51.二人の一日
――早朝から、シュリネ・ハザクラは刀を振るっていた。
ここはハイレンヴェルク家の屋敷の敷地内であるために、薄着のままで鍛錬をする。
ルーテシアにはよく、敷地内とはいえ服はしっかり着てほしい、とは注意されるが。
「ふっ――」
一振りごとに集中し、無駄なことはしない。ただ闇雲に振るだけなら、いっそしない方がマシなのだ。
シュリネにかつて剣を教えてくれた人――師匠の言葉を、忠実に守っている。
そうして、薄っすらと汗をかき始めた頃、
「またそんな薄着で外に……風邪ひくわよ?」
姿を現したのは、ルーテシアだ。
まだ朝の早い時間だというのに、身なりはしっかり整えた彼女は、呆れた様子でシュリネを見ている。
「病気したことないくらい、健康なのが取り柄なんでね」
「……あれだけ大怪我したのに、結局治ったのも貴女の方が早かったものね」
「ルーテシアは最近、ようやくまともに歩けるようになったね」
「これくらいが普通なのよ。自然治癒できるのなら、それがいいわけだし」
――あの戦いから二カ月が経過していた。
つい先日までは杖を使っていたルーテシアも、ようやく普通に歩けるようになった。
彼女の言う通り、魔法で治癒を促進するよりも人の治す力をしっかり使った方が、身体にはいいのだろう。
実際、シュリネは魔法に頼らずとも早々に動けるようになっていた。
剣の鍛錬をし始めたのも、動けるようになって一週間以内には毎日のように繰り返している。
一日、二日程度で腕が落ちることはないが、それを繰り返せばだんだんと落ちていくことは違いない。
シュリネはルーテシアが来てからも動きながら何度か刀を振るう。
「相変わらず、人間離れした動きよね」
「そうかな。これくらいなら対応できる騎士もそこそこいると思うけどね。王女の傍にいた人とか」
「ああ、エリスさんはそうかもね」
エリス・フォレット――フレア・リンヴルムの傍を離れずに、ずっと彼女を支える女性の騎士だ。
二カ月が経ち、あれからアーヴァントは姿を消して、五大貴族の全てがフレアを次代の王として認定した。
現状ではそれが覆ることはあり得ないために、今はフレアが依然、姿を見せない王に代わって内政を整えている。
とはいえ、やはり一筋縄ではいかないようで、ルーテシアも彼女の補佐として、動く機会は多くなっていた。
「現状では、エリスさんが王国においては最強の騎士になって、次代の王であるフレアを支える側近でもあるわけだから。元々、アーヴァント側だった騎士達もまとめ上げないといけないわけだし、色々と大変よね」
「ルーテシアだって忙しそうじゃん」
「私は……まあ、できることをやっているだけだから――って、それより、朝食の準備ができたって知らせにきたのよ」
「分かってるよ、ルーテシアが呼びに来る時はいつもそうだからね」
現状、ハイレンヴェルクの家に使用人はいない。
彼女の父が亡くなった後、ルーテシアが狙われるという騒乱もあって、ハイレンヴェルク家に仕えていた者達は全て契約を打ち切った形となった。
今ならば、また呼びかければ集めることもできるだろうが、ルーテシアがそれをしていない。
彼女を常に支えていたハインも、戻ってきてはいないのだ。
故に、家事全般をするのはルーテシアであり、シュリネも時々それを手伝っている。
大きな屋敷に二人暮らしと、自由はあれど中々に生活するには不便ではあった。大半の部屋は使わずに放置、というような形だ。
けれど、ルーテシアは家事も得意なようで、どちらかと言えば野性的な生活を送りがちなシュリネに比べると、十分に一人でもやっていける能力があると言える。
シュリネは朝食を食べる前に、庭先で汗を流すために水浴びを始めた。
「ちょ……外から見えないからってまた……!」
「平気平気、見られて減るものじゃないし」
「……その考えはちょっと、直した方がいいわよ?」
「動いたあとの水浴びは気持ちいいんだって。ちょっと寒くはあるけど――くしゅんっ」
「あ、そんなこと言っているからくしゃみなんて……本当に風邪ひくわよ。看病するのは私なんだからね?」
「入院でもいいんじゃない? 一応、診てくれた医者の人もいるんだし……そう言えば、一回来いって言われた気がする」
「! なら、朝食食べたら行きましょう。私も、経過観察は必要って言われているから」
王都にある大病院に、シュリネとルーテシアは通っている――と言っても、シュリネは大怪我をそこにいる医者に診てもらって、その後はほとんど接点はないのだが。
今日の予定はこうして決まり、二人の一日が始まるのだった。