46.最後の一撃
――やはり、勝敗は明白であった。
本気を出したクロードに勝てる者など、少なくともこの国にはいない。
尋常ならざる魔力は、もはや近づくだけで人が死ぬのではないか、そう思わせるほどだ。
すぐに決着はつく――その場にいた誰しもが、そう思っていた。
なのに、まだ戦いは終わっていない。
響き渡るのは、大剣と刀がぶつかり合う音。あちこち地面は抉れ、血飛沫によってところどころ赤く染まっている。
ほとんどがクロードではなく、シュリネの血だ。
だが、彼女は戦っている。
「どうなってんだ、これ」
民衆の一人が、ポツリと呟いた。
クロードの大剣は、魔力を噴きながら加速する。
それをシュリネは、ギリギリのところで捌くのだ。溢れる魔力によって身体に生傷は増えていくが、一切気に留める様子はない。
すでに限界を超えているはずだ――包帯だらけの身体に、傷はどこまでも悪化し続けている。失った血の量から考えて、いつ倒れてもおかしくはない。
それでもなお、シュリネは刀を振るい続ける。
「……!」
表情は窺えないが、焦りを見せているのはクロードの方だ。
たった一撃、掠るだけでも十分――シュリネを殺すのに必要なのは、本当にただ当てるだけでいいはずなのに、届かない。
圧倒的に優勢に見えたはずのクロードが、押されている。
「か、勝てるぞ……」
「おい、お前……!」
「あ、いや……」
民衆の一人が呟いて、それを咎める者がいた。――誰しもが、ルーテシアの処刑に納得しているわけではない。
けれど、誰も止めることなんてできるはずはなかった。
今、目の前の戦いを見るまでは。
クロードの前に立ち、シュリネはひたすらに剣を捌き、隙を見ては一撃を与える。
致命傷には程遠い。シュリネが受けた傷に比べれば、ほとんど戦いに支障は出ないものだ。
ただ、圧倒的に与えた数が違う。
クロードは未だにシュリネに剣を届かせることができないのに、シュリネは幾度となく刃を届かせている。
戦いの中で、クロードだけがシュリネの本質を理解していた。――成長している、この状況で。
死と隣り合わせの中、シュリネはクロードとの戦いで強くなっているのだ。
あるいは、最初に顔を合わせた時――クロードがこの状態であれば、シュリネを倒すことはできたのかもしれない。
彼女が刃を届かせる武器を持つ前であれば、優勢だったのはクロードなのだ。
しかし、今は違う。
「ふっ、ふぅ――」
呼吸は荒く、視界は狭い。かろうじて聞こえるのは、近づいてくる剣の音だけだ。
しかし、それだけあれば十分だった。刀はまだ握れている――シュリネは今、目の前にいる『最強』を斬るための存在だ。
「いい加減に……倒れろ……っ!」
さらに、クロードが魔力を溢れ出させた。
彼もまた、限界を超えようとしている――鎧の一部が弾け、より剣撃を加速させる姿へと変わる。
一振りすれば、地面を削り取って吹き飛ばすほどの力があった。
「クロード! 何を遊んでいる!? 早くそいつを始末しろ!」
声を荒げたのは、アーヴァントだ。
まだ、彼はクロードが優勢だと思っているらしい。
圧倒的に有利な状況にあるのはクロードのはず――そう考えるのも無理はない。
実際に、シュリネはいつ止まってもおかしくはない。
ほんのわずかでも止まれば、クロードの一撃が彼女を後方もなく吹き飛ばすのだ。
「シュリネ……っ」
戦いを見守っていたルーテシアが、その名を呼んだ。
――信じることしかできない。けれど、シュリネに願ったのだ。
願ってはいけないと思いながらも口にした言葉に対して、彼女はただ一言、「引き受けた」と答えた。
ルーテシアがシュリネを呼ぶ声は小さいものであったが、わずかに視線を向けた。
その瞬間、シュリネの動きが止まる。
「! もらったッ!」
クロードが叫び、大剣を振り下ろす。砂埃が舞い、割れた地面が宙を舞った。
パラパラと、砂が雨のように降る中で――広間は静まり返る。
最初に声を発したのは、アーヴァントであった。
「は、ははははっ、やったな。やったんだな!? 随分と時間をかけたが、やはりお前は最強の――は?」
そこで、アーヴァントの視界にもようやく映った。
全員が見上げているのは、空だ。
間もなく日が暮れる、というところで――シュリネの持つ深紅の刃は、より美しく輝いている。
クロードが本気で振り下ろした一撃は、圧倒的な威力と引き換えに、わずかな隙が生まれる。
その一瞬をひたすらに待ち続けたのは、シュリネの方だ。
「一刀――鎧断」
落下と共に、シュリネが刀を振り下ろす。――クロードを斬った。よろよろと後方へと下がり、噴出していた魔力が弱まっていく。
さらに追い打ちをかけるように、シュリネが構えた。
地面を蹴って駆け出した瞬間――それを狙っていたのはクロードの方だ。
兜の奥の目が輝くと、シュリネを両断する一撃を放つ。
しかし、それは虚空を斬るだけだった。
「……っ!?」
シュリネはまだ動いていない。低めの姿勢で、構えている状態だった。
――シュリネの殺意を感じ取って、クロードはすでに彼女が動いているものだと錯覚した。
そうなるように仕向けたのは、シュリネだ。
クロードほどの実力者であれば、たった一度だけであれば騙すことができる。
今のが、クロードの放った渾身の剣撃だった。
「――見事だ」
呟いたクロードに対して、シュリネは刀を振るう。
最後の一撃によって、勝敗は決した。




