は門を通るのですか?」
「通るか通らないか――それが理由で警備を手薄にする必要はない。敵の狙いはフレア様だ。監視の手は緩めるな」
「はっ!」
フレアへの襲撃から一週間――以前、王宮を守る騎士の士気は完全に回復したわけではない。
しかし、目の前で相対したエリスが一切、臆する様子を見せず、変わらずに騎士達に指示を出している。
その上、フレアの周辺警備にはエリスと互角の戦いを見せたシュリネの姿もあった。
完全に士気は戻らずとも、騎士達にも王女を守りたいという意思はある。
問題は――敵の襲撃がいつ行われるか、だ。
「ここ一週間で敵の姿は全くないね。誰かが様子見に来てるわけでもなさそうだし、はっきり言えば仕掛ける気配を感じられない」
「……どういうことかしら。あんなに目立った行動をしておいて」
「さて、ね。やっぱり、あの時の襲撃自体が敵同士で連携が取れていたものじゃない――そんなところかな」
ルーテシアの言葉に、シュリネは予測を答えた。
昼夜問わず、襲撃への警戒は怠っていない。当たり前だが、暗殺者がいつフレアを襲うのか分からない以上、常に警戒をする必要があるからだ。
だが、このままの状態を続けるにも限界がある。
王宮の騎士達やエリス、シュリネもそうだが――命を常に狙われ続ける、フレアもそうだ。
前に比べれば随分とマシになっているし、ルーテシアの支えもあって、フレアは皆の前では普段通りに振る舞えている。
命を狙われてもなお、王女としての公務を続け、着々と王位に就く準備は進められている――その姿は、フレアの次期王としての立場を確立していく。
だが、彼女が殺されれば、全てが終わりなのだ。
(……王女様の公表があと三週間後、だっけ。それまでに始末をつけるはずだけど、攻めてこない理由はなんだ? 敵は明らかな過剰戦力――真正面から殴り合っても勝てるはずなのに来ないのは……)
シュリネも頭をひねらせるが、中々答えは出てこない。
「あー、こういう時に師匠がいれば、もう少し可能性とかなぁ……」
「師匠って、シュリネの剣の師匠?」
「ん、そうだよ」
「というか、シュリネに師匠っていたのね」
ルーテシアは少し意外そうな表情で言った。
それを聞いて、シュリネは少し唇を尖らせて、不満そうな表情をする。
「わたしにだって、それくらいいるよ。誰でも最初から強いわけじゃない。元々、護衛の仕事だって師匠からいずれその仕事に就くことになるからって教えてもらってんだし」
「そうなのね。その人は、今どうしているの?」
「さあね。最初の頃はずっと一緒にいたけれど、時々姿を見せるようになって……護衛の仕事に就く前には、『仕事がある』って姿を消しちゃったから。わたしが濡れ衣着せられた時も、師匠には連絡取れなかったし……。一応、育ててもらった恩もあるし、色々と報告はするつもりだったんだけど」
今頃どこで何をしているのか――師匠の話をすると、もう一人の人物のことも思い出す。
(師匠のこと、最近思い出したのは……クーリと話した時だったっけ。あの子もどうしてるのかな)
見舞いに行く、とは答えたが――それどころではなくなってしまっていた。
何せ、今は常に警戒をしなければならない状況だ。
ルーテシアはフレアの傍を離れないし、ルーテシアの護衛であるシュリネもまた同じだ。
腕の怪我のこともあるし、色々と片付けば顔を見せるくらいはしてもいいか、そう考えた時、
「シュリネさん、腕の怪我の方は病院で経過だけでも診てもらった方がいいのでは」
不意に、フレアがそんなことを口にする。
シュリネが左腕をさすっていたために、改めて気になったのだろうか。
「ん、別にいいよ。王宮でも診てもらってるし」
「シュリネさんの主治医の方には、一度顔を出すように言われているのでしょう?」
「まあね。でも、わたしが離れるわけには――」
「四六時中、張り詰めていては貴様も気が滅入るだろう。王宮には私も、それに護衛の騎士もいる」
シュリネの言葉を遮ったのは、先ほどまで騎士達に指示を出していたエリスだ。
フレアとエリスは、どうやら二人ともシュリネの怪我の具合を心配しているらしい。
シュリネ自身が『心配はいらない』と言っているが、やはり負い目があるのだろう。
何を言われてもこの場を離れるつもりはなかったが、
「いい機会よ。病院にいた子にも、見舞いの約束をしていたでしょう?」
「! ルーテシア、覚えてたんだ」
「当たり前じゃない。私も、貴女は少し息抜きをした方がいいと思うわ」
「息抜きって……護衛の仕事には必要ないし」
「貴女がそうだから、私が注意しないといけないんでしょう。ろくに寝てないじゃない」
それが分かるということは、ルーテシアだって休めていないはずだ。
けれど、ルーテシアに言われると、シュリネもあまり反論する気がなくなってしまう。
「まあ、あの病院と王宮はそこまで距離があるわけじゃないし、襲撃があればすぐに気付けるだろうけど」
「なら、決まりね」
「いいけど、ルーテシアも休みなよ」
「私は――そう、ね。貴女が戻ってきたら、代わりに少しお休みをいだたこうかしら」
ルーテシアはまだ休むつもりはないらしい。――というより、シュリネが戻ってきたら、と条件をつけられてしまった。
それならば、とシュリネはすぐに病院へと向かうことにする。
「ルーテシアは、わたくしと共に来ていただけますか?」
「どこかに向かうつもり? まさか、王宮の外に?」
「いえ、王宮内にいる――ある騎士の下へ」
「! フレア様、まさか、奴を説得するつもりですか?」
「奴……?」
何やら不穏な空気に、一度シュリネは足を止める。
「シュリネさんは……申し訳ありませんが、今回は一緒に来てくださらない方が都合がいいのです」
「わたしが必要ないって、どんな相手なのさ」
「クロード・ディリアス――貴様が斬った男の副官であり、おそらく私と互角かそれ以上の実力を持つ騎士の一人だ」
「! なるほど……何となくわかったよ。じゃあ、今回は別行動だ」
「ええ、申し訳ありません」
「謝る必要はないよ。それじゃあ、すぐに戻るから」
ひらひらと手を振って、シュリネはその場を後にする。
フレアがこれから説得する相手は――少なからず、シュリネに対していい感情を持ち合わせてはいないのだろう。
だが、エリスが自身と互角かそれ以上と口にするのなら、間違いなく戦力としては頼りになるに違いない。
今のままでは、どう足掻いたって戦力に限界がある――シュリネが傍にいない状態でも、王宮の騎士だけで守れるだけの力は必要なのだ。