61.後悔させてやる
――一週間が過ぎるのは早く、すぐに試合の日はやってくることになった。
「人を呼ぶ、的なこと言ってたけどさぁ……思ったより多くない?」
シュリネは少し呆れたような表情で、会場の方に視線を送る。
王宮内に常駐している騎士も多いため、訓練場は用意されている。
今回、シュリネとエリスが試合を行う場所であり、基本的に一般開放はされていない――故に、ここにいるのは王宮内を出入りできる騎士や貴族、王族の関係者というところなのだが、ほとんどは試合を見学しに来た騎士ばかり、というところか。
「仕方ないわよ。フレアも言っていたでしょう? 王国で一番強い人が決まるかもしれない――そういう試合なんだから」
シュリネの言葉に答えたのは、ルーテシアだ。
ルーテシアは観客席からではなく、シュリネの側で試合を見守ることにしたらしい。
「大袈裟だなぁ。結局は『試合』なんだからさ」
「……そんなこと言って、さっきからちょっと楽しそうじゃない?」
「ん、そう?」
シュリネは惚けた表情を見せるが、ルーテシアの指摘は概ね正しい。
そもそも、試合を提案したのはシュリネであり――この場が設けられたのは、シュリネの望みが叶えられた結果なのだから。
ただ、多くの観客がいることに関しては、別にシュリネはどうとも思っていない。
重要なのは――エリスの方だ。
何かと口うるさい彼女だが、剣の腕が立つことは間違いない。
だが、あの態度から察するに、フレアから言わなければ間違いなくシュリネの提案を受け入れることはなかっただろう。
あくまで、剣はフレアのためだけに振るい、それ以外のことについては使わない。
徹底して『彼女の騎士』と務め上げている、と言ったところか。
「隠さずに言えば、強い相手と斬り合うのは好きだからね」
「私には分からないけれど、そういうものなのね。でも、試合なのだからお互いに怪我はしないようにね?」
「試合でも怪我くらいはするものでしょ。それに、向こうはたぶん加減とかするつもりないだろうし」
そう言って、シュリネはちらりとエリスのいるであろう方向へと視線を送る。
まだ姿の見えない彼女だが――伝わってくるのは殺気にも近い張り詰めた感覚。
「試合でも楽しめそうではあるね」
「え?」
「ん、こっちの話。そろそろ時間だし、行くよ」
「そうね。でも、本当に無茶はしないでよ?」
「ルーテシアは心配性だね。わたしはあなたの護衛なんだから、無茶の一つや二つはするのが当たり前なのに」
「それは――否定できないのだけれど、その、仕事以外ではあまり無理をしてほしくはない……って言うのは我儘かしら?」
ルーテシアはどう言ったものか、といった様子で言葉を選ぶような感じだった。
彼女がどういう意図でそれを口にしているのか分からないが、シュリネは小さく微笑むと、
「ルーテシアがそう言うなら、怪我しない程度に頑張るよ」
そう答えて、手をひらひらと振りながら会場の方へ向かう。
改めて会場を見渡すと、フレアの姿が目に入った。
彼女もこちらに気付いたのか、小さく会釈をするような仕草を見せる。
ルーテシアとは違い、エリスの側から見守ることはしないのは――王族として公平性を保つため、というところか。
多くの騎士達が見守る中、シュリネに続いて姿を現したのはエリスだ。
シュリネが姿を現した時とは違い、一部の観客席から歓声が上がる。
彼女の部下か、単純に慕っている者か――どうあれ『フレアの付き人』としての振る舞いが強く、あまり表立った活動はしていないらしい彼女も、一定の認知度はあるようだ。
「もしかしてあんまりやる気ないんじゃないかと思ってたけど……そうでもないみたいだね」
シュリネが言うと、向き合ったエリスは静かに口を開く。
「先に断っておくことがある」
「ん?」
「私は貴様が嫌いだ。フレア様が許されようと、ルーテシア様の護衛であろうと関係ない。礼節を弁えず、無礼な態度を変えることもなければ直そうという気概も全く感じられない」
――出てくるのは、またしても小言ばかりで、シュリネは思わず顔をしかめる。だが、次の言葉で表情を変えた。
「そして何より、驕りが過ぎるというものだ」
「……驕り?」
「私の実力は――決してクロードに劣るわけではない。それでも確実に勝てる、という自信さえ貴様からは感じられる。それを驕りと言わずに何と言う?」
「そんなの、戦う前から負けることなんて考えるわけないでしょ」
シュリネは常に勝つことしか考えていない。
シュリネの戦いにおいて敗北はほとんどが死に直結するものばかり――負けを認めるということは、全て終わることと同義なのだ。
「確かに、貴様にはそう言い切るだけの実力はあるのだろう。だが――」
エリスは腰に下げた剣を抜き放つと、構えを取った。
「私をこの場に立たせたことを、後悔させてやる」
「前置きが長いね。でも、やっぱりやる気は十分じゃん」
シュリネは笑みを浮かべると、刀を抜いた。
フレアからもらった刀ではなく――まだ新調したばかりの新しい得物だ。
魔力を延々と吸われ続けるあの刀は、普段使うにはあまりに使い勝手が悪すぎる。
故に、シュリネは二本の刀を持ち歩くようになっていた。
ほとんど同時にその場から駆け出して、二人の刃が交わり――試合が始まった。