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59.大願を果たすために

 ガタンッ、と椅子が倒れる音が響いた。

 動揺して立ち上がったのは、ボリヴィエだ。


「な、何ということを……王女の始末? つまり、暗殺を決行すると言うのですか……!?」

「それほどに動揺することかい? ハイレンヴェルク家のお嬢様を殺すことには躊躇がないというのに」

「フレア様は王女なのですよ……! ハイレンヴェルク家はもはやルーテシアがいなくなれば没落寸前だった家柄――私は五大貴族の一人として、今の状況で王族に手を出そうなどとは……」

「座れ、ボリヴィエ」

「! ネ、ネルヘッタ……」


 ただ一言――ネルヘッタとボリヴィエは本来、対等な立場のはずだが、大人しく言葉に従い、椅子を直して座り直す。


「わしもボリヴィエの意見と同じだ。フレア様はすでに次代の女王となられるお方。第二王子はまだ幼いが故に、国を治めるのに適しているのは――」

「幼い王子であれば、それこそ好都合。フレアが死んだ後に、擁立すればいいだけの話さ。傀儡として扱えば、実権を握ることだって可能になるよ」


 キリクは淡々とした口調で言う。

 再び反応したのはボリヴィエだ。


「なんと、不敬な……」

「不敬? アールワイン卿は先ほどから何を恐れているんだい? 元より、ハイレンヴェルクを没落させることは王族に盾突くことと同義。後ろ盾や大儀がなくなった、というだけの話さ」

「それが重要だと言っているのです……! アーヴァント様を国王にする、その見返りを私達は受ける――王族と貴族にとって必要な関係性であって、あなたの提案はもはや謀反ではないですか」

「だから、そう言っているんだよ」

「……は?」


 キリクは極めて冷静に、そして冷淡に言い放つ。


「謀反を起こす、そう提案しているんだ。あなた達の一族が望む栄華を手に入れるために」

「……!」


 キリクの言葉を受けて、ボリヴィエは息を呑んだ。

 本気だ――その表情に嘘偽りはなく、二人に対して『反逆者になれ』と提案しているのだ。

 もはや言葉も出ず、ボリヴィエがただ口をパクパクとさせていると、


「わしは現国王とは……当然だが旧知の仲だ。衝突することはあったとて、決して裏切るような真似をしようとしたことはない。あくまでここは『リンヴルム王国』――その考えを変えるつもりはないのだ。だからこそ、アーヴァント様を第一王子として、次代の国王になれるよう支えるつもりもあった」


 そこには私欲や利権についても含まれるのだろう――だが、ネルヘッタの王国に対する忠誠は本物だ。

 隣に座るボリヴィエも態度こそ弱々しいが、ネルヘッタと変わらない。

 彼らは五大貴族であり、王族あってこその彼らなのだ。


「……だが」


 視線を落とし、ネルヘッタは自らの言葉を否定する。


「何故だろうな、王女を暗殺しようなどとは……考えにもないことだった。フレア様で決まったのだと、心の内では納得させていたのだ」

「!? ネ、ネルヘッタ……な、何を言っているです?」

「分からないか、ボリヴィエ。我らは何故、アーヴァント様を国王にしようとした。あのお方を支えれば、我らは五大貴族などという枠を超え――二大貴族という、さらなる繁栄を得られるからではなかったか? 親の七光りなどと言われ、今の貴族の立場に甘んじるだけの存在にはならないと、若い頃に誓ったことを忘れたわけではあるまい?」

「それは……」


 二人にとっての約束なのだろう。

 彼らには確かに忠誠心がある――だが、それ以上に強い野心も備えていた。

 ただ、同じ立場である貴族を超えようとしているだけであって、王族を超えようとまでは考えていなかったのだ。

 あくまで互いに利用し合う、対等に近しいところになれたらいい、と。


「王女の暗殺――成功すれば、確かにわしらが望む物が手に入るであろう。だが、本当にやれるのか?」

「僕には優秀な部下がいるんだ。たとえば――今、あなたの首元に刃をあてがわれていることさえ気付かせない、ね」

「!」


 指摘されて、ネルヘッタも意識した。

 確かに首元に冷たい感触があり、後ろに誰かいる――思わず息を呑むが、すぐに刃は離れていき、気配は完全に消える。


「……ふ、ははははは! 思えば、貴様の話に初めから乗った時点で、引き下がるなどという選択はなかったのかもしれんな」

「な……この提案を受け入れるのですか!?」

「ボリヴィエ、お前もついてこいなどとは言わん。わしとお前は対等な立場であり、友だ」


 ネルヘッタはそう言いながら、ボリヴィエに視線を向ける。


「だからこそ、願おう。共に来ないか? 我らの大願を果たすために」

「ネルヘッタ……」


 弱気だったはずの男は、そう請われたことで初めて表情を変える。


「……分かりました。元より沙汰を待っていればいずれは没落する可能性もある身。それならば、いっそのこと賭けに出るのもまた、面白いかもしれませんね」


 ――消えたはずの悪意が、再び蘇った瞬間であった。

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