53.約束
病院の中庭まで辿り着くと、そこはリハビリのために歩く者や、気分転換に見舞いに来たであろう家族か、あるいは友人と談笑している人が目立った。
クーリは近くのベンチに座ると、隣の場所をポンポンと軽く叩き、
「シュリネもどうぞ」
「ん、じゃあ失礼して」
促されるがままに並んで座った。
ちょうど、木陰になっている場所で、病院内の中庭となっているが、吹き抜けているところから吹いてくる風が心地よい。
「シュリネは学生さん?」
「いや、学校には行ってないよ」
「そうなんだ、雰囲気からして、あたしと同い年くらいだと思ったんだけど――って、学校にはあたしも行けてないけどね、あはは」
笑いながら言っているが、様子を見るに行ける状態にはとてもないのだろう。
クーリは『雰囲気』と口にしていたが、目は見えていないだろうし、声音や言葉の通り――シュリネから感じ取れる何かだけで判断している、ということだろう。
「じゃあ、付き添いって言ってたけど、家族の?」
「いや、違うよ。雇用主って言えばいいのかな」
「そっか、もう働いてるんだ……。シュリネはどんな仕事をしているの?」
「んー、まあ、護衛の仕事かな」
「! そうなんだ、あたしのお姉ちゃん――姉さんも同じような仕事をしているの!」
クーリは少し食い気味に言った。
同じような仕事と言っても色々あるだろうが、この国で一番考えられるのは騎士だろうか。
クーリには、シュリネの姿は見えていないだろうから、どんな姿をしているかも分かっていない。この辺りでは珍しい服装に身を包んでいることも、腰に刀を下げていることも、だ。
クーリの姉の仕事に対して、別にシュリネも興味があるわけではない――故に、彼女の話を続けて聞いていた。
「色々なところに行ってるって聞いたわ。あたしもいつか、誰かの役に立てる仕事がしたいの。今は――まあ、人に迷惑かけてばかりなんだけど」
「別にいいでしょ。できないことをしようとするより、できることからした方がいいって」
「そう、かな。ここに一人で来るのも苦労してるから」
目が見えず、足の自由も効かないのであれば――苦労するのも無理はない。
けれど、『できない』とは言わずにこうして挑戦しているのだから、それで十分だとシュリネは思う。
「やりたいことがあるなら、治ってからすればいいんじゃない? 無理をするのは、治ってからでもいいんだからさ」
「うん、治るといいんだけど……」
「? なに、もしかして重い病気なの?」
「まあ、子供の頃からずっとこう。でも、最近は歩けるようになってるし、今度は目も見えるようになるって」
「そっか。じゃあ、よかったじゃん」
「うん……。その、シュリネは付き添いで、またここに来るんだよね?」
「たぶんね」
「だったら、またお話とか……できない? もっと、あなたの仕事のお話とか聞きたくて」
それは、不意なお願いであった。
シュリネにとって――願いとは、仕事に通じるものだ。
見ず知らずの、あったばかりの人間から頼まれても、『契約』さえ結べば、それを実行する。
だが、クーリの願いは、明らかに仕事に関するようなものではない。
シュリネもそれくらいのことは分かっているし、ただここに来ることがあったら話したい、そんな少女らしい願いだ。
どのみち、ルーテシアが診察を受けている間は――暇な時間ができる。そう考えて、
「まあ、時間が合えばいいけど」
「! ほんと!? よかったぁ、あたし、友達とかいないから」
「さっき言ってた姉は来ないの?」
「姉さんは仕事が忙しい人で、ほとんど来られないの。最近もあんまり顔を出してくれなくて……。でも、あたしが姉さんに色々と頼むのも、邪魔になっちゃうかなぁって」
「ふぅん……」
そういうものか、とシュリネはただ頷くしかなかった。
何せ、シュリネに家族はいない――あえて言うのであれば、シュリネにとっての師匠が該当するくらいか。
(そう言えば、師匠はどうしてるのかな)
シュリネを強くしてくれた人物――彼女とはもう、久しく顔を合わせていない。
どこかで死んでしまった、なんてことはないだろうが、この国にいる限り出会うことはないだろう。
「えっと、普段からこの辺りにはいるから、もしもまた来たら……」
思い返していると、何故か少し恥ずかしそうにしながら、クーリはごにょごにょと言っていた。
「ああ、うん。寄るようにはしておく」
「じゃ、じゃあ、約束ね……?」
「ん」
シュリネにとっては、ルーテシアの付き添いの『ついで』程度ではあるのだが――ほとんど人付き合いのないからこそ、王都でできた初めての友人となった。




