58.手助け
――王都の外れは『比較的』治安の悪い場所、として知られている。
そうは言っても、犯罪が横行しているというわけではなく、人通りもそれなりにあるし、普通に暮らしている人だって多くいる。
ただ、古くから貴族や商人の密会の場としても利用されてきたのだ。
当然、隠れて会うくらいなのだから、人には言えない話をすることが多い。
ネルヘッタ・クルヴァロンとボリヴィエ・アールワインの二人もまた、とある人物に呼び出されてこの地を訪れていた。
「……今更、わしらを呼び出してどうするというのだ」
すでに初老を迎えたネルヘッタは、訝しむような表情で、目の前に座る男を見る。
その隣に座るボリヴィエは、やや不安そうな表情であった。
「――それは当然、今後の身の振り方について確認しておくためだよ」
ネルヘッタの問いに答えたのは、『七曜商会』の長であるキリク・ライファであった。見た目こそまだ青年に見えるが、彼が商会の長になってからすでに随分と経っている。
「身の振り方だと……? アーヴァント様は失脚し、フレア様がこの国の女王となられることはもはや確定したこと……。今更、わしらにどうこうできることではあるまい」
「その通りですよ……。私達はあなたの『勝算がある』という言葉を聞いて、王子に力を貸したというのに……」
ネルヘッタに続き、か細い声でボリヴィエは言った。
クルヴァロンとアールワイン――その名を知らぬ者は、この王国においてはほとんどいないことだろう。
何せ、ハイレンヴェルクと同じ五大貴族に数えられ、アーヴァントを支持した側の者達なのだから。
だが、結果的にアーヴァントはフレアに敗れるような形で身を隠し、その行方については二人も知らされていない。
フレアを支持せざるを得ない状況になった現状で、キリクからの呼び出しを受けたのだ。
「確かに、アーヴァントを支持すべきだ――そう持ち掛けたのは僕だ。クロードという騎士に加え、ルーテシアというまだ若い小娘の当主……盤上の駒としては、間違いなかったのだが」
キリクはそう言いながら、小さく溜め息を吐く。
唯一、イレギュラーな存在があるとすれば――それは間違いなく、ルーテシアの護衛として雇われた少女であった。
シュリネ・ハザクラ。年齢は十五歳程度で、出身は東の国。刀を得物としており、その剣術はおそらくこの国でも並ぶ者はそういない――ルーテシアを襲撃するタイミングで、このような少女が護衛につくことになるなど、キリクとしては予想できないことであった。
故に、思い出して笑みを浮かべる。
「何を笑っている……?」
「いや、少々思い出したことがあってね」
「貴様……盤上の駒だのと、ゲームか何かと勘違いしているのではないか? わしらは全てを賭けたつもりだった! アーヴァント様に私兵を預け、あのお方――いや、あいつが犯した罪に関しても、証人を用意してもみ消す協力までしていたのだ……。それも全て、王になるのであれば帳消しになるはずだった」
だが、現実は違う――アーヴァントに協力していた者達についても、いずれは調査の手が伸びることだろう。
そうすれば、ネルヘッタやボリヴィエの元まで辿り着くのも難しくはない。
そもそも、アーヴァントを支持していた時点で、フレアにとっては明確な敵対勢力だったのだから。
「今はただ静観し、ほとぼりが冷めることを待つのが得策……そう、私は思ってるのですよ」
ボリヴィエに至っては、すでに諦めたような表情であった。
これが五大貴族の当主を務める者達――器ではないことくらい、キリクはすでに理解している。
だが、彼らには利用価値があるのだ。
「ならば、僕の招集に応じた理由は? 『まだ何かある』と期待しているのではないかな?」
「その何かがないことを確認するために来ただけのこと。わしはお前のことを認めていた……だが、今更どんな話を持ってきたところで――」
「諦めていないのであれば、僕は手助けをするよ」
「……なんだと?」
ネルヘッタの表情が険しくなる。
キリクは表情を崩さないままに、
「このままであれば――フレアが女王になることは間違いないだろう。だが、彼女は王の器ではない」
「器ではないとしても、資格はある。それに、多くの者に認められているのもまた事実」
「そうだね。だから今度は、回りくどい方法は止めようと思うんだよ」
「何が言いたいのか、よくわかりませんが……」
ボリヴィエは分かっていないようだったが、ネルヘッタは一層に額にしわを寄せる。
「……まさか」
「ああ、僕が王女を始末しよう。そうすれば、第二王子が継ぐしかなくなるんだから」




