52.ルセレイド大病院
王都にある大病院の一つ――『ルセレイド大病院』へ、シュリネはルーテシアと共に足を運んでいた。
戦いの後に、フレアの屋敷にまで足を運んでくれたのはここで働く医者であり、シュリネの担当医はオルキス・テルナットという女医であった。
「異常はないようですね」
「三か月も経てば、よくもなるよ」
「あなたは本当に死にかけていたのだから、経過観察は必要なんですよ」
眼鏡に片手で触れながら、オルキスは呆れたように言う。
手元にあるカルテに何やら記載をしている間に、シュリネは診てもらうために脱いだ服を着直す。
「それにしても、目を見張る回復力ですね。ルーテシア様の方が、比べるものではないけれどまだマシと言えるくらいの大怪我だったというのに、確か屋敷で休んでいる数日のうちに歩けるようになったんですよね?」
「昔からそうだよ。怪我をした時は、よく寝てよく休む――そうしていれば、大抵はよくなるものだって、教わったからさ」
「ですから、あなたの怪我はそういうレベルものでは――はあ、まあいいでしょう。治っていることは事実ですし。何か身体に異常があれば、来てもらう形でも大丈夫でしょう」
「じゃあ、もう来なくていいってこと?」
「一応は、ですよ」
オルキスに念を押されるが、シュリネの方は定期的な検査を受ける必要もなくなった。彼女の言う通り、シュリネの負った怪我は本来であれば――リハビリなども含め、最低でも半年はかかると見込まれていたのだ。
しかし、シュリネがわずか三か月という早い期間で治すことができたのは、処置が早かったことと、ルーテシアの治癒術によるところも大きいだろう。
ルーテシアの実力は、特にこういった大病院にも引けを取らないもので、経験こそ不足しているが、その力は強大だ。
心の中でルーテシアに感謝しつつ、シュリネは診察室を出ようとする。
「おそらく、ルーテシア様の検査にはまだ時間がかかりますからロビーで待っていてくださいね」
「適当に見回らせてもらうよ」
「一応言っておきますが、立ち入り禁止のところには入らないでくださいね?」
「そんな節操ないことはしないって」
オルキスの言葉に答えて、シュリネは部屋を後にした。
ルーテシアもまた、杖を使わずとも歩けるようにはなったが――シュリネと比べると、やはり回復には時間がかかっている。
リハビリも最近まではしていたくらいだし、何より彼女はハイレンヴェルク家の当主――病院側も、大貴族が相手となると、完治するまでは手厚くサポートしたい、というところなのだろう。
そう言った贔屓はルーテシアがあまり好むところではないようだが。
「さてと……」
大病院というだけあって、やはり多くの人がやってきている。
病気や怪我、理由は様々だろうが――シュリネは別に彼らがどうしてここにいるのか、など興味のあるところではない。
ルーテシアが戻るまで、適当に時間を潰すつもりだった。
「あ……っ」
そんな時、目の前で杖を突きながら、歩いていた少女が躓いた。
足が悪いのか――そう思ったが、倒れた拍子に手から離れた杖を両手で床を撫でるようにしながら、探している。
見れば、両目は包帯で隠されており、どうやら足ではなく目が見えないようだ。
たまたますぐ近くに転がってきたから。それ以上の理由はないが、シュリネはひょいっと少女の落とした杖を拾い上げると、
「これ、落としたよ」
少女に声を掛けて、手渡す。
「! あ、ありがと」
少女は少し照れくさそうにしながら、杖を使ってゆっくりと立ち上がる。――やはり、足もあまりよくないのか、杖は身体を支える役割もあるようだった。
(何だろう、よく分からないけど……知ってる雰囲気だ)
少女にあったことなど、当然ない。
あるいは興味がなかっただけかもしれないが、シュリネからすれば赤の他人であるはずなのに、どことなく覚えがあった。だから、杖を渡したこともあって、声をかける。
「どこか行きたいところでもあるの。診察室とかさ」
「あたし?」
「そう」
「あたしはここに入院してるから、散歩がてら歩いてるだけ。あなたは……少なくとも、職員の人ではないわよね?」
「ま、ここの患者――もとい、元患者ってところかな」
「へえ、じゃあもう治ったのね。よかったじゃない」
「まあね。今は知り合いを待ってて暇だから、行きたいところがあるなら付き添ってあげようかって、そう思っただけ」
シュリネの提案が意外だったのか、少女はやや驚いた様子を見せるが、
「杖を拾ってくれただけじゃなくて、親切なのね。せっかくだし、甘えちゃおうかしら。あたしはクーリ。あなたは?」
「シュリネだよ」
「シュリネ、ね――って、もうここに来ないだろうし、聞かなくてもよかったかも」
「付き添いでは来るかもしれないけどね」
「あ、そうなのね」
少女――クーリは見る限り、シュリネと同い年かそれ以下、といったところか。
年齢的に言えば、ルーテシアよりも年の近い子であった。
中庭を目指していた、ということで、時間を潰すつもりで、シュリネはクーリに付き添うことにした。
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