54.関係
「怪我の具合も大分いいようですし、検査も必要ないでしょう。何か異常があればすぐにご連絡ください」
「はい、ありがとうございました」
ルーテシアは礼をして、診察室を後にする。
傷もほとんど残っておらず、担当医の言う通り――ここに通うこともなくなるだろう。
ルーテシアはすぐにシュリネの姿を捜すが、待合室にいるはずの彼女の姿はない。
(シュリネはいつも私より早く終わるし、病院内でも見て回っているのかしら)
待合室にいないのならば、中庭辺りだろうか。
ルーテシアが向かうと、すぐに目立った服装の少女が目に入った。
声を掛ける前に、彼女の方が先に気付いたようで、ベンチから立ち上がると、真っすぐこちらに向かってくる。
「ごめん、ちょっと席を外してた」
「それは構わないけれど、誰かと話していたの?」
「さっき知り合った子。まだ病院に来ることがあったら、話をしてほしいって言われたんだよ」
「そうなのね。なら、友達ってことかしら?」
「そう言うのはよくわかんないけど、ルーテシアがここに来る時にちょっと話すくらいだよ」
「! 私ももう、治療の必要がなくなったから、ここには来ないわよ?」
「あ、そうなんだ。なら、一応伝えておこうかな――」
くるりと反転して戻ろうとするシュリネの手を、ルーテシアは咄嗟に掴む。
「? なに?」
「せっかく知り合ったのなら、王都に足を運ぶことだって多いんだし、お見舞いくらいしたらいいじゃない」
「用事もないのに病院に?」
「お見舞いも立派な『用事』でしょ。貴女、普段から知り合いとか全然作らないんだから、いい機会じゃない」
「友達作るためにこの国にいるわけじゃないからさ」
「前に『レヴランテの村』では子供達とも仲良くやっていたじゃない」
これはハインから聞いた話だが、シュリネのそんな一面もあって、結果的に刀を直してもらうことになったのだ。
人付き合いが苦手でないのなら、した方がいいというのがルーテシアの考えだった。
「子供の相手ならね。あの子はわたしとそんなに変わらないし」
「だったら、なおさらでしょう。……まあ、会いたくないと言うのなら、強制はしないけれど」
「別に、そういうわけじゃないけどさ」
ルーテシアの言葉を否定するシュリネ。
「それなら、決まりね。シュリネに友達ができて嬉しいわ」
ルーテシアはそう言って、笑顔を見せた。
「ルーテシアはわたしのお母さんか何かなの?」
「違うわよ! もうっ」
シュリネに突っ込みを入れつつも、一応は納得してくれたようで安心する。
やはり、この国で暮らしていくのであれば、友人の一人や二人くらいはいた方がいい。そう思ったところで、
(……あれ、私はどうなるのかしら……?)
ふとした疑問であった。
シュリネにとって、ルーテシアは何か――答えは単純で、ルーテシアが雇った護衛である。
それ以上でもそれ以下でもないはずなのだが、気になってしまった以上は、聞いてみたくもなる。
「……ところで、シュリネにとって私は、友達?」
「お母さん」
「……聞いた私がバカだったわ」
「いや、この流れならそう答えるでしょ」
「私は真面目に聞いているのに……」
小さく抗議の声を漏らすと、シュリネはルーテシアの前に立って言う。
「わたしとルーテシアは友達じゃない」
「……っ」
面と向かって言われると、さすがにルーテシアでも傷つく言葉だ。
「――けど、主従関係……って言えばいいのかな? わたしは、友達よりも上だと思ってるよ」
続く言葉で、思わずルーテシアは喜んでしまった。
シュリネは少し恥ずかしくなったのか、また不満そうな表情を浮かべて前を歩き始める。
そんな彼女を追うようにして、ルーテシアも歩き出した。




