49.共に
シュリネがフレアの屋敷に戻ったのは、日が暮れる頃であった。
王都は広く、まだまだ観れるところはたくさんある――怪我が治り次第、もっとしっかり観光をしたいと思っているところだが、門の前ではルーテシアが待ち構えていた。
「げ……」
「げ、じゃないでしょう。貴女ね、ろくに怪我も治ってないのにどこを歩き回っているのよ!?」
「あー、まあ、ちょっとした野暮用でね」
「野暮用って……もしかしたら、まだアーヴァントが何か仕掛けてくるかもしれないんだから、気を付けないとダメよ」
「分かってるよ」
その心配はもうないのだが――あえてルーテシアに伝えることはしない。
ルーテシアは杖をつかなければ歩けない状態だというのに、どうやらここでシュリネを待っていたようだ。
「部屋で休んでればよかったのに」
「フレアと話しながら待っていたのよ。なのに、全然戻ってこないから……」
そう言うと、ルーテシアはそっとシュリネに身体を預ける。
「あんまり、心配させないでよ。貴女の方が大怪我なのに」
「だから、それは言ったでしょ――」
「『鍛えているから』って、無茶をしていい理由にはならないわよ?」
「分かったって。しばらくは休むよ」
シュリネとしても、もうやるべきことは終えている――あとは休息をして、身体の傷を癒すことに集中するつもりだった。
すでに歩き回れる状態ではあるが、助かったのは奇跡的と言えるほどの怪我であった。
シュリネの生命力が高かった、としか言いようがない。
確かに、修行時代から死地のような場所で暮らしてきたために、生き残る運だけはあるのかもしれない。
二人で敷地内を歩きながら、今後のことについて話す。
「怪我が治ったら、私が王都を案内するわね」
「いいね。ちょうど、色々見て回りたかったし」
「貴女、最近は一人で観光していたわけじゃないの?」
「この辺りは見てるよ。静かでいいところだね」
「そうね。本当、信じられないくらい落ち着いていて――ハインも、ここにいてくれたらよかったのだけれど」
ハインは――ルーテシアの元へは戻ってこなかった。
その後の消息は掴めていない。
最後にあったのがシュリネであり、あの時の彼女は確かにルーテシアのことを託したようにも見えた。
けれど、彼女にとっては長年付き添ってきた、今では唯一の家族のような存在だろう。簡単に忘れられるはずもない。
「いずれ戻ってくるんじゃない? 戻ってこないならさ、捜しに行けばいいし」
「捜すって、手がかりもないじゃない」
「なら、諦める?」
「それは……嫌だけれど」
「じゃあ、決まりだ。わたしも手伝ってあげるからさ」
「……それなら、今後の契約の話もいておいた方がいいかしら」
契約――護衛の話だろう。
「そう言えば、そんな話もあったね。一先ず、提案を聞いてみようかな?」
「そうね……まずは、十年契約でどうかしら」
ルーテシアの言葉に、シュリネは思わず目を丸くした。
「十年って……単位が長いなぁ」
「な、何よ。護衛ってそれくらいの長さで雇うものではないの?」
「まあ、わたしは生涯を守り抜く――そういうつもりで護衛の仕事には就くつもりだったけどさ」
「! 貴女の覚悟はすごいわね……」
「あくまで、旅人になる前だけどね。でも、わたしは安くないよ?」
「お金なら払うわよ。契約なら当然でしょ? 命だって救ってもらったし――この前の王宮での戦いなんて、いくら払えばいいんだか……」
「ああ、あれはお金はいらないよ。わたしが勝手にやったことだし」
「勝手にやったって、私が納得できないじゃない」
「わたしの治療費でちょうどいいくらいでしょ」
そう言いながら、シュリネは自身の唇に指を当てた。
すると、ルーテシアは顔を赤くする。
「あ、あれは不可抗力で……というか、覚えてないって言ってたじゃない!」
「ん、わたしは覚えてないけど……顔を赤くするようなことでもしたの?」
「し、してないわよっ、何も!」
「ふぅん、わたしは初めてだったのになぁ」
「……へ?」
シュリネの言葉を聞いて一層、ルーテシアの顔が赤くなった。
「死にかけたの」
「……っ、か、からかわないでっ!」
「あはは、ルーテシアは面白いね」
「この、待ちなさい!」
シュリネが前を歩き、ルーテシアが必死になって追いかける。
――意識は確かに薄れていたが、シュリネは覚えている。
ルーテシアが救ってくれたことも、初めてのキスのことも。不可抗力、というのはまさに彼女の言う通りだろう。
シュリネだって、特別に意識しているつもりはない。けれど、
(これも悪い気は、しなかったね)
そんな風に思いながら――シュリネはルーテシアの傍にいることを決める。
守るべき主を失った少女が、新たな主と共に歩み出した瞬間であった。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
こちらで第一章は完結となります。
第二章については、またある程度書けたらまとめて掲載していこうか~とか考えております。
二章はまあ、お話として解決していないハインのお話が中心になる予定です。
『面白かった』と思っていただけましたら、評価などいただけますと嬉しいです!