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67.私と一緒に

「すでにご本人には説明しましたが、腕の骨の一部は砕けており、あちこち神経まで傷ついています。以前のように動かせるかどうかは……正直言って分かりません」

「……っ」


 シュリネの担当医ということもあり、王宮に呼ばれたオルキスから直接、その話を聞いたルーテシアは思わず言葉を失った。

 応急処置や対応が早かったために、怪我の悪化を防ぐことができたが、やはりシュリネは重傷であった。


「形だけでも、というご本人の希望には沿いましたが、すぐにでも入院と手術をすべきだと私は思います。ルーテシア様から説得いただけませんか?」

「……本人は、治療を拒否しているんですか?」

「仕事がある、の一点張りで」


 ルーテシアは拳を膝の上で握りしめる。


(……私のせいだ)


 シュリネは逃げるべき――そう判断した相手だった。

 フレアを放っておけないという気持ちから、ルーテシアはそれには従わず、結果的にシュリネに戦う道を選ばせてしまった。

 腕一本、生涯に渡って満足に動かせない可能性があるなど、特にシュリネにとっては大きな問題だろう。

 そんな状態でも、シュリネは治療せずに仕事を全うしようとしている。


「……それで、本人は?」

「処置を終えたら、もう部屋を出て行ってしまいましたよ。病院の方ではいつでもスケジュールを組めるようにしておきますから」

「ありがとう、ございます」


 ルーテシアはオルキスに深々と頭を下げて、部屋を後にした。

 王宮内はまだ騒がしく、騎士達が駆け回っている姿が目立つ。

 突然の襲撃による王女の暗殺未遂――敵の正体も満足に分かっていない中、久々に顔を合わせたハインが、敵方にいることだけが分かっている。


「っ」


 感情的に叫んでしまいたい気持ちを何とか抑え込んで、ルーテシアはシュリネを捜した。

 王宮内は広く、見つけるのに時間がかかるかと思ったが――城壁の上の方で王宮の外を眺めながら座る彼女を見つける。

 ルーテシアは駆け出すと、すぐにシュリネの下へと向かった。


「シュリネ!」

「どうしたのさ、そんなに慌てて」


 シュリネは振り返ることなく、いつもの調子で話す。

 左腕には包帯がしっかりと巻かれており、下手に動かさないように固定もされていた。

 その痛々しい姿を見て、ルーテシアは改めて決意して口にする。


「……先生から、話は聞いているでしょう」

「ん、まあ予想はしてたけどね」

「予想は……してた?」

「そう、たぶん急いで治療しても意味がないって。だから、あそこで追いかけるのが正解だったって話」


 シュリネはハインを追いかけようとしていた――それは、腕の怪我が簡単に治るものではないと理解していたからだ。

 すぐに治らないのであれば、ハインを追いかけた方がいい、そんなシュリネの選択だったのだ。


「何よ、それ。貴女、自分のことは一切気にかけてないの……?」

「わたしは常に命がけだよ。いちいち気にかけてたらキリがない」

「そんなのおかしいわよ! 命がけだからって、自分の身体を大切にしないのは別の話じゃないっ」


 こんなこと、自分に言う資格はない――分かっていても、止められない。


「私が、貴女の言う通りにしておけば……」

「そうすれば、たぶん王女様は死んでた。騎士様も。ルーテシアは間違った選択はしてないよ」

「でも、それで、貴女が――」

「ルーテシア」


 少し強い声色で、シュリネが名を呼んだ。見ると、鋭い視線でルーテシアを睨んでいる。


「今、あなたが口にしようとしていることは、わたしに対して侮辱してるのと同じだよ」

「そんな、こと」

「わたしが何のために強くなったのか――今は、あなたを守るために戦ってる。これは二人の契約なんだから。心配するのは勝手だけど、わたしが負った傷はわたしだけの責任だよ。あなたの問題じゃない。それとも、ただ傍に置くためだけにわたしを雇ったの?」

「……っ」


 ルーテシアは、彼女の問いに答えられなかった。

 自分ばかりが負い目を感じて、心配してような言葉を口にして――それが、シュリネに対する侮辱になるとは、考えもしていなかったからだ。

 二人の関係は確かに雇い主と護衛であり、それ以上にはない。

 故に、ルーテシアの過剰とも言える心配はシュリネからすれば不必要だ、というのは当然だ。


「私……は……」


 言葉が出ずに、ルーテシアは押し黙ってしまう。

 しばしの静寂の後、シュリネが小さく息を吐きだして、ルーテシアの傍に来る。


「心配するのは勝手、そう言ったでしょ」

「……?」

「わたしを護衛として雇ったのなら、信じてほしいから。今、この腕の治療は必要ない。それよりも、問題は王女様の方でしょ」


 ルーテシアは思わず、ハッとする。

 すでにシュリネは次のことを見据えている――これほどの怪我を負いながら、彼女の心は全く折れてはいないのだ。


「まさか、王女様を見捨てるなんて、言わないでしょ?」

「そんな聞き方、しないでよ」

「じゃあ、どうするの?」


 覚悟を決めろ、そういうことなのだろう。

 シュリネのこと、ハインのこと、フレアのこと――頭の中で考えることでごちゃまぜになりそうだが、全てに向き合うのならば、


「シュリネ、私と一緒にフレアを守って」

「――引き受けた」


 いつだってシュリネは迷いなく、ルーテシアの揺れる心も正してくれる。

 これから二人ですべきことは、決まったのだ。

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